懲役666年に処す!
2022年2月19日、HJ NOVELS様より発売。WEB先行連載です。
本日より連載を開始し、1日3回の更新を予定しています。
プロローグ ~帝紀六四七年~
「被告人ジード・ハスティを、懲役666年に処す!
今後、666年間、この《人間界》から追放し、《精霊界》での労働を命ずる!」
ダインマギア帝国の最高裁判所が、判決を下した。
裁判長のバラゴス・キルスと、皇帝マクガシェル・マギアグラードが嘲笑しながら、被告人席に立たされている俺を壇上から見下ろしている。
3人だけの法廷。ミスリルで造られた壁や天井に覆われた、堅牢な密室での秘密裁判。
(異議あり!)
すかさず俺は判決に異議を唱えた――
しかし何も起こらなかった。
俺の声を無視するかのように、裁判長の話が続く。
「罪名、国家反逆罪! 被告人ジード・ハスティは、このダインマギア帝国を転覆させるべく、破壊活動を扇動し、実行したものである――」
(ふざけんな! 好き放題に言いやがって!)
破壊活動をやってるのは、お前たちの方だろうが!
俺は反論をした……だけどバラゴスたちの耳には届かない。
「――皇帝マクガシェル様が統べるこの人間界では、『精霊魔法文明』の栄華により、誰もが健康で文化的な生活を送れるよう保障されている。人間の王:マクガシェル様と、精霊の王:イルミテとの間で締結した《根源誓約》に基づいて、人間は精霊に魔力を与え、そして精霊は人間に魔法を貸すという、美しい協力関係によって文明が発展してきたのである。これはまさに国家の礎。人間と精霊との友好の証。しかし、いみじくも被告人は、その協力関係を破壊しようとしたのである!」
……美しい協力関係だって?
(アレのどこか『協力』だ⁉ 何が『友好の証』だ⁉)
『奴隷』と呼んだって生ぬるい……。
『使い捨てアイテム』と呼んだ方が相応しい、一方的な酷使じゃないか!
精霊王イルミテを卑劣な罠に嵌めて騙して。
精霊たちが人間の命令に逆らえなくなるように、《根源誓約》を結んで。
精霊の意思なんて無視して、まるで誘拐するかのように人間界に召喚して。
ほんの僅かの魔力を与えるだけで、強力な精霊魔法を乱用できるようにして。
そして、精霊の魔力が尽きるまで酷使して、殺している。
そしてまた新しい精霊を召喚して……同じことを繰り返す。
それが、あんたたちの言う『精霊魔法文明の栄華』の本当の顔だ!
(俺は、それを止めたかったんだ。……俺はただ、本当の意味で、人間と精霊が協力できないのかって、そう思ってるだけなんだ)
だから俺は皇帝に直訴した。
根源誓約を破棄すべきだと。
精霊たちが人並みに生きていけるようにすべきだと。
お互いに力を利用し合ったり補い合ったりできる、対等な協力関係を築くべきだと。
その結果、きっと人間と精霊は、より良い関係になれるはずだから、と……
……その結果が、コレだ。
精霊魔法文明を破壊しようとした反逆者として逮捕され、懲役666年をくらった。
一方的に、俺の声なんて封殺したまま、不当な判決を突き付けてきたんだ。
「ふんっ。何か言いたげなようだが、無駄な抵抗はやめるのだな――」
裁判長バラゴスが、嘲笑うように言ってきた。
「お前には、皇帝マクガシェル様によって『風の牢獄』が掛けられている。今のお前は、《風》魔法によって造り出された圧縮空気の壁に囲まれ、身動きひとつ取れず、そして声を届けることもできないのだ。なにせ、帝国史上ナンバー2と謳われるこの私でさえ、マクガシェル様の通信魔法が無ければ、この声を届けることができないのであるからな!」
そんなことを、まるで自分の力であるかのように誇らしげに言ってくるバラゴス。
確かに、今の俺は身動き一つ取れないし、声を出すこともできない。辛うじて、目を動かしたり、呼吸ができる程度しか動けない。
『風の牢獄』――圧縮された空気が壁となり、あらゆる音を遮断して、そして俺の身体を強烈な空気圧で押さえ込んでいる。まさに《風》の檻に捕えられてしまっている。
そんな状態で、俺の訴えが届くわけがなかった。
それでも、俺は抵抗を止めない。その意志だけは、絶対に失わない――奪わせない。
俺は必死に足掻こうとした……だが俺の身体はピクリとも動かなかった。
バラゴスが、さらに見下したように笑みを歪める。
「無駄である! その魔法は、他でもない皇帝マクガシェル様の手によるものであるのだからな。世界で唯一、一撃でミスリルを破壊できる『ミスリル級』魔法士であり、そして世界で唯一、精霊の声が聞こえ、精霊魔法を扱うことができる偉大な魔法士マクガシェル様! かの偉大な力を打ち破るには、帝国軍の上級魔法士が二〇人以上で一斉に立ち向かうか、あるいは、精霊を召喚して精霊魔法を放たなければならないのである――」
そんなバラゴスの言葉に、マクガシェルが愉悦を帯びたような笑みを浮かべていた。
バラゴスの舌がさらに滑らかになる。
「――そもそも、お前なぞでは、どうあがいても無駄なのである。何せお前は、魔力の量だけはそこそこあるくせに、精霊魔法はもちろん、一般庶民が日常的に使っている通常魔法ですら使えない、落ちこぼれなのであるからな! ふははははっ!」
ミスリル製の法廷に、バラゴスの笑い声が響き渡った。
……そう。
俺は、魔法が使えない。
通常魔法も精霊魔法も、使えないんだ。
そもそも魔法とは、魔力を使って自然界に干渉して、超自然的現象を起こす術だ。
魔法を使うためには、自然界のあらゆる存在が持つ『魔力回路』という魔力の流れに干渉する必要がある。干渉したい対象に『魔法陣』を描くことで回路に穴を開けて、自分の回路と繋げるのだ。
そうやって、自分の魔力を別の魔力回路に流し込むことで、魔法は発動する。今も、俺の胸の部分にはマクガシェルの魔法陣が光り輝いていて、『風の牢獄』が発動している。
だけど、俺は、そもそも魔法陣が作れない。
いつも一瞬で魔法陣が破裂したみたいに消えてしまって、何も起こらないんだ。
だから、通常魔法が使えない。
一方、精霊を召喚して使役する精霊魔法については……。
そもそも精霊を召喚するには、精霊の声を聞いて、個別に『契約』を交わす必要がある。
ただ、その『精霊の声』を聞くことができるのは、現状ではマクガシェルだけだった。
しかも、俺は……。
精霊の声を聞くどころか、召喚の儀式を始めることすらできなかった。
儀式を始めようとした途端……というか儀式を始める前から、まるで《風》魔法の音波攻撃を喰らったみたいな騒音が鳴り響いて、苦痛に耐えきれず気絶してしまった。
みんなが儀式を進めて「何も聞こえない」と言っている中で、俺だけは、儀式を始めることすらできなかった。
何度やっても同じ。スタートラインにすら立てなかったんだ。
ふと、マクガシェルが口の端を歪ませながら言ってきた。
「精霊の声を聞くことができぬ貴様が、精霊の声を聞くことのできる儂に対して、『精霊の苦しみの声を聞け』などと訴えてくるとは、片腹痛い! 都合の良い幻聴に囚われた、哀れな男よ。くっはっはっはっはっはっはっ!」
マクガシェルの笑いに、バラゴスも一緒になって笑い出す。
……そうだよ。確かに俺は、精霊の声が聞こえないよ。
だけど、俺は声が聞こえない分、しっかり調査してきたんだ。
魔法は使えない……精霊の声も聞こえない……
だからその分、研究を頑張ってきたんだ。
魔法理論の研究だけは、誰にも負けない。
……そりゃあ、魔法が使えない奴の魔法理論なんて怪しすぎて、見向きもされなかったけど。
……だけど、その研究があったからこそ、俺は、皇帝たちが裏で何をしているのか気付くことができたんだ。
精霊の苦しみに気付くことができたんだ。
だから俺は、訴え続ける。
声を封じられたとしても、叫び続けてやる。
(たとえ、精霊の声を聞くことができなくても……それでも俺は、精霊の気持ちを理解できる人間でいたいんだ!)
「ありがとう、ジードくん!」
突然、声が聞こえた。
次回は、本日19時30分を予定しています。