マグマダイブ
新章20話です
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ゼガ島は、カルデラ構造になっている。
いわば島全体が、巨大な火口のようになっているような構造だ。
歴史上、噴火の記録が無い死火山ではあるらしいけれど、マグマは地下で生きている。
ここから数百mほど掘れば、灼熱のマグマが澱んでいるのだ。
そして、その中に、得体の知れない気配が潜んでいる。
俺たちは、カルデラの内部に降り立ちながら、詳細に足下の気配を探っていく。
「やっぱり、上手く探知できないな」
地下を探るだけなら、あまり問題は無いのだけど、マグマの中を探ろうとすると、途端に《風》の探知魔法が遮られる。
「うぅ、ごめんねジードくん。私の力不足で……」
エレナが、見るからにシュンと落ち込んでしまっていた。
「そんなことないって――」
それは本心だ。エレナの力不足なんてことはない。
「地中の探索ができる《風》魔法ってだけでも、本来ならあり得ないレベルなのに、ここまで詳細にできるのはエレナだからこそだ。それでどれだけ助かってるか」
「ジードくん……。でも、このマグマの中だけは、本当に探索が難しいんだよ」
「ああ。ここには、何か意図的な妨害があるようにしか思えない。マグマに魔法耐性の高い物質が紛れ込んでいるのか……。あるいは、エレナの《風》魔法を押し返している力があるのか」
……後者だとしたら、それは、精霊の力に匹敵する存在がいるということだ。
行動は大胆に、だけど内心は慎重に。
俺たちは、マグマダイブの準備を進めてゆく。
と、そこにネイピアの《風》が届いた――通信魔法だ。
「ちょっと! 自称まお――ジード!」
第一声で聞こえてきたのは、ルーエルの怒声だった。
「おお。そっちも無事だったみたいだな」
「無事だったみたいだな、じゃないわよ! あんたが私たちを撃ち込んだだけで、帝都の北側にいたモンスターの主力部隊は壊滅! 私たちがやったことと言えば、ちょっと強いくらいのモンスターの残党狩りだけ! ……これって、私たちを氷漬けにする意味はあったのかしらねぇ?」
「なるほど。一理ある――」
中に人が居なくても、巨大な《氷》の塊を複数ぶち込めば、確かに有効な超遠距離攻撃になってるな。
「いや、まぁ、戦力不足の帝国軍たちを、この島から脱出させたってことで」
「戦力不足って……。まぁ、あんたが相手じゃ否定はできないけど」
ルーエルは、まだ納得しかねる感じでぐちぐち言っていた。
「とりあえず、お互いに無事で良かったよ。お疲れさま……って言うのはまだ早いか。しばらくそのまま帝都の護衛を続けててくれ」
俺が軽く労うと、
「言われなくても判ってるわよ」
「そちらもお気を付けて」
と、双子が揃って挨拶を返してきた。
続けて、今度はネイピアの声が届く。
「こちらは私たちで何とかするわ。逆に、ゼガ島のことでこちらが何かすることは無いかしら? 戦うこと以外でね」
「そうだな……。それなら、またゼガ島について調べ物をしておいてほしい。特にガルビデが絡んだところに、何かめぼしい情報もあるかもしれないし」
「判ったわ。調べ物も家宅侵入も得意だから、任せなさい」
「……お、おう」
冗談めかした言いぶりだったけれど、ネイピアが言うと冗談に聞こえない。
ともあれ、気張らずに話せているということは、帝都の方も危機は乗り越えたということだ。
とりあえず、下手に心配することなく、こちらはこちらで自分たちの仕事に集中しよう。
ネイピアとの通信魔法を切って、改めて、マグマへの入口になる場所を探る。
火口から地下500mほどの位置に最初のマグマ溜まりがあり、そのさらに深くに、もっと広範囲に広がったマグマの流れのようなものが感じられる。
地下にある妙な気配は、動いていた。
深く、深くへ、まるで俺たちから逃げるように。
このまま広範囲に広がるマグマの流れに入ってしまったら、どこに行くのかも判らない。
考えている時間すら惜しい。
「行こう! エレナ、セラム」
「うん!」「任せて」
それぞれ決意のこもった返事と同時に、さっそく霊装を発現する。
作戦は単純だ。最も早くマグマに辿り着ける位置から、一気に大地を掘り進んで行ってマグマに突っ込む。
その位置とは――
「目指すは海底! そのまま海底を掘削して、地下のマグマに突っ込むぞ!」
言うと同時に、俺の意図を察していた霊装エレナが《風》を纏わせ、俺の周りに空気の層を作り出した。
これはただの空気じゃない、霊装によって圧縮された空気だ。これでまったく空気が無い所に行っても、丸一日は普通に呼吸が可能になる。
合わせて、俺は海に向かって霊装セラムの突きを繰り出した。途端、海の一点だけが凍りつき、海中に長大な氷柱を作り出した。
ピシピシ……パシャァン!
少し心地良い音を立てながら、氷柱の内部だけが砕け散り空洞になった。
そこに出来たのは、長大な《氷》のチューブ。
海底まで一直線に続く、《氷》の通路が完成した。
俺は霊装エレナと霊装セラムを構えながら、《風》に乗ってゼガ島を飛び立ち、《氷》の通路に飛び込んだ。
運悪く氷漬けにされた魚たちを横目に、自然落下よりも早く《氷》の通路を落ちていく。
途中、巨大な魚や海中モンスターたちが通路に体当たりをしてきたり噛みついてきたりしたが、霊装セラムの《氷》はびくともしない。それどころか、これを壊そうとしてくるモンスターたちをことごとく氷漬けにして、砕いていった。
どれほど落ちたのか――すでに周囲には陽の光も届かない。
所々、一瞬だけ赤く光って見えるものは、海底火山のマグマのようだ。マグマは、海水に触れるとすぐに温度が下げられ、岩のようになっていく。
俺たちは、さらに深い海溝の奥深くまで下りていく。
「もうすぐ海底だよ、このままだと10秒後だね」
《風》の流れから地形を読んだエレナが、的確に教えてくれた。
俺はすかさず霊装エレナを構え直す。この勢いのまま、海底の岩盤を貫いてやる。
「3……2……1……」
「せぇぃっ!」
エレナのカウントダウンに合わせて、俺は霊装エレナの《風》の突きを繰り出した。
海底が一気に抉られる、その先――数十メートルの場所に、真っ赤になってドロドロに熔けたマグマが見えた。
海底に、まるで爆発でもしたかのような暴風が吹き荒れる。
ここまで俺たちを運んできた《氷》の通路が、根元からピシピシと砕けていき、そして崩壊していく。膨大な海水が通路内に流れ込んでくる。
巨大な《氷》の塊が俺たちにも襲い掛かってくる――そのすんでのところでセラムが魔法を解除し、魔力で造られていた《氷》は一瞬で消えた。
「マグマに突っ込むぞ! セラム!」
「ん。大忙し」
セラムがのんびりとした口調で言う。それがどこか嬉しそうに聞こえるのは、きっとセラムが俺と協力し合えることを喜んでいるからだ。もちろんそれは自惚れじゃなくて、彼女がいつも言ってくれていることなんだけど。
霊装セラムの《氷》が、まるで超局地的な吹雪のように、俺の辺りを取り囲んでいた。
そして、前もって俺の周りを包んでいたエレナの《風》の層をさらに外から包むように、セラムの《氷》が球体の箱となって、俺を包み込んでいた。
いわばこれは、マグマ探索のための『舟』だ。
その《氷》の舟が、マグマに接触する。
溶けない。熱くもない。息苦しくもない。
精霊の力のお陰で、俺は安全にマグマ内を探索できる。
……ただ、視界も無い。
マグマは、言うまでもなく岩や金属が熔けている物だ。そんな中に潜ったら、視界は当然ゼロになる。
何も見えない、赤い世界。頼りになるのは、ここでも《風》の探知魔法だ。
「……うん。例の気配、けっこう近いよ。これなら強く感じられる――」
エレナが霊装のまま探知を続ける。
そして、その探知の結果を、報告してきた。
「間違いない。……ここに居るのは、精霊だよ」
「そうか」
驚きはしない。
その答えは、予想はしていた。
だけどそれは、あくまで予想でしかなかった。
証拠なんて無かった――むしろそれを否定するための証拠の方があった。
666年前に、人間界と精霊界とを繋ぐ『扉』が、完全に閉ざされた――はずだった。
そこで既に、人間界から精霊は居なくなっていた――はずだった。
精霊は人間界では生き続けられない――はずだった。人間界の魔力は精霊にとっては足りなすぎるはずなのだから。
なのに、精霊が人間界に居る――エレナとセラム以外の精霊がこの先に居るという。
……それは、魔剣キリアムなのか?
魔剣というのは霊装のことで、それはキリアムという精霊のことだったのか?
魔王ゼグドゥが使用していたという魔剣。999年前の『魔法大戦』に敗れ、このゼガ島に封印されていたという、伝説の……。
思わず、俺の頭の中で様々な想像や憶測が駆け巡っていた。
だけど何も判らない。
確証は無いんだ。そんな状況で考え続けたってしょうがない。
俺は、霊装エレナの感知した情報を共有しながら、その気配の方へと進んで行く。
――異変は急に起こった。
次話の投稿は、本日19:30を予定しています。




