マグマの中の戦闘
新章21話です
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「危ない!」
エレナの叫び声、と同時に、《氷》の舟が大きく揺れた。
と言うより、落ちた。
どうやら、ふいにマグマ内の広大な空洞に入り込んでしまったらしい。その空洞の天井から下まで落下してしまったのだ。
ただ、エレナが咄嗟に《風》を巻き起こしてクッションにしてくれたおかげで、ダメージは無い。
……今のところは、と言うべきかな。
俺は思わず、心の中で皮肉を呟いた。
マグマの中にある巨大な空洞。これが自然現象で発生したわけじゃないことくらい、すぐに判る。
ここは、マグマが蒸発しているんだ。
そんな異様な力のせいで、ここには広大な空間ができてしまっているということ。
何より、いま俺たちの目の前には、その原因であろうモノが居るんだから。
フレイムリオンの群れが現れた――
でもそれだけじゃない――
そのうちの一体が、一振りの漆黒の剣をくわえていた。
マグマの中で熔けもせず、フレイムリオンの炎を浴びても変形すらしていない。
赤い溶岩、青白いモンスターの炎に囲まれているにもかかわらず、一切の光を帯びることなく、深い闇のような漆黒を湛えている――
「……魔剣、キリアム」
俺がその名を口にすると――
「殺せ」
どこからともなく聞こえてきた、男のような低い声。
まるでそれを合図にするかのように、フレイムリオンの群れが襲い掛かってきた――1体を除いての同時攻撃だ。
単体でも溶岩を蒸発させるくらいの力を持つフレイムリオン。そんなヤツらが束になって襲い掛かってくる。
……いや、正確に言えば、束になんてなってない。みんなバラバラ……包囲するように攻めてきやがる。
せっかく空洞になって相手が目に見えているのに、目では追えない広範な攻撃。
こんなこと、いまさら言うまでもないが――
「お前がモンスターを指揮していたんだな!」
俺は魔剣キリアムに向かって叫んだ。
だが反応は無い。
魔剣キリアムは――それをくわえたフレイムリオンは、遠目から俺たちの戦闘を見つめている。
「話し合いをする気なんて、無いか」
もっとも、話し合ったところで、多くの犠牲者を出していることを許すつもりは無かったけれど。
……仕方ない。まずは目の前の敵を倒してしまおう。
ただ、俺は《氷》の舟の中に居るから、迂闊に攻撃はできない。
この《風》の膜と《氷》の箱から少しでも外に出れば、俺の身体は焼かれてしまう。何せ、ここはマグマを蒸発させているほどの超灼熱空間なのだから。
さっきみたいに、フレイムリオン単体を踏み潰すくらいの一瞬の接触は気楽にできるけれど、こんな空間に飛び込むのは避けたかった。
それで俺が死ぬことは無いけれど、いくらかのダメージは避けられない。後にダメージを引きずってしまうわけにはいかないのだ。
ならどうするか?
答えは簡単だ。
《氷》の舟から出られないのなら、《氷》の舟で攻撃してしまえばいい。
「行くぞセラム!」
「よーそろー」
ちょっとノリノリになっているセラムと共に、俺たちは《氷》の舟で突っ込んでいった。
ただ突っ込むだけじゃない、周囲に纏った《氷》の力を、より強力なものに変えている。
フレイムリオンの群れは怖気づくことなく攻撃を仕掛けてきた。だが周囲の《氷》に触れた瞬間、次々と氷漬けになっていった。
マグマに照らされて赤や黄色に輝く《氷》は、まるで琥珀のようにすら見えた。
《氷》の中に閉じ込められたモノは、その瞬間、時間を止めたように静止する。
そして、その活動すらも終止する。
フレイムリオンの群れは、《氷》と共に砕け散った。
マグマの中に降る粉雪となって、消えてゆく。
俺は、最後の1体と対峙するために向き直った――
「……ちっ」
そこにあった想定外の光景に、思わず舌打ちしていた。
フレイムリオンの群れが、ふたたび現れた。
魔剣キリアムを護るかのように、壁となって立ちはだかっていた。
しかも、見るからにさっきのヤツらよりも巨体で、炎も力強かった。
「時間稼ぎのつもりか?」
そうやって逃げるつもりか……とも考えたけれど、そのそぶりは無い。
むしろ、こちらを注視して、観察しているように思える。
……何か、これも作戦なのか? 罠があるのか?
だとしても、考えあぐねている時間がもったいない。
俺たちは再び《氷》の舟を進ませた。すると、フレイムリオンもさっきと同様に、俺たちに向かって突っ込んできた。
……何がしたいんだ?
案の定と言うか、フレイムリオンの群れは、今度も次々と《氷》の中に閉じ込められていった。
そして、すぐに《氷》が砕け散る。
ふたたびマグマの中に粉雪が降り――
「……なっ⁉」
――フレイムリオンの群れが、無傷でそこに居た。
ヤツらは、《氷》ごと砕け散ってはいなかった。
セラムの《氷》だけが、ヤツらに砕かれてしまっていただけだったんだ。
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