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愚帝たる覚悟

新章33話です

 そのとき、ふとルートボルフと目が合った。

 彼は、俺を見た途端に、どこか安堵したみたいに、そして嬉しそうに微笑みかけてきた。


「ジード・ハスティ――666年前の魔王。きみが、この時代に居てくれて良かった」

「……どういう意味だ?」

「私は、きみのお陰でこうして戦えている。そもそもきみが居なかったら、先日の魔王復活すら阻止できず、世界は滅ぼされていただろう」

「いや、そんなことは……」


 ルートボルフの口調は優しく、穏やかで、その一人称も『我』から『私』へと変わっていた。

『我』という皇帝の立場を取り除き、『私』という個人の想いを伝えようとしているのか。


「あのとき、きみは『魔王を倒してしまえばいい』と言った。そして実際に、討伐寸前まで追い込んで見せた。あの言葉が、私をどれだけ救ったか。……だから、私も覚悟を決めたのだ」

「覚悟だって? 何をする気だ?」


 ルートボルフは、微笑み続けている。

 まるで勝ちを既に喜んでいるかのように。


「私がこれまで溜め込んでいた魔力のすべてを、この魔剣破壊のために注ぎ込む! 我は魔剣の動きを捕まえるために、契約をやって見せただけなのだから!」


 ルートボルフの左手に、眩いばかりの光の玉が握られていた。

 そして彼は、右手に握られた魔剣キリアムの漆黒の刀身に向かって光の弾を衝突させた。


 辺りが、純白に包まれた。

 何も見えない。自分の手すらも見えないほどの純白――まばゆい光。

 まるで陽の光がゼガ島に墜落してきたかのような閃光。

 その一点、漆黒の影が現れては消え、消えては現れ、明滅していた。


「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「があああああああああぁぁぁぁあぁぁあぁぁあがぁっ!」


 ルートボルフの咆哮と、魔剣キリアムの苦悩の叫びが重なっている。

 光のルートボルフの魔法と、漆黒の魔剣キリアムがせめぎ合う。


 だが、やがて辺りが明るくなってきた。

 眩い光は収まり、通常の光がある世界に戻ってきた。


 そして、そこには、ルートボルフが立っていた。

 両腕はボロボロに傷つき、上半身の服は原形も無いほど破れ落ちてしまっているけれど、確かにルートボルフがそこに立っていた。


 魔剣キリアムの姿は、見えない。


 ……魔剣を、破壊したのか。

 皇帝ルートボルフが、やったのか?

 ルートボルフは、俺たちの視線を一身に集めながら、先ほどのように穏やかに微笑んでいた。

 そして、口が開いてこう言ってきた。


「契約違反だ」


 魔剣キリアムの、声。


 直後、ルートボルフの胸から漆黒の刃が突出してきた。身体の内部から胸が割かれていく。

 ぽっかりと、ルートボルフの胸に穴が開いた。


 そして、そこから魔剣キリアムが現れた。すぐに魔剣は精霊の姿に変わり、そしてルートボルフの胸の穴から、こぶし大の肉塊を取り出した――

 ルートボルフの、心臓を。


「ひっ⁉ ……いやあああああああっ⁉」

 ネイピアの悲鳴がこだまする。咄嗟に駆け寄ろうとしていたネイピアをプリメラが必死に抱き留めた。


「エレナ! セラム!」

 言うと同時に、霊装エレナに《風》を纏わせた斬撃でキリアムを吹き飛ばす。その隙にルートボルフの身体を《風》に乗せながら運んでいく。と同時に霊装セラムの《氷》の一撃でルートボルフを凍結させる。

 魔法士ならば、心臓が無くなったくらいで即死はしない。

 それに、霊装セラムの《氷》はあらゆるものを凍結させる。すべての生命活動も完全な一時停止状態にすることができる。


 いま、ルートボルフは死に向かう一歩手前で停まっている状態だ。

 このまま、キリアムを倒して安全を確保したら、心臓移植手術で復活させることだってできるはずなんだ。

 ……そのはずなんだ。


 ルートボルフはネイピアとプリメラに任せ、俺はすぐにキリアムへ攻撃を仕掛ける。

 だが、ルートボルフの心臓を手にしたキリアムは、まるで曲芸でも見せるかのように予測不能の動きを見せ、捉えきれない。

 キリアムが歓喜の声をあげる。


「贄だ! 贄だ! これを新たな贄として、今度こそ我が主は復活なさるのだぁ!」


「させるかっ!」

 俺は霊装エレナの《風》を纏ってキリアムに迫った。音速を越える一閃を走らせる。

 だがふいに消えた。

 キリアムの姿が見えない。


 ふと足下を見ると、そこには、マグマが広がっていた。

 カルデラの中央――最も低い地点から、ゴボゴボと吹き出すようにマグマが湧き出て来ている。  木々や住居が激しく燃えていく。

 ゼガ島のカルデラが、目覚めていた。

 地下にあったマグマが、地上まで盛り上がってきていたのだ。


 さらに、それだけではなかった。

 灼熱のマグマの中から、白金色に輝く金属が盛り上がるように出てきていた。

 次々と、白金色の金属が出現してくる――規則的に積み重なり、そして組み上げられている、人工的な構造物。


 それは、巨大な祭壇だった。


 そして、まるで大輪の花が咲くかのように重なり合っている、無数の魔法陣。

 灼熱のマグマの中にあっても、決して解けることのない金属――オリハルコン。


 間違いない――見間違えようもない。

 これは……この祭壇はっ⁉


「魔王封印の祭壇⁉ ……どうして、それがここにあるんだ⁉」


 俺は思わず叫んでいた。

 その祭壇は、帝都の地下深くにあったはずだ。ここから200㎞も離れた地点の、地下深くに。


「そもそも、祭壇の置かれる場所には意味が無い。『次元の狭間』の入口は、どこにでも在り、そしてどこにでも無い――」

 まるで講義をするように、キリアムが語る。

「あの帝都の地下深くという位置は、単に祭壇の隠し場所であったに過ぎない。こうして、地下深くのマグマを通じて運び出すことさえできれば、どこでも『次元の狭間』への穴を開けることができるのだから」

 オリハルコンの祭壇が、完全にマグマから姿を現した。


「させるかっ!」

 俺は霊装エレナの《風》を纏い、高速でキリアムに斬り掛かった。

 だが突然、キリアムが姿を消した。


 ガギィィン!

 鈍い音が鳴り響く。

 霊装エレナと魔剣キリアムの刃が衝突していた。

 人型だったキリアムが、一瞬で魔剣の姿に変じていたのだ。


 そして、そんな魔剣キリアムを握っている、手。


 それは、オリハルコンの祭壇から生えてきたかのように――

『次元の狭間』から、雄々しく突き出されていた。

 のっそりとした様子で、『次元の狭間』から姿を現した。


 今、俺の目の前に、同じ顔がある。


 魔剣キリアムを構えながら、俺と霊装エレナの攻撃を受け止め、押し込んでくる。

 以前、斬り落としたはずの片腕は元に戻っていた。


 ……いや、この魔力量。

 元に戻ったなんて言うレベルじゃない。

 何倍にもなっている。


「また会えたな、我が息子よ」


 復活を遂げた魔王ゼグドゥは、俺を見てそう言った。


 見覚えのある顔。

 俺とそっくりの顔で。

 醜く歪んだ笑みを浮かべていた。

本日の投稿は以上です。

次話の投稿は、明日の18時か18:30頃を予定しています。

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