11
失望がようやく感覚にのぼり、胸の内に満ちはじめたころ、突然、玉の内に小さな灯が点った。
「まさか……」
大若子命が、感嘆した声を出した。
「玉の色が、変わった……」
みるみる、燦然とした光を放ち始めた玉は、五色に転じた後、薄紅に染め上げられた。
『――ああ、この色、この色こそが……』
するりと、何かが身の内からまろび出る。
『あたくしが、十五の時……』
目の前の景色が、異様に歪み始めた。古志加は最初、それは、あまりにまばゆい玉の光のせいだと考えたが、遥か彼方となった故郷の海が見えた時、これは記憶なのだと気が付いた。
『出雲の侵攻を受けたわが国は、薄紅の玉と姫を差し出すことで難を逃れたの。普通、玉は緑色をしているもの。それは、大変珍しい秘宝でした』
(ああ……これは、父上の棺の玉と同じ輝きだ)
豊かな髪を背に垂らし、薄紅の玉の光を胸に灯した乙女は、ため息が出るほど美しかった。彼女は土を愛し、風を愛し、光の中で生きていた。
『出雲の王は、それと引き換えに、姫の兄である首領を生かし、属国としての統治を約束すると言った。それなのに、約束は破られたわ』
まるで他人事のように語るの乙女を、古志加は憐れだと思った。
『――それは、姫が悲しみのあまりに泣き続け、玉の色が転じてしまったからかもしれなかったけれど……玉は、色を変えてしまった。そのものの色を、失ってしまった』
海風まで肌に触れて感じられて、古志加は涙ぐんだ。
『王は、姫の兄を殺し、玉を姫から取り上げた』
目の前が、炎に閉ざされる。古志加は、乙女の物語る声に急き立てられるようにして、兄の姿を求めてさまよった。
――兄上、兄上……
『王の妻となっていた姫は、しばらく後に、兄のことを聞き及んだ。その時すでに、彼女は王の娘を産んでいたけれど、何もかも顧みずに、出雲の宮を飛び出したわ。――自らの片割れであったあの玉さえも、捨て置いて……』
怒りに打ち震える乙女は、岩に当たって砕け散る、白波のような激情を内に秘めていた。
『それなのに、目にしたのは、出雲に搾取されて荒れ果てた土地だった……』
乙女の愛した国は、悲しみに閉ざされていた。古志加の心も、また同様に荒廃していた。――同じだったのだ、と思った。この乙女と、自分は、同じ闇をさまよっていたのだ。
『姫は兄を失い、国を失い、どうすることもできずに身を投げた』
淵をのぞき込む乙女の背に、古志加は手を伸ばした。
『深く、清らかな泉の中に……』
幻影はかき消え、掌は虚空を掴んだ。
『あなたは、似ているわ』
再び、耳元で声が響く。
『あなたは、海に落ちたあの小さな女の子は、ヤマトの大王を「わが君」と恋い慕いながらも、その影となって死にゆくことに、怒りを感じていたのでしょう』
――そんなことは……
(いや、そうだったのかもしれない)
「かせのきみ」も古志加も、自らの身体を縛り付ける存在に……どうしようもなく、恋焦がれていたのだった。
『気づいていなかっただけ。あまりに小さかったから。それでも、あたくしの差し伸べた手を取ったのよ』
(そうだ……あれは、生きたいという思い)
『だから、あなたを依り代に決めたの』
辺り一帯、群青だった。
『あなたに、身体を与えたわ。――かつて、あたくしの国だった高志の、海に落ちた女の子』
身体に重くまとわりつく海の中で、いつか見た、五色の重なりが浮かび上がった。伸びたり縮んだりを繰り返しながら、広がっていく。古志加は、必死で手を伸ばした。どうしても、その光をつかみ取りたかった。
『あなたは、もう、気づいているのでしょう』
光の尾をゆらゆらとたなびかせながら、女人は海面を見上げた
『無力を嘆いて、兄を慕い、兄を愛し、同化したいと願ったの――そうすることで、自分自身を愛したかったのよ。王に、なりたかった……』
海の泡と消えた女人は、古志加に降り注ぎ、世界を洗い流していった。
ふと気が付いたとき、手の中には、静かに光をたたえた玉が横たわっていた。
「――大若子命、これで証明されたはずです。わたくしが、玉の主なのだと……」
かみしめるように言うと、古志加は立ち上がった。階に突っ伏したままの少女を、ゆっくりと見下ろす。
「あなたは、隠里へ帰りなさい。刀良らとともに」
(――王に。そう、王になりたかった)
これで、ヤマトをこの手にしたと言えるだろうか。ヤマトに屈したのと、同じではないのか。様々な思いが渦巻いた。女王として玉座に就いたならば、その時は、全てを見とめることができるだろうか……。
(――わたくしはただ、わたくしとして生きたかった。自分自身の、王になりたかったのだ)
この先も、きっと続いて行くはず。
ひとまずこれまでに。




