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人間と、精霊と

新章27話です

 4


 メルキュリオの泉を前にして、セラムは呆然と立ち尽くしていた。

 青白い光を湛える泉。

 その光に照らし出される鍾乳洞。


「……メルキュリオ」

 小さく、消え入りそうなセラムの声。


「メルキュリオさんは、セラムにとって同系統の先輩だし、本当にいい近所のお姉さんだったんだ……」

 エレナが、鼻をすすりながら涙声で教えてくれた。


 俺はこれまで、こういった重い話は自然と避けてきていた。

 666年前の、『扉』の完全封鎖。

 それは確かに『成功』だったはずだ。

 だけど、そこには、助けられなかった命があることも忘れちゃいけないんだ。

 ……そして、この人間界でもメルキュリオが生きていたということも。


 現に、このメルキュリオの泉は、この人間界の歴史の教科書に出てくる悪魔とか魔王なんていう話とは無関係に残っているようだった。もし悪魔の泉なんて言われていたら、潰されてしまっていたかもしれないんだから。


「……文字」

 ふいにセラムが呟いた。

 そして一点を指さしている。

 すると、そこには確かに文字が書かれていた。精霊の文字だ。


 未来の子供たちへ。

 穏やかなる安らぎと憩いの場を、ここに残す。


 それは、メルキュリオが遺してくれた、希望なのだろう。

 自分たちが強制召喚によって人間界で酷使されている中で、もし、ふたたび似たようなことが起こってしまったときに、せめて癒しの場を作っておきたかったのかと。

 俺は、そう解釈していた。

 ただ、エレナもセラムも、少し違うようだった。


「メルキュリオさんは、そんな哀しい未来で満足するようなひとじゃなかったと思うよ」

 エレナがそう言うと、セラムも頷いて、

「メルキュリオは、もっと非現実的でありえないような理想論を語るのが好きだった。だから、そんな中途半端な幸せじゃなく、もっと突き抜けた幸せを考えていたに決まってる」


 もはや褒めているのかバカにしているのかも判らないような言い振りだった。

 だけど、その言葉一つ一つに、メルキュリオとの親しみを感じられた。


 セラムが続けて、説明を加える。

「私たち精霊は、同じ精霊に対して『子供』という言葉はあまり使わない。未熟という意味では使っても、年少という意味ではほとんど使わない。私たちは、生まれたときからほぼ大人と似た外見になっているから」


「え?」

 セラムの言わんとしていることに気付いて、俺は思わず声に詰まりそうになる。

「じゃあ、この『未来の子供たち』って……」


「人間の子供たちに向けて、遺した言葉」


「え? でも、これは精霊の言葉で書かれてるよな。人間の子供は読めないだろ」

「そこが、理想論者の理想論者たる所以――」

 セラムは、どこか呆れたような口調になりながら、


「メルキュリオは、人間の子供が精霊の言葉を読めるようになって、その意味を察してほしいと考えていたはず。それこそが、本当の意味で、人間と精霊とが仲良く共存できている社会だから」


「……うん? いや、さすがにそんな回りくどいこと……」

「メルキュリオは、そこまでやる女」

「……そうなのか」

「そう」


 セラムは力強く断言した。

 そして、ふと俺の胸に頭を預けるように傾けてきた。


 すると、負けじとエレナもサササッと駆け寄ってきて、反対側の胸に頭を預けるように寄せてきた。

 俺は、そんなふたりの頭を、そっと撫でる。


「メルキュリオ、どこかで見ててくれるかな?」

 ここにひとつ、人間と精霊が仲良く共存している光景があるんだぞ。

 あの当時、あなたの夢は理想論だったかもしれないけれど、ここで現実にしている人間と精霊がいるんだぞ。

 きっと、セラムはそれを見せつけたくて、俺の胸に頭を寄せてきたんだろう。

 そして、きっとエレナは、そこまで考えず単純にセラムだけズルいと思って頭を寄せにきたんだろう。


 すると、セラムが少し頭をムズムズ動かしながら、呟いた。

「ジード……。もう少し、メルキュリオに判り易く見せつける」

 そう言って、斜め上を向くようにして目を瞑るセラム。

 俺は、目を瞑りながらゆっくり顔を近づけていって、唇を合わせた。


「……これで、メルキュリオも判ったと思う」

「だな」

 つい、いたずらっぽく笑い合う。


「ジードくん、ジードくん!」

 声を弾ませながら、エレナが俺の服を引っ張っていた。

 エレナはいつものように、準備万全の体勢だった。もう目を瞑って、口がデレデレ緩みながら、唇だけは今か今かと突き出している。

 そしてもちろん、《風》の息を吐いたりして俺を傷つけないように、ずっと息を止めている。

 俺は、エレナの頬にそっと触れて合図代わりにすると、エレナのツンと突き出した唇に、自分の唇を合わせた。


「……ぷっはぁ~」

 いつもより焦らさずに早くキスをしたせいか、エレナの「ぷっはー」は少ししなやかに感じられた。お互いに見つめ合うと、エレナは恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。


 ……ここは、本当に、穏やかで安らかな憩いの場所なんだ。

 少なくとも、今の俺たちにとっては、世界中のどこよりも最高な憩いの場所になっているんだから。

次話の投稿は、本日19:30を予定しています。

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