愚帝と魔剣の、契約
新章31話です
やがて、ゼガ島の島影が見えてきた。
あと1分弱で到着する。
遠目に見る限りでは、異変は無い。激しい戦闘が行われたわけではないようだった。
あと少し。何も起こってないでいてくれ……。
そう思った矢先のことだった。
「私と、契約をしたいと?」
そんな話し声が聞こえてきた。
魔剣キリアムの声だ。
俺たちが近付いたことでこちらの魔力の伝わり方も強くなり、エレナの通信魔法も押し戻されなくなったようだ。
「その通り――」
そう同意していたのは、皇帝ルートボルフ。
……その通り、だって?
俺は自分の耳を疑いたくなった。
「我の世代は『谷間の世代』などと呼ばれ、魔法能力の低さを上からも下からも貶されてきた。その積年の恨みをもって、強大な力を手にして復讐を果たすのだ」
ルートボルフは、魔剣の力を手に入れようとしているのか。しかも、かなり自分勝手な私怨によって。
だからこそ、ルートボルフは帝国軍や俺たちにゼガ島の調査をさせた後、まるで人払いするかのように俺のことも帝都に呼び出したのか。
そうして、留守になったゼガ島に自らやってきて、魔剣と契約しようとするなんて……。
「いったい何を考えているんだ⁉ ルートボルフ!」
俺は怒りにかまけて叫んだ。その声は《風》に乗って、ルートボルフにも届いたはずだ。
「……早く、邪魔者が来ないうちに進めよう」
だがルートボルフは、俺の声を無視するように――いっそ対立の意思を示すかのように言っていた。
対するキリアムの声は淡々と、
「つまり、貴様の身体を我が主に捧げ、そしてこの私の――魔剣キリアムの力を手にしたい、と?」
「そうだ。我が血筋の肉体は、魔王との相性が良いのであろう。我が姪のプリメラに比べれば劣るやもしれぬが、近い血縁にある我もまた、魔王にとって悪くない器となれるのではないか?」
「何を言ってるんだ!」
俺は思わず口を挟んだ。
「そんなことをして何になる⁉ 魔王を復活させて、それで復讐とか言って人間界を滅ぼせれば満足なのか⁉」
言いながら、もしかして皇帝は、以前のガルビデのように魔王に操られているんじゃないか、とも思ったが、どうもそうじゃない。
ガルビデのような陶酔感は無く、口調は至って冷静だ。それこそただの交渉として、皇帝は魔剣を求めているようだった。
「ならば良いだろう。貴様の望み通り、その肉体を我が主の器としてやろう」
魔剣キリアムが、歓喜に弾むような声を上げていた。
その瞬間、俺たちはゼガ島の上空に到着した。
空から見下ろすゼガ島――そのカルデラの中央に、2つの人影が立っていた。
1人は、皇帝ルートボルフ。
考えてみたら俺は肖像画でしか見たことが無かった。
そしてもうひとりは、キリアム。
人型の精霊となって、地上に姿を現していた。
「キリアムッ!」
俺は上空から叫びながら、霊装の《風》を纏って一気に急降下していく。
人型の精霊ならば戦闘能力は低い。霊装とは比べ物にならない。だから人型の状態のときにケリをつけてやる!
次の瞬間、キリアムの姿が光に包まれた。そしてそこに向かってルートボルフが手を伸ばしている。
……まずい⁉
俺は咄嗟に《風》でブレーキを掛けながら、横風を起こして自分の身体を強引に吹き飛ばした。
サンッ……俺の目の前を漆黒の刀身が通り過ぎていた。
「つぅっ⁉」
全身に激痛が走り、一瞬息が止まる。
また髪の毛の先をかすめただけだってのに、酷いダメージだ。
俺は《風》に飛ばされた勢いのまま地面を転がって距離を取る。
「……くそ」
思わず悪態をつく。
俺に対峙している、魔剣キリアム――
皇帝ルートボルフその人が、魔剣キリアムを構えて、立ちはだかっていた。
そこに、遅れてネイピアとプリメラが到着した。
「……どういう、つもりよ」
ネイピアが敵意を隠さず言う。
だがルートボルフは答えない。
「貴方は、どこまで愚帝と呼ばれたら気が済むというのっ!」
ネイピアの悲痛な叫びに、ルートボルフは、ただ微笑んでいた。
まるで、勝ち誇っているかのように。
次話の投稿は、本日19時を予定しています。




