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666年後の人間界最強は

第10話です。


「くっ……殺せ。辱めを受けるくらいなら、いっそ殺しなさい……」

 ルーエルは、半泣きで顔を真っ赤に染めながら言ってきた。

 その隣でウーリルは、焦点の合わない目を中空に向けて、静かに涙を流し続けている。


 ……うーん。ちょっとやりすぎちゃったか。

 想定以上に、圧倒的すぎる力を見せつけることになってたしなぁ。


 特に、エレナとセラム。

 ふたりが感情的になったときに発動する『魔眼』は、それだけで強力な精霊魔法を発動する。

 さっきみたいに、ミスリルなんて紙みたいに簡単に壊せてしまうほどだ。


 いずれにせよ、ちょっとやりすぎちゃったものだから、今さら「さっきのは全部芝居だ。俺は魔王じゃない」なんて言っても、信じてもらえないだろう。

 とにかく、今は話を早く進めちゃって、それから種明かしするようにすればいいや。

 そう割り切って、俺は『魔王』になりきって話を進める。


「ふん。俺たちは別に、人間と戦争をしようというわけじゃない。先ほどの圧倒的な力を見ただろう? あんたたちも人間界では実力者のようだが、俺たちの足元にも及ばない。もはや人間には、俺たちに敵う者などいないのだ」


 それを聞いて、ルーエルもウーリルも怯えてしまい、哀しそうに悔しそうに、顔を俯かせてしまった。

 ……うーん。こう言ったら、今の人間界で一番強い魔法士の名前が出てくるかと思ったんだけどなぁ。


「…………それでも」

 ふと、ウーリルが震える声を絞り出してきた。

 俺はちょっと期待しながらウーリルを見やった。

「それでもネイピア様なら、きっとあなたを再び封印してみせます!」


 狙い通りの返答が来て、俺は思わず口角を緩める。

「……ほう。ネイピアとやらは、俺に立ち向かうことができると?」

「そ、そうですっ!」

 ウーリルは俺を見上げるように、鋭い視線を向けてきた。

 これまでずっと泣きそうだったウーリルだが、今は意志の強さが表れていた。

 ルーエルが「や、やめなよ。殺されちゃう」と震えているが、ウーリルは構わず続けた。


「ネイピア様は、現皇帝:ルートボルフ様の嫡女であり、この世界に二人しか居ない『超ミスリル級』の魔法士なんです!」

「ほぅ」

 正直、『ミスリル級』の強さがアレだったわけだから、『超』が付いても期待できない。

 と思いつつも、話の続きを聞いた。


「ネイピア様は、今期の聖霊大祭を制覇した最強の魔法士です! 今この世界を生きる全ての魔法士の、頂点にある人なんです!」

「聖霊大祭? 聞いたこともないなぁ。サル山の大将でも決めているのか?」

 さっきも話に出ていたヤツだ。666年前には無かった『伝統』の大会らしいが。


「一年に一度、春の《恵陽節》に、最強の魔法士を決定する決闘大会です! その覇者が次期皇帝候補となって、一〇年に一度の皇帝決定戦でも勝ち抜いた魔法士が、皇帝となるんです」


『恵陽節』……ということは、今季の開催は3ヶ月前だったことになる。

 ……その1ヶ月後に、精霊召喚未遂事件が起こっている。

 それは果たして、無関係だろうか?


 そんなことを考えながら、ウーリルの説明に耳を向ける。

「その大会によって『人間の代表』となる魔法士を選出し、そしていずれ訪れる決戦の日に、一丸となって『魔族の代表』に立ち向かうんです! かつて賢帝マクガシェル様が人間の代表として魔王を封印した、そのときの儀式を今に伝え、そしてやがて魔王との再戦があるときにも勝てるようにと、人間は準備をしてきたんですよ!」

 ウーリルは得意げに、そして挑戦的に言い放ってきた。


 人間の代表と、魔族の代表……。

 その言葉を聞いて、思い浮かぶモノがあった。


《根源誓約》だ。


 人間の代表と精霊の代表とが結んだ、二つの存在を縛り付けている約束。

 精霊たちを苦しめている、諸悪の根源。

 その約束を覆すには、再び、全ての権限を委譲された人間の代表と精霊の代表とが合意しなければならない。

 だから俺は、人間の代表になるために人間界に戻って来たんだ。

 正直、もしその選出方法が廃れてしまっていたらどうしようかと思っていたんだが……。

 人間代表の選出方法は、まだ形を変えながら残っていたんだ!


 俺は思わずエレナとセラムを振り返った。

 ふたりとも嬉しそうに、安堵したように頷いてきた。俺も頷きを返す。

 

 ……つまり。

 俺がその聖霊大祭に出場して、そして優勝して人間の代表になれば……

 根源誓約を破棄できる!


「ふふっ……あはははっ!」

 俺は思わず嬉しくなって、笑っていた。


 突然のことだったから、ルーエルとウーリルが怯えたように俺を見つめていた。だけどそんなことは気にしない。

 エレナが一緒に笑っている。

 セラムもほんの僅かだけ頬を緩めている――彼女なりの笑顔だ。

 もう嬉しくてたまらない。

 案外、俺たちの目的はすぐに達成できそうだ。


 俺は思わず声を弾ませながら、ルーエルとウーリルに聞いた。

「今の人間代表は、そのネイピアとやらでいいのだな? ネイピアはどこに居る? 俺たちは、人間の代表と話がしたい」


 現皇帝の嫡女であり、聖霊大祭とやらの覇者にして人間代表であるネイピア。

 彼女と話したところで、上手く進むかは解らない。

 もしかしたら戦うことになるかもしれないが……。

 相手の出方次第では、こちらの正体を明かして友好的に話ができる可能性だってある。できることなら穏便な方がいいんだ。

 それに、少なくとも、人間界の上層部に居るネイピアに話を聞くことができれば、この時代の情報を順調に集めることができる。


 ……あるいは。

 そのネイピアこそが、今回の精霊召喚未遂の犯人かもしれないんだ。


「話がしたい?」ウーリルは敵意を隠さずに、「そう言って油断をさせて、ネイピア様を殺すつもりですか?」

「いいや。言っただろう。俺は戦争をしに来たわけじゃない。俺は、人間の代表と話ができればそれでいい。もちろん、ネイピアとやらが俺を邪魔するようなら、あらゆる手段を使うことになるがな。……そしてあんたたちも、邪魔をしたらどうなるか、解るよな?」


 俺が脅しを聞かせて睨みつけると、ルーエルとウーリルは痙攣するように何度も頷いた。

 ただ、どういうわけか、二人の視線は俺じゃなくて、俺の背後に向けられてるんだけど。

 俺の背後……エレナとセラムが今どんな顔をしているのか、これまでの666年の経験から想像には難くない。……けど、想像したくはなかった。

 風がチクチク背中を刺してくるし、うっすら凍り始めてきてるし。

 ……つーか、ふたりとも。普通の人間に魔眼を当てるわけにはいかないからって、いつものノリで俺の背中に向けるのはどうかと思うぞ。

 さすがの俺でも、精霊魔法はちょっと痛い。


 そんな中、ウーリルが怯えながら、さっきの俺の質問に答えてきた。

「ネ、ネイピア様は、賢者学園の生徒会室にいらっしゃいます。あの方は、学園の新入生でありながら聖霊大祭の覇者となった、現役最強の……いいえ、歴代最強を誇る、賢者学園の生徒会長ですから」

「ほおぅ。それは面白い」

 俺は不敵に笑んで見せた。

 ウーリルは、力強く見返してくる。

「私もルーエルも、それに前回まで聖霊大祭を連覇していたコルニスでさえ、ネイピア様には指一本触れることもできずに敗北したんですよ! たとえ相手が魔王だとしても、ネイピア様は負けません! そこには、全人類の想いが委ねられているんですから!」


 ウーリルの叫びが地下施設に反響する。

 それは決して、ネイピアの権威や力に媚びを売っているようなものではなかった。

 ましてや、ネイピアの力に怯えているわけでもない。

 信頼。

 あるいは、憧れ。


 どうやらネイピアには、それなりの人望があるらしい。

 話が通じる相手だったら、いいんだけど……。


 ともあれ。

 これで俺たちの当面の目的が決まった。


 賢者学園に行って、ネイピアに会う。

 そして、人間代表の地位について話し合う。

 何とかして、人間代表の地位を手に入れたいんだが。

 どうか、そこで戦闘なんかにならないことを願うばかりだ。

次話の投稿は、本日19時30分を予定しています。

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