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賢者学園に突入

第14話です。



「無駄だ。帰れ」


 賢者学園の門番が、刺々しく告げてきた。

 それはそうだろう。

 いきなりどこの誰とも知れない男が、「生徒会長のネイピアに会いに来た」なんて言ってきたんだから。


 そのあまりの無謀さに、門の周りには学園の生徒や市民たちが集まってきていた。

 学園の制服は、赤を基調とした物らしい。

 ただ、赤の濃さにもいろいろあって、薄ピンクの男子が居たり、朱色のような色の女子も居たりして、まるで花畑のようになっている。


 さすがに、こんな賑やかなところで「俺は魔王だ!」なんて言うつもりはない。

 そんなことをしたら、賢者学園の門は余計に固く閉まってしまうし、いきなり人間全員を敵に回すことにもなるだろう。

 ちなみに、ウーリルとルーエルは、ローブのフードを深く被って、正体不明の怪しい魔法士になってもらっている。この場で彼女たちが顔バレするのはさすがにマズい。


 帝都の中央に円を描くように広がる、皇族居住区画。

 そのさらに中心に建つ皇帝の城、そのお膝元に控えるかのように、純白の建物群が連なっている。

 そこが、賢者学園だった。


 その門は、物理的にも、魔法的にも、制度的にも、固く閉ざされていた。

 だからって、そんなことはこっちも想定している。

 つーか、そもそも『666年ぶりに人間界に戻ってきた人間(精霊付き)』なんていう自分の立場を考えれば、何をするにも、まともな方法を取れるわけがないんだ。


 だから、最初から無茶を通す。


「さて。確かネイピアの居る生徒会室は、あの建物の最上階だったな」

 生徒会室の位置は、前もって聞いていた。

 ここから見て真正面に立つ、ひときわ高い建物――60mはある。

 学園のほぼ中央。まるで管制塔のように、学園全体を――いっそ帝都全体も見渡せるような位置。

 これより高い建物は、皇帝の城だけだ。

 帝都の中で、生徒会室と皇帝の城が、まさに権力の象徴のように聳え立っている。


「それじゃあ行くぞ、みんな」

「はーい!」「はい」

 エレナとセラムが返事をして、ルーエルとウーリルがフード越しに頷く。

 その直後、俺たちの足下にエレナの《風》が巻き起こった。

 俺はセラムに目配せをしてから、まず俺とエレナが舞い上がり、一気に門を飛び越えて学園の敷地に入って行く。

 続いてセラムが、そしてウーリルとルーエルも、《風》に乗って学園内に飛んできた。


「はっ⁉ おいバカっ! 学園の敷地内は、ネイピア様が展開する結界網で護られているんだぞ⁉ 許可のない侵入者は無事では済まないっ!」

「やめろぉ! このままじゃ《風》に刻まれてミンチになるぞっ⁉」


 一斉に門番や野次馬たちが叫び、早くも悲鳴まで上がっていた。

 けれど、その話はさっきも聞いたから気にしない。


「お、おい! もう進むな、やめてくれ!」「ひ、ひぃっ⁉」

 野次馬をしていた生徒たちが、一斉に距離を取りながら悲鳴を上げたり、顔を背けて逃げ出したりしていた。

 その様子を見るに、普段からこの結界がどれほど目覚ましい活躍を見せているのか、容易に想像できた。


 だが……

 俺たちが突き進んでいったところで、ミンチになることはない。


「……ど、どういうことだ?」

「一個も、結界が発動しない⁉」

「もしかしてネイピア様、結界を解除しちゃってるんじゃないの?」

「えぇ? あの性格で実はドジっ子なのか…………アリかも」


 周囲からは、困惑の声やらときめきの声やらが上がっていた。

 その間も、俺たちは生徒会室のある建物に向かって、何事もないかのように歩いていく。

 すると再び、野次馬から声が上がった。

「あ、そうか。あいつらにも賢帝の血が流れているんだ」

「そうか! そうだよな! そうとしか考えられないもんな!」


 んなわけあるか! 気持ち悪い!

 俺がマクガシェルの子孫だなんて、想像すらしたくない。


 俺の隣では、エレナとセラムが魔眼を発動しかけていた。

 ……抑えろ。ここは抑えろ。


「きょ、許可は頂いてます! だから、結界が作動しないんです!」

 ウーリルが、なかば自棄になったように嘘の情報を叫んだ。いい具合に声が引き攣って調子が変わっていたから、誰の声かは気付かれないだろう。

「なんだ、そういうことか」

「何か面白そうだと思ってきたのに、つまんねーの」

 ウーリルの言葉にみんな納得して、野次馬も門番も解散していった。


 ひとまず、作戦通りだ。

 そのまましばらく進んでいくと、ウーリルが不安そうに聞いてきた。

「あの、本当に、今もネイピア様の結界は、ちゃんと働いているんですよね?」

「あぁ、もちろんだ」


 俺は即答すると、周囲に人目のないことを確認して、ひとつ、何の対策もしないまま左手を前に伸ばした。

 その瞬間、俺の左手を締め付けるように、無数の《糸》のようなモノが絡み付いてきた。


「ひっ」

 ウーリルが短い悲鳴を上げて顔を逸らしていた。

「大丈夫だ。俺の身体は、この程度じゃ傷も付かない」

 ギリギリと、俺の手を微塵切りにしようとするように締め上げてくる《糸》。これが侵入者を切り刻んできたんだろう……だが、俺の手には食い込みもしないし、痛くもない。


 こんなの、精霊界にある蜘蛛の巣に引っ掛かったときの方が、よっぽど大変だった。

 なにせ、精霊界で生きる蜘蛛の糸は、あの世界の風や雨にも耐えられるくらい強靭なんだ。それはつまり、あの世界の蜘蛛の糸は、ミスリルをも切り刻めるほど強靭だということ。


 精霊界に行った初めの頃、アレが顔に引っ掛かったときは、本当に死ぬかと思った……。

 あのとき、エレナの《風》がすぐに蜘蛛の巣を切り裂いてくれて、そしてすかさずセラムが《氷》で止血して、微塵切りにされてた肉片も凍らせて付けてくれたから、俺は今も生きてるんだ。


 ……いやぁ、よく生きてたなぁ。

 つい懐かしい記憶を思い出して、しみじみした。


 ふと、ルーエルが、俺の手をまじまじと見ながら呟いた。

「……嘘でしょ。この結界は、ミスリルだって傷つけられるほど強いのよ。討伐隊を組まないと倒せなかったサーベリオンタイガーも、それどころかモンスターで最も硬いと言われるミスリルゴーレムでさえ、一瞬で倒せるほどなのに」


 確かに、この結界の完成度は非常に高い。

 実は、もし結界に隙間や綻びがあったら、そこを通過するつもりだったんだが、そんなモノは無いほど完璧に構築されていた。

 魔法技術や理論構成の部分では、思わず感心するほど優れている。


 この結界は、《風》魔法により、魔力と空気が混じり合いながら、網目状に広がっているモノだ。

 そして、結界網の要所となる部分に、術者であるネイピアの髪の毛が触媒として編み込まれているようだった。

 髪の毛や爪や体液など魔法士の体組織は、魔力を溜め込みやすく、魔法道具として有用だ。特に自分自身の物を使うと、魔力の相性がいい。それを触媒として使いながら魔法を発動すると、威力が数倍……使い手によっては数十倍にもなる。

 この結界は、そういった基礎理論がしっかりとできているんだ。


 ……ただ、残念なことに、この結界の威力を最大限に発揮するにしては、魔力の総量が不足している。

 この魔力量だと、さっきも言ったように、精霊界の蜘蛛の巣にも負けるレベルだ。

 だけど、この結界、本当に理論構築は完璧なんだ。

 もし、ここに十分な魔力を注ぐことができたら、あるいは、精霊の動きを止めるほどの威力になる可能性も……。

 ……と。そんなことを考えてしまうのは、魔法理論好きな俺の悪い癖だな。

次話の投稿は、本日20時30分を予定しています。

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