魔剣対策の糸口、奇妙な胸の高鳴り
新章29話です
四章
1
俺の目の前に、セラムの綺麗な顔がある。
本当に綺麗だ。
そして、可愛い。
何より、傷ひとつ無くなっている。
「うん。ちゃんと治ったみたいだな」
俺はセラムの綺麗な顔を見つめながら、つい嬉しくて笑っていた。
「本当に?」
セラムが不安そうに、上目遣いで聞いてきた。
「ああ本当だ。傷ひとつ無く、綺麗になってるぞ」
「もう一度言って」
セラムは上目遣いのまま、ずいずいっと顔が近づいてきた。
俺は思わずのけぞりながらも、そこで彼女の意図を察して、体勢を立て直しながら言った。
「綺麗だよ、セラム」
「ん」
セラムは満足そうに頷いていた。
ほんのりと、俺にしか判らないくらいに頬を赤らめながら。
「うーっ」
ふいに隣から唸り声が聞こえた。
まさかモンスターか⁉ ……なんてわけもなく。
エレナが口を尖らせながら、不満をあらわに睨みつけてきていた。
「セラムちゃんだけズルい! ずっと顔を近づけて見つめ合っちゃってさ」
「そりゃ、セラムの顔に傷が無いかを確かめてたんだから、当たり前だろ」
「うー」
少しトーンダウンした唸り声。でもすぐに気を取り直したように、
「私、ジードくんに『綺麗』なんて言われたこと、ほとんど無いのに」
……そりゃまぁ、エレナの顔は可愛いからな。
それに、いつも表情豊かにしているものだから、『綺麗』って言えるような表情をすることがほとんど無いし。
ただ、それとのギャップで、ごく稀に見せる真剣な表情なんかは、本当に綺麗で好きなんだけど。
それはさておき。
「ていうか、そもそも今のは『傷が無い』っていう意味で『綺麗だ』って言っただけだし……」
と律義に説明をしたら、今度はセラムが、不満をあらわに睨みつけてきた。
「私はジードに褒められたと思って嬉しかった。なのにジードは、そんなつもりなんて無かったと言う。……切ない」
「あ、いや、今のは言葉の綾ってヤツで……」
すると今度は、またエレナが睨みつけてきた。
「ジードくん酷いよ! セラムちゃんの心を弄んでいたなんて!」
「いや違うって! 俺は純粋にセラムのことを愛してるから!」
俺は勢い余って、セラムに対する正直な気持ちを伝えていた。
でも、これでエレナも解ってくれるはず……。
「そんな激しい愛の告白をされるなんて! やっぱりセラムちゃんだけズルいよ!」
「そこに戻るのかよ⁉」
嫉妬したり同情したりまた嫉妬したり、忙しい奴だ。
……でも。
こんなやりとりが楽しくて、幸せなんだ。
これで、いつもの日常が戻ってきたと実感することができた。
するとふいに、部屋の壁がドンドンッと叩かれた。
「こんな状況でも、相変わらず朝から大騒ぎなんて。……まったく、貴方は心臓に毛が生えているのよ」
隣室のネイピアに、呆れられてしまった。しかも、ちょっと上手いことを言ってるんだけど、それに気付ける人はごく限られている。
……ああ。いつもの日常が戻ってきたんだなぁ。
俺は、改めて強く実感していた。
いつも通りの、生徒会寮で迎える朝。
隣の部屋にはネイピアが居て、逆の部屋にはプリメラが居る――今は恒例の朝特訓で留守だけど。
そして、俺のすぐ隣には、エレナとセラムが居てくれる。
この安心感は、他の何物にも代え難い。
ただ、そんな日常も、今日でいったん終わりを迎える。
ゼガ島での、魔剣キリアム討伐作戦が、これから始まろうとしているのだ。
前回の魔剣キリアムとの対戦から、3日。
魔剣キリアムには特に目立った動きもなく、ゼガ島全体を見ても特段変わったことは起こっていなかった。
他方で、帝都の近辺についても、引き続きモンスターが襲ってきている以外は、異変と呼べるようなことは無かった。
そんなとき、ゼガ島で調査を続けていた俺たちに対して、皇帝ルートボルフが直々に連絡をよこしてきたのだ。
「魔剣キリアムを討伐するための作戦を検討したい。できるならば、資料を含めて直接会って話し合いたいのだが」
そう言われると、こちらとしては断る理由は無い。むしろ直接話し合うことで、ルートボルフの本心を探ることができるかもしれない、とも考えていた。
そこで俺たちは、万が一に備えてゼガ島に《風》の探知魔法を掛けておきながら、こうして帝都まで戻って来ていた。
移動だけなら15分で済むから、日帰りのつもりで戻っても良かったんだけど、今回はどうしても前日に帝都でやることがあったのだ。
そのため昨日のうちに帝都に戻って、そして生徒会寮で朝を迎えていた。
というのも、ネイピアに協力してもらって、魔剣キリアムに対抗するための糸口を探ってもらっていたのだ。
ネイピアにしかできないこと――そしてネイピアならできると実証されていること。
このネイピアの協力さえあれば、俺は――俺たちは、魔剣キリアムの一撃だって受け止めることができる。
そんな対策を、俺たちは前日に終わらせていたのだ。
そのお陰で――
「貴方たちが温泉を楽しんでいる間、私は生徒会室でただ一人、せっせせっせと編み物をしていたわけよ。いかがかしら? 私からの心温まるプレゼントは?」
という皮肉を承ることとなった。
ともあれ、ネイピアには感謝しかない。
これで、心置きなく決戦に挑むこともできる。
そんな安心感から、思わず胸を撫でおろしていた。
ただ、そんな自分の心情とは裏腹に、俺の胸は早めのリズムで脈打っていた。
まるで、心と体がちぐはぐになってしまったみたいだった。
本日の投稿は以上です。
次話の投稿は、明日(10/15)の18時か18:30を予定しています。




