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賢帝と、愚帝の、真実

新章32話です

 3


 ルートボルフは、屈託のない微笑みを浮かべながら言った。


「皇帝になったときから、判っていたのだ。我の代で、999年前の魔王と、魔剣キリアムとの封印が解けることになると」

「だからって、魔王の側に付こうと決めたって言うの?」

 ネイピアは苛立ちを隠さず言い捨てる。


 対するルートボルフは、極めて心穏やかに見える。

「いいことを教えてやろう。……我は、今、世界最強の魔法士となっているのだ」

「……何が、世界最強よ」

「我の力は、いまや世界中の魔法士の力をすべて合わせたものよりも、圧倒的に強い」

「……ふん、どこかで聞いたセリフだわ」


 ネイピアは皮肉に笑う。

 世界中の魔法士の力を合わせたもの……それはネイピアが得意とする束縛魔法を打ち破るために必要な魔力と、同じ表現が使われていた。


「皇帝というのは、そのような存在なのだ。この世界に生きる誰よりも強く、そして、誰よりも賢くなければならなかった」

「でも、あなたは愚帝だった!」

 ネイピアが叫ぶ。


 だがルートボルフは、笑みを絶やさない。

「愚帝と呼びたければそれでいい。私は愚帝で構わない」

「え?」

「本当に賢い者は、自分を賢いなどとは言わないのだ」

「……それって」


 それは、明かな『賢帝』批判――皇帝マクガシェルを批判する発言だった。

 だが、なぜそんなことを?

 しかも、こんなときに?


「あの男さえいなければ、何もかもが上手くいっていたというのに。あの男の我欲がすべてを破壊した! 999年にも及ぶ壮大な『皇帝』システムを、あの賢帝を自称する男が破壊してしまったのだ!」


 ルートボルフは、いったい何を言っているんだ。

 999年にも及ぶ皇帝システム?

 何を言っているのか判らない。

 すると、その発言の意味を理解したものがこの中に居た。


「……まさか、皇帝、貴様の本当の目的はっ……ぐ⁉」

 魔剣キリアムが叫ぶと同時に暴れだした――だがルートボルフによって強く握られているため、動けない。


「さすが当事者。察しが良い――」

 ルートボルフは、右手の魔剣キリアムに不敵な笑みを見せつけながら、

「そもそも皇帝は、999年の長きにわたって、魔王討伐のために築き上げられた魔法システムなのだ。皇帝は代々、魔王討伐のための魔力を国民から徴収し、そして貯蓄してきたものだった。すべては、始まりの日から999年後に訪れるであろう魔王復活の日に向けて、対抗するための力を蓄えるため」


 その話は、あまりに荒唐無稽のように思えた。

 そんな魔法システムを構築するような理論が、いったいどこに……。

 そこまで考えて、ひとつ思い浮かんだものがあった。


 国民から魔力を徴収する能力……それと同じ理論に基づいている魔法を使っている人が、いるじゃないか。

 ネイピアの『風絆結束(チェンバイン)』だ。

 多くの人から魔力を集め、結集させる魔法。

 あんな魔法を創り出せるのはとんでもない才能だと思っていたが、その素地もしっかりあったっていうことか。


「それをあの男はっ――賢帝マクガシェルはっ!」

 ルートボルフの怒声に、ハッとさせられた。


 突然のように始まったと思った『賢帝』批判だったが、今は、その理由も想像ができた。

 魔力を貯蓄する魔法システムと、あの時代だけ――いっそ賢帝ただ1人が――突出するように魔法レベルが跳ねあがっていたこと。

 そのことが明確に繋がっていた。

 そして案の定というべきか、ルートボルフは俺の想像通りのことを言ってきた。


「マクガシェル・マギアグラードは、それまで333年間貯め続けていた魔力を、ただ己の名誉欲と顕示欲のために、使い切ってしまったのだ!」


 ……だからこその、根源誓約。

 ……だからこその、召喚。

 ……だからこその、666年もの封印。


 これまでのことが、すべて、絡んできていた。

 いっそ、すべてのことを、あのマクガシェルが破壊し尽くしていたのだ。


 ……何が賢帝だ!

 俺は、これまで何度言ったか判らないセリフを心の中で吐き捨てていた。


「それでも、我々『皇帝』は、その後も魔力を貯め続けなければならなかった。貯めていなければ、この999年後に世界は滅んでしまうのだから。666年前の男が無責任にやらかしたことのツケを、今まで払い続けなければならなかったのだ。それがたとえ、国全体の魔法レベルを下げ、そこから浮いた分の魔力を集めるという、愚かしい手法を取らなければならなかったとしても」

「……な」


 ……まさか、666年前から魔法のレベルが下がっていたことも、このシステムに関連していただなんて。

 だがルートボルフの話は、まだ終わらなかった。


「それでも、私の代になっても魔力は足りていなかった。だから、皇帝になった瞬間から、私は己の魔力のほとんどを徴収に回した。たとえ己が『愚帝』と呼ばれようとも、やらなければならないことがあるのだから」


 その話を聞いていた誰もが、言葉を失っていた。

 俺にとっては、マクガシェルの評価は元から低かったが、それにもまして最低の奴だった。


 正直、そんな奴のことはどうでもいい。

 だが、いま目の前に居る男のことは――愚帝と呼ばれている男のことは、絶対に見直さなければならなかった。


 この男は、誰よりも、賢い。

 ただそれと同じくらいに、愚直なのだ。

次話の投稿は、本日19:30を予定しています。

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