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結界が壊れないように、結界を突き破ればいいだけのこと

第15話です。

 俺は、改めて意識を自分の腕に戻した。

 結界の糸に纏わり付かれているままの左手。


 すると、ウーリルが俺の手を覗き込んできて、

「本当に、傷一つ無い。ネイピア様の結界に耐えられる人なんて、居たんですね。……すごい」

 怖がりながらも感嘆の声を漏らしていた。


「ウ、ウーリル⁉ 魔王なんか褒めてどうすんのよ?」

 ルーエルが泣きそうになりながら怒っていた。

「え? ……私、何か褒めてたの?」

 ウーリルが困惑していた。どうやら自分でも気付かずに声を漏らしてしまったらしい。

 そして弾かれたように俺の顔を見てきて、視線が合うと、気まずそうに俯いてしまった。


 俺は、どう反応すればいいのか解らないまま、肩をすくめて苦笑した。

 正直、ちょっと嬉しかった。

 たった一言の「すごい」という言葉、それがすごく温かい。

 666年前は、人間の魔法士には見下されてばかりで、褒められたことなんて一度も無かったから。


 すると、エレナとセラムが目聡く俺の表情を読み取って、小声でからかってきた。

「ジードくんってば、照れてるー」

「若い女子に褒められて、デレデレ」

 そんなことを言いながら、魔眼でチクチク刺してくる。……ちょっと嫉妬されてる?


「そ、そういうんじゃないっての。そんなことよりふたりとも、この腕に絡まってる結界も、ちゃんと処理していくぞ」

 俺は強引に誤魔化しながら、《糸》に絡まれている左手の対処を始めた。


 この結界、突破するだけなら難しいことはない。

 結界が耐えられないほど強い魔力を纏って、突き進めばいい。

 そうすれば、次元の狭間のときのように、結界を壊すことができる。


 だけど。

 そんなことをしたら、せっかくの学園の護りが失われることになってしまう。

 そうしたら学園や帝都の混乱は必至だ。いつモンスターの襲撃があるかも解らないのに、結界の破壊なんてできるわけがない。

 そして何より、この結界を張り直すには、同量の髪の毛が必要になる。もし、今のネイピアが既に禿げてしまっていたら、この結界を張り直すことはできないんだ。

 だから俺は考えた。


結界が壊れないように、突き破っていけばいい。


 一見すれば矛盾しているような話だ。だが、理論上それは可能だ。

 それが、『結界冷凍保存法』だ。


 そもそも結界というモノは、魔力の流れである『魔力回路』を網のように張り巡らせているモノだ。そして、その網に異物が触れると魔力の流れが乱れて、それを探知して攻撃や拘束などの迎撃魔法が発動する、という仕組みになっている。

 つまり、逆に言えば――


 魔力の流れを乱さないように結界を通過すれば、結界が反応することなく、無事に通過できるということだ。


 まず、《氷》魔法で結界網の魔力回路を凍らせて、魔力の流れを完璧に止める――

 その隙に、《風》魔法の高速の刃で魔力回路の網を切断する――

 そして、その切断面を通って魔力回路の網を通り抜けてから――

 切断面をきっちり合わせ直して、魔力回路の網が繋がるように元に戻して――

 最後に、《氷》魔法を解除する。


 これが成功すると、結界は、《氷》に凍らされていた間の異変を探知することができないまま、元通りに復活することになる。

 というのも、実は結界には、自己修復作用が存在しているんだ。


 この作用は、血管と血液で例えることができる。

 魔力回路は血管で、魔力は血液のようなものだ。……まぁ、もちろん魔力回路の方が複雑に入り組んでいるし、流れの速さも比較にならないほどだけど。それでも性質はそっくりなのだ。


 血管が切断されたとしても、もし血液が固まっていたならば、血は流れ出てこない。

 また、切断された血管は、その後、きちんと接着させれば自己修復もする。

 特に、切断面の凹凸がほとんど無いほど鋭利に切断すると、しばらく密着させているだけで修復してしまうこともある。

 それと同じことが、魔力回路でも起こるのだ。


 ただ、ここで重要なのは、凍結が不十分で少しでも流れが動いてしまっていたり、僅かでも魔力の流出があったりしたら、流れが乱れて結界が発動してしまうということ。

 そして、切断面が少しでも凸凹していたり潰れたりしていても、綺麗にくっつかずに失敗してしまうということだ。


 だけど、俺たちならできる。


 セラムの《氷》とエレナの《風》があれば、それは簡単にできることなんだ。

 ……まぁ、正直エレナは大雑把すぎるから、俺が隣で微調整しないといけないんだけど。

 お陰でエレナは、ここぞとばかりに俺にベッタリだ。

 あとでセラムには埋め合わせしないとな。


「魔力回路を凍らせて切って貼って直す。ほら、単純だろ?」

 俺は、ウーリルとルーエルにも簡単に説明してあげながら、実際に、結界に絡まれていた左手をサッと抜き取って見せた。


「……り、理屈は単純ですけど。魔力回路の凍結と切断なんて、人間技じゃないです」

 ウーリルは、消え入りそうな声を絞り出すように呟いていた。

「……解ったわ。これは夢ね。そうなのね。……だって、ネイピア様の結界が、こんな簡単に突破されるなんてありえないもの。……そうよ。目が覚めたら、あたしはまた魔王の祠を監視するだけの簡単な仕事に戻るのよ……一年間見ているだけで楽に出世できるのよ」

 一方のルーエルは、もはや現実を見ておらず、どこか虚ろな目をしながら呟いていた。


「ちょうどウーリルとルーエルは《水》と《風》の魔法士じゃないか。《氷》は《水》属性から派生するわけだし、二人が協力したら、いずれこれと同じことができるようになるはずだぞ」

「「無理ムリ無理ムリ!」」

 二人は揃ってプルプルと震えるように首を横に振っていた。

 さすが双子。綺麗に揃っていて、ちょっとおかしかった。


 ……まぁ、『いずれ』とは言ったけど。

 きっと666年後とか、そんな感じの話だ。


 それか、あるいは――

 俺たちみたいに、人間と精霊が仲良くなれたときに、きっと。

次話の投稿は、明日1月29日の18時30を予定しています。

土日も変わらず、一日3回更新です。

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