表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/122

ジードの心を支えるもの

新章35話です

 魔剣キリアムが、俺の胸を貫いていた。


 息ができない――口から血が吹き出す。


「さぁ、お前の心臓を贄にして、真の意味で一つに……」

 俺の胸から吹き出す血が、魔剣キリアムの漆黒の刀身を、そして恍惚に歪むゼグドゥの顔を、赤く染めていく。


 ドグン……ドグン……鼓動を打つたびに俺の血が吹き出していく。

 血が止まらない……

 鼓動が止まない……


 俺の鼓動は、止まることを知らない。


「……どういうことだ? なんだこれは⁉」


 ゼグドゥがあからさまに困惑していた。

 まるで俺を畏怖するような目で睨みつけると、魔剣キリアムを抜き取りながら飛び退いていった。

 

 俺は、穴が開いてしまった胸をそっと撫でた。

 胸の中に、優しい《風》が吹く。


 その途端、胸からあふれていた血は、完全に止まった。


 ゼグドゥは、俺の心臓が欲しくてたまらなかったはずだ。その心臓を持つ身体と一つになることで、完全な復活ができると思っていたはずだ。


 だが――

「残念だったな――」

 俺は、ゼグドゥとキリアムに向かって笑みを浮かべる。


「ここに俺の心臓は無い」


 俺は、穴の開いたままの胸を指して、言い放った。


 一瞬の静寂。

「……バ、バカな⁉ 確かに鼓動を感じている。貴様の心臓は……」

「この中にあるのは、ニセモノだ。きっとこうなるんじゃないかと思って、前もってすり替えておいたんだよ」


「……心臓を、すり替えただと⁉」


「ああそうだ。幸いなことに、俺の仲間には心臓を作るのが得意な奴がいるんだよ――」

 俺がそう言うと、後ろから「得意じゃないわよ」と言われてしまった。

「そいつにニセモノの心臓を作ってもらって、本物の心臓と交換していた。そんな準備をした上で、俺はここに来ていたんだよ」


『糸』によって作られた心臓は、それだけじゃ動かない。そこに体内を巡る魔力回路を繋いでいって、あたかも魔力回路が血管の代わりになるように繋げていく。

 そうすることで、魔力回路を動力として動く、ニセモノの心臓が出来上がる。

 そのせいで、心臓を貫かれたくらいじゃ鼓動が止まらない。


 そして、ネイピアの《風》魔法で作られた『糸』の心臓に《風》魔法をかけると、相乗効果によって自動で治癒されるのだ。


「このニセモノの心臓じゃ、お前も融合はできないよな。この間のプリメラのときのように……いや、それ以上に巨大な異物になるわけだからな」


 あのときの、異物が混じり込んだことによってプリメラとゼグドゥが融合できなかったということが、今回の作戦のヒントになっていた。

 俺は、ゼグドゥが俺にそっくりだということを見知ってから、ずっとこの作戦のことを考えていたんだ。

 これだけ似ているのなら、俺とゼグドゥとの間には何かしらの繋がりがあるに決まっていた。だからこそ、俺の身体がゼグドゥに狙われたときには断固として拒否できるように、策を講じていたというわけだ。


「ぐっ……ぐぅぅあぁぁぁあああ!」

 ゼグドゥが咆哮を上げ、表情が一段と歪む。

「……ならば! そのニセモノの心臓ごと潰してくれる! そして本物の心臓を見つけ出し、今度こそ完全な……」

「それは無理だ――」

 俺は、淡々と伝えてやる。

 魔王ゼグドゥは既に詰んでいるんだと、教えてやるように。


「俺の本物の心臓は、とっくに燃やして灰になってるからな」


 俺はゼグドゥを嘲笑うように言い放った。


 これで、ゼグドゥの思惑は外してみせた。

 ……だけど、それはあくまで、完全復活を防ぐことができたというだけ。

 ゼグドゥも、魔剣キリアムも、その力が強大であることには変わりなかった。


「もはや完全体など不要! この身体のままでも、世界を滅ぼしてくれる!」

 ゼグドゥが魔剣キリアムを振るう。まるで素振りでしかないにもかかわらず、その衝撃波だけでゼガ島を覆う崖が一気に崩壊した。


「きゃあっ⁉」「くぅっ⁉」

 ネイピアとプリメラが悲鳴を上げる。彼女たちはルートボルフの身体を支えようとしていて、体勢が厳しくなるばかりだった。

 しかも、さっきの衝撃で2人の手が離れ、ルートボルフの身体が崖崩れに呑み込まれてしまっていた。それを助け出しているような余裕は、無い。

 ……もうここに居たら危険だ。


 俺は彼女たちの傍に近寄って、

「みんなのできることをやってくれ」

 それだけを言うと、すぐに彼女たちを霊装セラムの《氷》で包み、霊装エレナの《風》で帝都まで送り飛ばした。一筋の光が尾を引くように流れ、そしてやがて見えなくなった。これで彼女たちは、数分後には帝都に着くことだろう。


「どこを見ている」

「っ⁉」

 ふいに真横から声が聞こえて、俺は咄嗟に腕を上げていた――

「ぐぅっ⁉」

 ――脇腹を砕くような一撃を喰らって、地面に叩きつけられ転がっていく。

 いつの間にか視界が赤く染まって見えていた。それは目の前に血が入ったからなのか、それとも目の中に血が溜まっているのか、それすら判らない。


「ジードくん!」「ジード!」

 エレナとセラムの声が、頭の中で反響していた。

 いつも冷静なセラムまで、怒るように声を荒らげている。

 かなり、心配させちゃってるみたいだ。


「……大丈夫だ」

 俺は、敢えて笑うように言う。

「俺は、もう絶対に、ふたりを傷付けないからな」

 そう決意を込めて立ち上がろうとする……だけど、どうにも俺の身体は限界が来ていたらしい。

 ようやく立ち上がったところで、ふらりと、成すすべなく倒れていく……


「もう、一人で立とうとしないでよ」


 エレナの声。

 叱るような、だけどとても優しい声。

 と同時に、俺の右手は操られるように霊装エレナを杖にしていた。


「私たちも一緒なんだから」

 霊装エレナから、優しい《風》が吹く。

 その《風》は俺の背中を支えてくれて、立ち上がる力になる。

 もう倒れない。


「私たちは、傷付くことなんて怖くない――」

 セラムの声。

 決意を込めた強い声、だけどとても温かい声。

 と同時に、俺の左手も勝手に動くように、霊装エレナを杖にしていた。


「ジードが一緒に居てくれれば、私たちは何も怖くない」

 霊装セラムが、《氷》を纏わせる。折れて力の入らなかった箇所が、しっかりと固められていく。

 もう折れない。


 二つの霊装に支えられ、かけがえのない二人の仲間と一緒に、俺はまた立ち上がる。


「ジードくん、一緒に戦おう」

「ジード、遠慮はいらない」

 二人の声が、俺の心を支えてくれている。


「無駄な足掻きを」

 ゼグドゥが魔剣キリアムを振りかぶり、一気に距離を詰めて振り下ろしてきた。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 俺は叫び声を上げながら、渾身、その一撃を受け止めた。

 ガギィィンッ!

 鈍い音。痺れる手。

 視界の端では、何かの欠片が飛んでいくのが見えていた。


「……く、この程度の攻撃っ!」――エレナが叫ぶ。

「……つぅ、私たちは決して折れない!」――セラムも叫ぶ。


 鍔迫り合いの中で、霊装エレナも霊装セラムも刀身が欠けていた。

 だが同様に、魔剣キリアムも欠けていた。


 そしてふたりの叫びに押されるように、俺は魔剣キリアムの一撃を弾き返した。

「ぐっ⁉ ……どこにそれほどの力が残っていたのか⁉」

 ゼグドゥが動揺するように声を震わせていた。


「判らないかしら? なら教えてあげるわ」


 ふいに、辺りに声が響いた。

次話の投稿は、本日19:30を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ