マグマ内の死闘、そして
新章23話です
魔剣キリアム――霊装となっている精霊の力を相手に、一進一退の攻防が続いていた。
俺は霊装エレナの《風》に乗って、魔剣キリアムに斬り掛かる。
真正面からの直線的な攻撃。
フレイムリオンが首を倒し、魔剣キリアムを振り下ろしてきた。
その瞬間、俺は霊装エレナの《風》を自分の身体に真横からぶち込んで、ヤツの目前で軌道を直角に曲げた。
「ぐっ……」
ダメージはある、だが動ける。
魔剣キリアムを振り下ろした反動で、フレイムリオンの脇ががら空きだ。
そこに、霊装セラムの《氷》の一閃を振り下ろした。
次の瞬間――
ガギィン……鈍い音と共に、魔剣キリアムが霊装セラムの攻撃を受け止めていた。
「くっ」
いつの間にか、もう1体のフレイムリオンが現れていた。そいつは元の一体と入れ替わるように魔剣キリアムを受け取って、霊装セラムの一撃を受け止めていたのだ。
……だが。
霊装セラムの《氷》が、2体のフレイムリオンをまとめて凍らせていく。
その隙を逃さない。
俺は霊装エレナを振り下ろし、フレイムリオンの首を2体まとめて斬り落とした。
グッ……グァガァァ……
断末魔の叫びを上げながら、2体のフレイムリオンの首が、消失した。
そして、魔剣キリアムは支えるモノをなくして放り出され、マグマの中へと沈んでゆく。
俺は咄嗟にとどめを刺そうと駆け寄ろうとした……だが、辺りに激しい衝撃波が発生して近寄れず、俺たちは距離を取らざるを得なくなった。
ふと、魔剣キリアムが光に包まれた。
そして次の瞬間、そこには、ひとりの男が居た。
切れ長の瞳を吊り上げる、怒りの表情。
まるで目に映るすべてのものを憎み恨んでいる、そう思えてしまうほどの、歪み。
その顔には――身体には、魔剣の刀身を思わせる漆黒の模様が、まるで傷のようにいくつも走っていた。
「……お前が、キリアムか」
改めて、俺は確認するように聞いていた。
人型となったキリアムは、マグマに沈んでゆくことに抗おうともしていなかった。
「不完全な復活、しかもモンスターを操っていては、この程度が限界か」
俺の問いには答えず、まるで独り言のように呟くキリアム。
その言葉に嘘は無いのだろう。
……逆に言えば、完全に復活して、そして正当な持ち主が使うことになったとしたら、この魔剣はどれほど強大な――凶悪な力を発揮するというのか。
するとキリアムは、まるで、そこに見えない誰かが居るかのように語りかけた。
「仰せのままに。ここは一旦、退却させていただきます」
「っ⁉ ま、待てっ!」
俺は思わず叫びながら、魔剣キリアムに近づこうとした……だがふたたび激しい衝撃波が襲ってきて近づけない。
その隙に、キリアムはマグマの底へと沈んで行ってしまった。
「いったい、アイツは誰と会話をしていたっていうんだ……」
『仰せのままに』――
キリアムはそう言った。まるで、誰かに命令をされているようなことを言っていたのだ。
いったい、誰に……。
……そんなこと、判っている。
魔王ゼグドゥだ。
間違いない。
ふたたび魔王ゼグドゥが復活しようとしている……いや、キリアムの口ぶりからしたら、もう既に復活をしている可能性も……。
「ジード!」「ジードくん!」
セラムとエレナが名前を呼んできた。特にセラムが、らしくないほど声を荒らげている。
「このままだとマグマに吞み込まれる。今の戦闘がマグマを活性化させた。急いで脱出する必要がある」
早口でまくし立てるように言うセラム。
改めて周囲を確認すると、確かにマグマが縦横無尽に流れを歪ませていて、尋常ではないことがすぐにも判った。前後不覚どころか上下も不覚に陥りそうだった。
「判った、今すぐ脱出だ!」
言うが早いか、俺は霊装セラムで最小限の《氷》だけを周囲に纏うと、霊装エレナの《風》に乗ってマグマの中を貫くように突き進んだ。
やがて海底を貫いて深海に飛び出してからも、勢いを落とすことなく《風》で突き進んでいく。
海底火山がいくつも噴火をしていた。
マグマや岩石を避けながら、海中のモンスターたちを《風》で切り裂きながら、ひたすらに地上を目指す。
……頑張ってくれ、エレナ。
エレナを心の中で労い応援する。とにかく今は、エレナに頑張ってほしかった。
きっとエレナも、察しているだろうから。
実を言うと、違和感があった。
セラムの体調が、あまり良くないように感じるのだ。
以前、魔王の気配を探るときにエレナが倒れたみたいに、セラムもどこか体調を崩しているような。
だからこそ、エレナには頑張ってほしかったし、それに。早くセラムを楽にさせてあげたかった。
光が差していた。
海の中を、青く輝かせている。
いつの間にか夜が明けていたらしい。見上げれば、そこには光のカーテンのようにきらめく、海面があった。
俺たちは勢いを落とすことなく海面を突き破って、空高く飛び上がった。
眼下に広がる、ゼガ島。
その全容を眺めても、異変は特に見られなかった。地上までは、マグマは迫って来ていないようだった。
それでも安心はできない。
俺たちは警戒を怠らず、周囲に《風》のトラップを発現させながら、ゼガ島の崖の上に降りた。
エレナと、そしてセラムも人型に戻って、着地する。
数時間ぶりの、地上の空気。
俺は思わず、大きく何度も深呼吸をしていた。
空気が美味しい。
それよりも、少しでもいいから気分を落ち着けたかった。
「ふたりとも、お疲れさま……」
そう声を掛けて労おうと視線を向けた、そのとき――
ふいにセラムが倒れた。
「セラムっ⁉」
俺はすぐにセラムを抱え上げる。
セラムの魔力が尽きてしまったのか? ここまでずっと霊装と繋がっていたけれど、俺の魔力がちゃんと供給できていなかったのかもしれない。
そう思って、すぐにも魔力を供給できる体勢にする――
「…………ぁ」
声にならない声が漏れた。
目の前にある光景に、理解が追い付かない。
ただ一つ判ること――
セラムは魔力が尽きたわけじゃなかったのだ。
俺が抱きかかえた、セラムの顔。
そこに、どす黒いヒビが走っていた。
その直後、ふいにセラムの身体が光に包まれた。そして、霊装の姿になっていた。
ゾワリと寒気が走る。
まさか、人型を維持できないほど魔力が弱まっていたのか。
俺は霊装セラムを労わるように、優しく抱え込んだ。
「…………ぁ」
そこで、俺はようやく気付いた。
霊装セラムの刀身が、欠けていた。
次話の投稿は、本日の19時を予定しています




