セラムのキズを癒やすため
新章24話です
三章
1
霊装セラムの刀身が、欠けてしまった。
その傷の影響は、人型のときにも現れていた。セラムの顔に、腕に、どす黒いヒビがいくつも走っている。
あまりに痛々しい。
そして、俺の胸も抉られるように痛くなる。
あの魔剣キリアムとの戦闘のせいだ。
何度も鈍い音を立てながら激突させてしまっていたから。
相手も霊装だったのだから、少し考えればこうなることは想像できたはずだ。
ましてや、相手は魔王ゼグドゥが使っていたという伝説の魔剣。もっと警戒しながら戦うべきだったんだ。
……そうだ。
もっと警戒して、注意して、エレナもセラムも傷付くことなく戦う方法があるはずなんだ。
それを、しっかりと考えていかないといけない。
俺たちにはまだ、次の戦いがあるのだから。
そして、その戦いが始まる前に、セラムの傷を治さなくちゃいけない。
俺は、そう決意を込めてセラムを見つめた。
ゼガ島の、民家の寝室を拝借してベッドに横になっているセラム。
その顔には、ヒビが黒く刻まれている。さっきの倒れたときよりは魔力も安定しているものの、その瞳はうつろで、弱々しい。
「セラム」
「ん」
「痛かったり、苦しかったりしたら、すぐに言ってくれよ。俺にできることなら何でもするからな」
「ん」
いつもより短い反応が多くて、心配になる。
ただ、その表情は穏やかで、ほんの少しだけ安心できていた。
だけど……。
「……胸が、すごく苦しい」
セラムが、少し息を荒らげるようにして呟いた。
「だ、大丈夫か⁉ すぐに俺の魔力を好きなだけ注いでやるからな」
俺はすぐにセラムの手を握って、優しく両手で包み込む。
するとセラムは、さっきよりも息を荒らげながら、
「ジードが優しくて、思わず惚れなおして、胸が苦しい……」
そんなことを言ってきた。
「…………そっか」
俺は溜息と一緒に苦笑を漏らした。
もしかしたら、これはセラムの強がりかもしれない。
だけど、こんないつも通りのことを言ってくれたことが、俺は嬉しかった。
自分が思っている以上に、俺はショックを受けているみたいだった。
前にエレナが倒れたときもそうだったけれど、俺は、いつも居てくれる人が居なくなったり、いつもの状態でなくなることが、想像以上につらいらしい。
だからこそ、いつもの日常を大切にしているし、そんな日常を必死に守りたいと思っている。
そして、そういう日常を壊すような相手を、許すことはできないんだ。
精霊の日常を壊し続けていたマクガシェルに、身の程を弁えず叛逆したときのように。
精霊界の生活を脅かし続ける『根源誓約』を破棄するため、この人間界に戻って来たときのように。
そして、精霊界の平和を侵害した召喚未遂事件について、その犯人を突き止めて弾劾するために、人間界へ戻って来たときのように……。
俺は、俺の日常を破壊しようとするヤツを、絶対に許さない。
だから、今回セラムを傷つけた魔剣キリアムも、許さない。
ただ同時に、セラムが傷付いたのは俺自身の未熟さもある。
だから、俺は俺自身のことも許さない。
過去の自分を許すことなく、これからの未来、もっと強くなってやる。
そして、今度こそ、俺たちの日常を護るんだ。
……だから。
今はまず、セラムの身体を治すことを考えよう。
それが、日常に戻る第一歩だ。
精霊が傷付くということ――
それは、人間の力と比較するとありえないこと。
だけど、精霊同士だったら、ありうることだ。
実際、精霊界で暮らしていたとき、精霊が怪我をすることはたびたびあった。
精霊同士のケンカ――戦闘――戦争。
いろいろな規模の衝突があって、そして怪我をするモノも居た――死ぬモノも居た。
そもそも精霊は、一定の場所に何らかの理由で魔力が劇的に集中することで、魔力の結晶体のようなモノが作られ、そこに様々な想いが集まることで誕生する、魔力生命体だ。
その想いというのは、たとえば感謝だったり、喜びの感情だったり、あるいは、哀しみだったり、憎しみだったりする。
そうした負の想いによって誕生してしまった精霊は、もはや運命的に、他の精霊との衝突をすることが決まっているようなものだった。
同じ精霊同士……とはいえ、想いが根本的に異なっている。そうなると、精霊同士で戦わなければならなくなるのだ。
そんな戦闘などで、精霊は怪我をすることがある。そのときは、精霊も人間と同じように傷を治す必要がある。
ただ、人間は有機生命体であって自然治癒能力を持っているけれど、精霊は自然治癒能力を持っていない。
魔力生命体は、特別な方法で魔力を供給しないと、傷を治すことはできないのだ。
その方法というのは、『霊水泉』という魔力の泉に浸ること。
人間で言うところの、湯治だ。
……だけど。
人間界に、精霊の傷を治すほど魔力が集まっている霊水泉なんて存在しているのか?
精霊界ですら数ヶ所にしか存在していなかったっていうのに、圧倒的に魔力の弱い人間界で、霊水泉なんて存在しうるのか?
そう考えると、なかなか難しそうな問題だった。
だけど、発想を変えてみると、案外簡単になる。
霊水泉が無いなら、作ってしまえばいい。
まぁ、本当に作れるのかどうか判らないけれど、少なくとも、無いから諦めるなんていう展開にはなりはしない。
いっそ最終手段として、『扉』をこじ開けて精霊界に帰って霊水泉に入ってくる、なんていうことだって不可能じゃない。
精霊界への日帰り温泉だ。
要するに、ちょっと困難そうな問題でも、何かしら方法はあるってことだ。
現に、俺たちはそうやって無理難題をぶち壊してきたんだ。
これまでも、そしてこれからも。
次話の投稿は、本日19:30を予定しています




