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繋身  作者: 紫子
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10

 大路は、人馬に蹴散らされた土が白っぽく霧をかけるせいで、果てが見えない気がしていたが、近寄ってみると、たしかに大門がそびえていた。それは、見張り台を備えており、人が住めそうなほどの規模を誇っている。古志加らは、緊張と気後れの入り混じった面持ちで、『耳目』たちの後に続いた。

 門をくぐると、玉砂利を敷き詰めた広大な空間に出、きれいにならされた大路が、さらに奥まで尾を引いている。高い垣に囲われたいくつもの神殿や楼閣の間を、それぞれに辻が走る。まるで、もう一つの都がそこにあるかのようだった。

 警護の兵たちは、門や柱の陰に必ず控えており、怪しげな一行に目を光らせている。いくつ門をくぐったか、古志加はすでに覚えておらず、最後の門をくぐった時には、急に夜に突き落とされたような気がして、目をしばたたかせた。

 薄暗いと感じたのは、まるで世界の天井のような神殿のせいだった。しかし、点々と居並ぶかがり火が、柱と柱の間から覗く奥の鏡に反射し、まばゆいばかりの輝きを放っている。一行が立ち尽くす前庭は光に満ち、まるで、昼と夜の狭間に身を置いているかのような心持がした。

『――近い、玉が、近い』

 女人の感情が高ぶるにつれて、古志加の鼓動が高まった。あまりにも静かなので、どくどくという血の流れが、耳の中で脈打つのさえ感じられた。

左右楼閣の脇から神殿の前に至るまで、ずらりと整列した人々は、風景の一部のように思われる。彼らは一様に白衣に身を包み、手に手に槍を携える。しかし、物々しいのではなく、あくまでも厳かな空気がその場に漂っていた。

「刀良……!」

 どこからともなく、鈴を振るような少女の声が響き渡った。

 古志加の目は、階の上に走り出た巫女姫の姿を捉えた。紅の裳をひきずり、まとっていた薄絹を振りほどきながら、少女は肩で息をしていた。

「――なぜ、なぜ、みながここに」

「その者たちは」

 巫女姫の言葉を遮ったのは、精悍な顔立ちの若者だった。角髪を結い、太刀をはいた立ち姿は武人であり、その場のだれもを圧倒する気を放っている。

(――大若子命)

 古志加は、きりりと歯を食いしばった。その視線を受け止めて、彼はあくまで静かに言った。

「高志の者か」

「――ええ」

 大若子命は、面白がるように目を光らせた。

「書状の返事をわざわざ?」

「いいえ」

 古志加はきっぱりと言った。

「しかし、これからわたくしが申すことは、あるいはその返答となるかもしれません。――わたくしは、玉と巫女姫を取り戻しに来ました」

「よく分からないが」

「高志こそ、隠里が楯となり守った玉守の国。わたくしこそが、真の巫女姫、衣世である。その者は、『つなぎみ』に過ぎぬ」

「まさか……!」

 傍らに立つ少女の悲痛な叫びを聞いて、大若子命は、不敵な笑みを浮かべている。しばらく、にらみ合いが続いた。

 先に静寂を破ったのは、大若子命だった。

「そのようなことは初耳だ。そなた、もしや巫女姫を騙っているのではあるまいな」

「わたくしは、神の裁きをもいとわない」

 古志加は、大若子命を、そして少女を見据えた。

「その玉に、わたくしが輝きを点じられたら、わたくしこそが衣世であると証明できるか」

「そのような……」

 儚げな少女は、真っ青になってそう言った。

「あんまりだわ」

 その場にくたくたと崩れるとぽつりと涙を落とす。

「もうおやめください……」

 古志加の背にささやきかけた刀良を、一亀が制する。

「――全て台無しにするつもりか」

 状況を飲み込めず、混乱を極めた少女は、抜け殻のようになっていた。

「あたくしは、あたくしでしかないのに……その名が衣世ですらないと言われてしまったら、いったいどうすればよいの」

「そのようなことは知らぬ」

 古志加ははねつけた。

「そなたこそ、わたくしの名を騙るなど、身の程をわきまえよ」

「高志、か……そのようなことも、あるやもしれんな」

 少女たちのやり取りを黙って見守っていた大若子命は、組んでいた腕を解きながらそう言った。

「さて、どのように判断いたす」

「ここに、玉を。わたくしが持てば、光を放つはずです」

 狂おしいほどに、何かに魅かれる感覚がしていた。それは、古志加の中の女人が、それほどに玉と引き合い、古志加の身を離れてそれと一体化したがっているからかもしれなかった。

「――玉が、自ずから光を放つなど、そのようなはずはございません……あたくしは、玉の巫女姫です。あたくしが持ってもそうならなかったものを、あたくしを騙るこの者に、どうしてそのようなことができましょう」

「黙るがよい」

 焦りからか、なかなか口をつぐまない少女を、古志加は苦々しく思っていた。

「さあ、この手に」

(玉が……わたくしを呼んでいる)

 無遠慮に階を駆け上がると、嫌がる少女と多少もみ合いのようにして、ようやくその懐から、小さな緑色の玉をつかみ取った。

「――やめて!」

 しばらく無音の時が続いた。古志加は、額から流れ落ちる汗で、我を取り戻した。

(そんな……)

 玉には、何の変化も起きなかった。古志加はがっくりと膝をついた。

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