《風》と《氷》の槍となって、貫く
新章15話です
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大陸が終わり、海に出て、水平線の向こうには雲が広がっていた。
一面が白い雲に覆われている、その中に一ヶ所だけ、黒く広がる異質な雲があった……
いや違う。
それは黒煙だった。
水平線の向こうで黒煙が上がっている。何かが燃えている――あるいは爆発か?
あの位置は、間違いない……
「ゼガ島だ。急ぐぞ!」
言うが早いか、エレナの《風》が勢いを増す。
空気抵抗の衝撃も増し、俺の顔や腕にピシピシと裂傷が走り出した。
精霊の本気の《風》で飛べば、さすがの俺の身体も無事では済まない。だけど、ここで少しでも到着が遅れたら、ウーリルやルーエルたちこそただじゃ済まないかもしれないんだ。
そこで一つ、閃いた。
「セラム、力を貸してくれ」
「もちろん」
セラムは即答すると、霊装へと姿を変えた。
俺はすかさず霊装セラムを突き出して、《氷》の盾を作り出した。
盾と言うよりは、まるで槍のような形――とても鋭利な円錐状のランスのような形だ。
霊装セラムを先端とする、鋭利な円錐形の《氷》。その内部に俺の身体を隠すようにして、まさに《風》を貫くように飛んでゆく。
おかげで身体は傷つかなくなり、さらに速度を増しても問題なくなった。
もしかしたら、あの黒煙は、ただの帝国軍の焚火かもしれない。俺の早とちりかもしれない。そんな一縷の望みも抱いていた。
だけど、《風》の探知魔法は、事実を伝えてきた。
ゼガ島で、帝国軍がモンスターの群れに襲われている。
負傷者多数。
死者が出ていないのは不幸中の幸いだ。だが急がないと、結果はどうなるか判らない。
俺たちは、さらに速度を速めてゼガ島へ向かった。
ゼガ島がモンスターに襲われているのは確認済み。
帝国軍が劣勢なことも確認済み。
そして、どこが一番ピンチな状態なのかも確認済みだった。
つまり、狙うはそこだ。
ゴアアアアァァッ!
サーベリオンタイガーが咆哮を上げながら、巨大な牙を振り上げている。その先には、足や肩を負傷して動けなくなっている帝国軍の魔法士。諦めたように天を仰いでいる。
その視線の先に、きっと俺たちが見えただろう。
ズグンッ!
俺たちはゼガ島へ降り立った――と同時に《氷》のランスをサーベリオンタイガーの頭にぶち込んだ。
強固な牙も、背中に生えていた翼のような刃も、粉々に砕く一撃。
「次っ!」
俺たちは立ち止まることなく、次の獲物に狙いを定める。
二人の女性魔法士に向かって、いっそうの巨体を誇るサーベリオンタイガーが上空から急降下しようとしていた。
「くっ! やるんならあたしを先にやりなさいよ!」
聞いたことのある声が聞こえてくる。
「ル、ルーエルだけでも逃げてください!」
もう一つ、聞いたことのある声。そして知っている名前。
「バカ言わないでよ! ウーリルの居ない人生なんて、あたしは絶対に嫌よ」
「そ、そんなこと、私だって……」
そんな言葉を平然と言い合える、二人の仲は本当に深いんだな。
……でも。
「二人とも、ちょっと諦めが早すぎるんじゃないか?」
「「えっ?」」
俺の声に、双子は同時に声を上げながら、同時に振り向いてきた。
そして、同時に安堵した表情を見せていた。
俺は双子に頷きを返して双子の前に躍り出ると、すぐに上へと視線を向ける。急降下するサーベリオンタイガーがすぐそこまで迫ってきていた……だが、遅い。
霊装エレナを一閃する。その一振りが無数の《風》の刃を発生させ、サーベリオンタイガーに襲い掛かり、微塵に切り刻んだ。
それでも《風》の勢いは衰えないまま、上空を飛び回っていた他のモンスターたちも一斉に切り刻んでいった。
この程度のモンスターの群れは、俺たちの敵じゃない。
空のモンスターを一掃すると、すぐさま地上のモンスターに標的を移した。
するとヤツらは一目散に逃げだして、どこへともなく隠れてしまった。
それほど広くないゼガ島。モンスターが潜む場所なんてほとんど無いのに。
そもそも、こんな辺境の島に、あれほど大量のモンスターが出てくることも妙だと感じた。
それこそ、まるで集合と解散の号令が掛けられているかのよう。
……やっぱり、裏があるんだろうな。
もはや、そうとしか考えられなかった。
帝国軍の魔法士たちは、負傷者こそ多かったものの、死者も行方不明者も出さなかった。
正直、危ういところはあったけれど、間に合って良かった。
そう安堵をしていると、辺りに賑やかな声が響いた。
「あ、あんた、いったい何をしにここに来たのよ? ここは今、皇帝陛下の命によって、帝国軍以外は立入禁止なのよ? これがバレたら、皇帝陛下の命令に反したってことで、下手すると国家反逆罪にされちゃうかもしれないのに」
矢継ぎ早にルーエルが言ってきた。その口調はいつものように刺々しいけれど、その表情は眉尻を下げていて、心配しているようにも見えた。
「いや、そう心配してくれなくても大丈夫だ」
「し、心配なんてしてないわよっ。あんたなんて、国家反逆罪でも何でもなっちゃえばいいのよ」
ルーエルは怒ってツイッと顔を逸らしていた。
いったい何が言いたいのやら。
俺は思わず苦笑しながら、
「俺は国家反逆罪にはならないよ――」
改めて、そう堂々と宣言する。
「ジード・ハスティは、今回のゼガ島における調査について、皇帝直々に最高指揮権を与えられた。よって、以後みんなには、俺の指揮・命令通りに動いてもらうことになる。……ということだ。改めてよろしくな」
そう挨拶をして、帝国軍のみんなに笑い掛けた。
次話の投稿は、本日21時を予定しています。




