人間界最強・ネイピアの結界
第13話です。
ネイピアについて話を聞いた後、改めて、ウーリルから結界の詳しい説明をしてもらった。
「帝都の街は、地上は壁と門で護られているので、空だけが網のような結界に護られています。
一方、賢者学園は厳格で、全体が結界で覆われています。敷地に入るだけでさえ、賢帝の血が流れていない部外者と、正式な許可を持たない者は、《風》の結界によって切り裂かれてしまう。そんな結界が、幾重も張られているんです。
ネイピア様に近づけば近づくほど結界の力が強くなり、誰も無断でネイピア様に近付くことはできません」
「切り裂かれるって……。そいつはまた、物騒だなぁ」
「それほど、ネイピア様を狙っている輩が多いということです。……命を狙うだけでなく、その、身体も……」
「……なるほどな」
ウーリルの言わんとしていることを察して、思わず反吐が出そうになる。
要するに、魔法の実力では敵わないような奴らが、男という地位を利用して、皇女との間で強引に『既成事実』を作ってしまうことで皇族に入り込もうとしている、と。
するとルーエルが、声を裏返らせながら、とんでもないことを言ってきた。
「まさかあんたも、ネイピア様の身体が目当てで……」
「そんなわけあるかぁっ!」
つい俺も声を裏返らせながら言い返した。
……そんなこと、冗談でも言ったらタダじゃ済まないぞ⁉
ほら、案の定……。
エレナとセラムが、本気でキレそうになってるじゃないか。
ここはフォローしないと、このまま魔眼が発動したら彼女たちもヤバい!
「俺に相応しい女は、ここにいるふたりだけだ! 覚えておけ! 俺は、人間の女に興味すらない! 俺が愛しているのは、このエレナとセラムだけだ!」
俺は正直な気持ちを伝えた。
すると、エレナとセラムはまんざらでもない感じで、それぞれ顔を綻ばせていた。
……良かった。
どうにか『精霊vs人間』の魔法戦争勃発の危機は免れた。
ただ。
ルーエルとウーリルは、ドン引きしていた。
「さすがは魔王。ハーレムを作って欲望三昧だなんて、授業で習った通りの鬼畜だわ!」
「……不潔です」
酷い言われようだった。
でも、他人の評価なんて興味はない。
俺は、エレナとセラムにさえ解ってもらえれば、それでいいんだ。
ふたりが嬉しそうにしている、それだけでいいんだから。
……とりあえず、強引に話を戻そう。
「それなら、ネイピアの命を狙っている者は、いったい何のメリットがあるんだ? ネイピアを殺した者が人間代表になれるのか?」
だとしたら、いろいろと考えないといけなくなる。
手段としては手っ取り早いが、俺としては、無実の人を殺してまで根源誓約を破棄するつもりはない。
666年前の先祖の責任を、子孫たちに負わせる気なんてまったく無い。
そんな復讐の連鎖を作り出したくはないんだ。
すると、ウーリルが忌々しげに吐き捨てた。
「もしネイピア様が亡くなってしまうと、聖霊大祭の順位が繰り上がります。それを狙っている輩も少なからず居ます。ネイピア様が亡くなると、まずは第2位のコルニスが人間代表となりますし……それが続けば、7位と8位の私たちにも順番が回ってきます」
「なるほど。そいつは、殺し合いの連鎖が起こりそうな制度だな」
俺が皮肉を込めて言い捨てると、ルーエルが噛みつくように言ってきた。
「あたしたちは、ネイピア様の地位なんて狙ってないんだからね! 人より少しでも出世ができれば十分満足なの。いずれネイピア様の治世になったとき、それなりの地位で楽をして生きていきたいだけなのよ!」
そんなことを堂々と宣言するルーエル。
意地汚いと言えばそうだけど、むしろ欲望に忠実で解りやすい。
ルーエルは、これまでの言動からして、直情的に行動を起こすタイプのようだ。
なので俺は、ウーリルに話を振ることにした。
「人間代表の座や順位を、他人に譲ることはできないのか?」
それができたら話は早い。ネイピアが俺に人間代表の座を譲ってくれれば……。
だが、ウーリルは首を横に振った。
「過去に、それを希望した例もありますが、無理だったようです。というのも、聖霊大祭そのものが一種の儀式となっているため、大祭の覇者という地位に魔力的な拘束力が生じているからです。覇者になった者は、誰もが認める『人類最強』ですから、そういう意味でも、聖霊大祭を勝ち抜いた者に対して強い信任が作られている、というわけです」
「……なるほど」
そうなると、現状、聖霊大祭を制覇する以外で『人間代表』を名乗っても、何の意味も無いってことか。
「それならやはり、俺が聖霊大祭に出場するしかないか」
「えっ⁉」「はぁ⁉」
ウーリルとルーエルが、困惑したように目を見開きながら声を上げた。
「魔王のくせに、人間代表になるつもりなの⁉」
ルーエルが困惑と怒りを混ぜたように叫ぶ。
一方、ウーリルは、怪訝そうにしながらも律儀に答えてくれた。
「それは無理です。賢者学園の在校生・卒業生でなければ、聖霊大祭には出られません。そして賢者学園は、賢帝の血を受け継ぐ子孫たちのためのエリート校なのです」
「賢帝の子孫じゃないと、絶対に入学できないのか?」
「それは……そういえば、過去にはいくつか例外もあったかと思います。ただ、そういった規則については、学長や生徒会長に権限があるはずですけど……」
「となると、やはり生徒会長に会うべきだな」
俺がそう言うと、エレナとセラムも頷いた。
すると、恐る恐るといった感じで、ウーリルが聞いてきた。
「あなたは、歴史で習った魔王とは似ても似つかない。残虐非道と言われているのに、私たちのことを殺そうともしない。……あなたは、本当に魔王なのですか?」
口調こそ怯えて震えているものの、その質問は揺るぎなく、まるで事実を確認するためだけのように聞こえた。
どうやらウーリルは、これまでの俺たちの態度から何かを察したみたいだ。
「まぁ、詳しい話は後でしよう。何より今は、『魔王が復活し、祠の管理者を力尽くで脅して従えている』という事実があった方が、お前たちにとっても都合がいいだろう? お前たちは、逆らうことができず無理やり付き合わされただけだ、とな」
俺がそう言うと、ウーリルはハッと察したように目を見開いて、頷いた。
「じゃあ、生徒会長さんに会いに行くぞ。実は、俺に策がある」
彼女たちと話していた間に、俺は、結界の突破方法を思い付いていた。
正確に言うと、思い出したんだ。
俺は自信を持って、その案を提案した。
その名も――
『結界冷凍保存法』だ。
次話の投稿は、本日19時30分を予定しています。




