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繋身  作者: 紫子
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 失望がようやく感覚にのぼり、胸の内に満ちはじめたころ、突然、玉の内に小さな灯が点った。

「まさか……」

 大若子命が、感嘆した声を出した。

「玉の色が、変わった……」

 みるみる、燦然とした光を放ち始めた玉は、五色に転じた後、薄紅に染め上げられた。

『――ああ、この色、この色こそが……』

 するりと、何かが身の内からまろび出る。

『あたくしが、十五の時……』

 目の前の景色が、異様に歪み始めた。古志加は最初、それは、あまりにまばゆい玉の光のせいだと考えたが、遥か彼方となった故郷の海が見えた時、これは記憶なのだと気が付いた。

『出雲の侵攻を受けたわが国は、薄紅の玉と姫を差し出すことで難を逃れたの。普通、玉は緑色をしているもの。それは、大変珍しい秘宝でした』

(ああ……これは、父上の棺の玉と同じ輝きだ)

 豊かな髪を背に垂らし、薄紅の玉の光を胸に灯した乙女は、ため息が出るほど美しかった。彼女は土を愛し、風を愛し、光の中で生きていた。

『出雲の王は、それと引き換えに、姫の兄である首領を生かし、属国としての統治を約束すると言った。それなのに、約束は破られたわ』

 まるで他人事のように語るの乙女を、古志加は憐れだと思った。

『――それは、姫が悲しみのあまりに泣き続け、玉の色が転じてしまったからかもしれなかったけれど……玉は、色を変えてしまった。そのものの色を、失ってしまった』

 海風まで肌に触れて感じられて、古志加は涙ぐんだ。

『王は、姫の兄を殺し、玉を姫から取り上げた』

 目の前が、炎に閉ざされる。古志加は、乙女の物語る声に急き立てられるようにして、兄の姿を求めてさまよった。

 ――兄上、兄上……

『王の妻となっていた姫は、しばらく後に、兄のことを聞き及んだ。その時すでに、彼女は王の娘を産んでいたけれど、何もかも顧みずに、出雲の宮を飛び出したわ。――自らの片割れであったあの玉さえも、捨て置いて……』

 怒りに打ち震える乙女は、岩に当たって砕け散る、白波のような激情を内に秘めていた。

『それなのに、目にしたのは、出雲に搾取されて荒れ果てた土地だった……』

 乙女の愛した国は、悲しみに閉ざされていた。古志加の心も、また同様に荒廃していた。――同じだったのだ、と思った。この乙女と、自分は、同じ闇をさまよっていたのだ。

『姫は兄を失い、国を失い、どうすることもできずに身を投げた』

 淵をのぞき込む乙女の背に、古志加は手を伸ばした。

『深く、清らかな泉の中に……』

 幻影はかき消え、掌は虚空を掴んだ。

『あなたは、似ているわ』

 再び、耳元で声が響く。

『あなたは、海に落ちたあの小さな女の子は、ヤマトの大王を「わが君」と恋い慕いながらも、その影となって死にゆくことに、怒りを感じていたのでしょう』

 ――そんなことは……

(いや、そうだったのかもしれない)

 「かせのきみ」も古志加も、自らの身体を縛り付ける存在に……どうしようもなく、恋焦がれていたのだった。

『気づいていなかっただけ。あまりに小さかったから。それでも、あたくしの差し伸べた手を取ったのよ』

(そうだ……あれは、生きたいという思い)

『だから、あなたを依り代に決めたの』

 辺り一帯、群青だった。

『あなたに、身体を与えたわ。――かつて、あたくしの国だった高志の、海に落ちた女の子』

 身体に重くまとわりつく海の中で、いつか見た、五色の重なりが浮かび上がった。伸びたり縮んだりを繰り返しながら、広がっていく。古志加は、必死で手を伸ばした。どうしても、その光をつかみ取りたかった。

『あなたは、もう、気づいているのでしょう』

 光の尾をゆらゆらとたなびかせながら、女人は海面を見上げた

『無力を嘆いて、兄を慕い、兄を愛し、同化したいと願ったの――そうすることで、自分自身を愛したかったのよ。王に、なりたかった……』

 海の泡と消えた女人は、古志加に降り注ぎ、世界を洗い流していった。

 ふと気が付いたとき、手の中には、静かに光をたたえた玉が横たわっていた。

「――大若子命、これで証明されたはずです。わたくしが、玉の主なのだと……」

 かみしめるように言うと、古志加は立ち上がった。階に突っ伏したままの少女を、ゆっくりと見下ろす。

「あなたは、隠里へ帰りなさい。刀良らとともに」

(――王に。そう、王になりたかった)

 これで、ヤマトをこの手にしたと言えるだろうか。ヤマトに屈したのと、同じではないのか。様々な思いが渦巻いた。女王として玉座に就いたならば、その時は、全てを見とめることができるだろうか……。

(――わたくしはただ、わたくしとして生きたかった。自分自身の、王になりたかったのだ)

この先も、きっと続いて行くはず。

ひとまずこれまでに。

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