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結婚して、可愛い義弟ができたらしい

 午後になると聖王からお茶に招待された。

 場所が七宝の間と呼ばれる広間だと知るや、サラも意気揚々とついてきた。

 七宝の間は神殿の近くにあるらしい。


「ジャンティーレ様とお会いできるかもしれないっ!」


 サラは頰を薔薇色に輝かせていた。


 会場は美しい広間だった。

 飴色の木の床はツヤツヤに輝き、支柱が部屋の中に整然と並び、天井は七宝のタイルが隙間なく貼られ、絢爛に装飾されている。

 またそこかしこに花瓶が置かれ、花が飾られていた。甘い香りの香が焚かれ、まるで花畑の中にいるようだ。

 部屋の中央に置かれたテーブルには、薄いグリーンのクロスが掛けられ、銀の水差しやカトラリーが並べられている。

 私と聖王の為に二人分の席が用意され、それぞれ金ぶちの皿が前に置かれ、その上に乗せられた白いナプキンは貝殻の形に折られていて、可愛らしい。折り方を後で誰かに教えてもらおう。

 聖王はまだ来ていないらしく、先に座るわけにもいかないので、私は立って待つしかない。




 聖王がやって来ると、私は滲むような笑顔を浴びた。


「昨夜はよく寝れただろうか?」

「ええ、お陰様で」


 今夜も熟睡希望だ。


「普段あまり茶会などは好まないんだが、そなたとゆっくり話したかった」

「光栄ですわ、陛下」


 二人で席に着くと、ルイズィトは和やかに会話を始めた。

 聖都について、熱く語り始めている。

 サラはちらちらと窓の外を見ている。

 この棟の隣には、細い尖塔を持つ大きな建物があった。窓が全てステンドグラスで美しい。

 私とルイズィトが結婚式を行った場所だ。

 どうやらあの神殿に、ジャンティーレがいるのだろう。




 聖王の向かいに腰かける。

 椅子があまりにフカフカなので、ちょっとバランスを崩してよろけてしまった。

 咳払いをして何とか誤魔化し、テーブル上のケーキに手を伸ばす。

 色艶のいい果物がたくさん乗ったタルトにフォークを入れる。

 口に入れた瞬間、瑞々しい果物の芳香が広がり、その後に濃厚なカスタードの甘さがやってくる。タルト生地もサクサクでバターの上品な塩梅がとても良い。


「聖王宮の菓子はどうだろう?」

「とても美味しいですわ」


 ルイズィトの美しい視線が私に釘付けになっていて、気まずい。

 私はどうすればいいのか。誰か教えて欲しい。


 急に元の世界の父母の顔が蘇る。

 交通事故で突然娘を失ったのだ。想像を絶する悲しみだったろう。

 実家は梨農園だ。

 もう、帰省してお手伝いすることはできない。

 結局、孫の顔も見せてあげられなかった。

 まさか娘がその後、ゲームの世界に転生したなんて、想像すらしていないだろう。


 悲しみで胸がいっぱいになり、紅色の砂糖菓子を摘み上げる。それを一口で食べると、ルイズィトと目が合った。

 蕩けるような綺麗な笑みを浮かべている。

 戸惑って別の皿に視線を移すと、そこには薄い楕円形のクッキーが並べられていた。

 すると笑いを含んだ声でルイズィトが言った。その声は、ほんの少し親しみが籠っていた。


「それは我が国銘菓の『猫の手』という菓子だ。繊細な食感が特徴でね」


 猫の手のように優美、という比喩からきた名前だろうか。猫の舌という名の「ラングドシャ」クッキーみたいだ。


 摘み上げて一口含むと、まるで和三盆が解けるように口の中で割れ、素早く溶けていく。

 ラングドシャをもっと軽くしたような感じだ。

 思わず微笑みが漏れる。

 凄く、好きな食感だ。

 するとルイズィトも笑った。


「たくさん準備してあるから、幾らでも食べるといい」


 凄く優しそうに微笑まれ、思わずぼぅっとしてしまう。

 ルイズィトも銘菓・猫の手を口に運び始めた。

 ふとサラの様子を確認すると、彼女は窓に張り付き、外に見える神殿を見上げていた。ジャンティーレへの想いでいっぱいなのだろう。

 日を浴びて白く輝く神殿を私も見上げていると、ルイズィトは言った。


「明日は祈りの日だ。毎週日曜日は午前中に神殿に行き、祈祷式に参加するのが聖王家のしきたりとなっている。――私の妃である貴女も、一緒に参加してほしい」

「ええ、勿論ですわ」


 話を聞いていたのか、サラがぱっとこちらを振り返る。その瞳が、期待に満ちて見開かれている。

 祈祷式にはジャンティーレがいるかもしれない。

 サラも連れて行けば、喜んでくれるだろう。

 そう考えながら、何枚目かの猫の手に、手を伸ばす。すると聖王が少し弾んだ声で言った。


「フランツとは食文化が少し異なるかもしれない、と危惧していたが……口に合うだろうか?」


 私は心から答えた。


「合います。とても、美味しいですわ」


 目が合うとルイズィトは滲むように笑った。

 ――なんか、調子が狂う。

 気分転換に茶を飲む。

 深みのある橙色で、口元に寄せると茶葉の香りが鼻腔をくすぐる。

 どちらかと言えば濃い色なのに、口に含むとほとんど渋みがない。喉を通った後も、口内に香りが暫く残る。

 元の世界でいえば、紅茶のキームンに似ている。

 もう一口飲んで、思わず美味しい、と漏らしてしまう。

 後味は烏龍茶にも似ている。

 どんな茶葉を使っているのだろう。

 卓上のポットに視線が吸い寄せられる。

 白地に赤い薔薇の描かれたポットは、見た目にも優美だ。

 思い切って手を伸ばして、ポットの蓋を開けた。

 カチャ、と高く澄んだ音がして、残り少ない茶の中で揺蕩う茶葉が見えた。

 ところがここでルイズィトが爆笑した。


「陛下……?」


 戸惑いつつルイズィトを見上げる。彼は目尻を下げて体を揺らして笑っていた。


「ポットの中を確認する王女など、初めて見た」


 ウケを狙ったわけではないのだが……。

 ひと時、安らいでいるとルイズィトが少し硬い声で切り出した。


「ベル。……昨夜は申し訳なかった」


 何を謝るのだろう。


「いいえ。私の体調をご配慮下さり、ありがとうございました」


 ルイズィトがテーブル越しに手を伸ばし、私の手にその手を重ねる。

 私は心の中で、悲鳴を上げた。

 これは予感というより、確信だ。

 ルイズィトは、今夜も絶対に寝室に来るつもりに違いない。




 夕方からは聖王宮内で、私の歓迎会が開かれた。 

 聖王宮の奥、私が部屋を与えられたエリアには、周囲に三つの建物が並び、そこにはほかの王族達も暮らしている。

 聖王の弟や叔母を始めとする、親戚達だ。

 歓迎会は、彼ら達との顔合わせの機会でもあった。


 パーティは庭園が見渡せる大広間で開かれた。

 大きな部屋にテーブルが並べられ、茶や菓子が盛り付けられている。

 どの窓も大変大きく、日当たりがいい。お陰であちこちに配置された花々が、より鮮やかで美しく見える。

 一画にはソファが置かれ、その上にも美しい毛並みの毛皮が敷かれている。

 私は一番最後にその場に登場したらしく、入室するなり中にいた女性たちは一斉に静まり返った。

 王宮で働く女性は皆制服を着ているので、王族たちがどこにいるのかはすぐに分かった。


「聖王妃殿下、ご臨席!」


 女官の一人がそう合図すると、王族達が一斉に広間の中央に移動し、整列した。 端にいる王族から順に、私の前まで進み出て、それぞれ自己紹介をしていく。

 朗らかな笑顔で一番最初に挨拶をしてくれたのは、聖王の弟のアーサーだった。彼と目が合うなり、私はあっと叫んだ。

 アーサーは私と聖王の結婚式にいた、銀のトレイを持っていた少年だった。ちょっと高級なお菓子の箱に描かれているような、愛くるしく可愛らしい少年だ。

 私の後ろに控えているサラが、小さな声で私に話しかける。


「アーサー王子も、人気の攻略対象ですよ! ショタ好きにはたまらないでしょうね! 十四歳にしては童顔で、マニア受けする美少年なので…」


 周りの人に聞こえたらどうしてくれる。

 いそいでサラの台詞を遮る。


「アーサー 、結婚式ではありがとう。聖王宮のことを、これからいろいろ教えてね」

「はい、お義姉様。お任せください!」


 お義姉さま……。

 なんだか猛烈にこそばゆい呼ばれ方だ。それでいて、無性に何回も呼んで欲しくなるから不思議だ。

 アーサーは私の前で片膝を折り、私の右手をとった。

 急いで彼の指を確認すると、案の定ルイズィトと同じ神玉石の乗る銀色の指輪をつけている。でも一つだけだ。ルイズィトのように意味不明に二つもつけていない。

 アーサーは私を純粋無垢そうな透明感溢れる瞳で見上げると、首を垂れた。そうしてそっと手の甲に口付けた。


「お義姉様は、美の女神のようです。フランツの女性は、皆様お美しいのでしょうか?」

「まぁ、アーサーは口が上手いのね。――何も出てこないわよ?」


 笑ってそう言い返すと、アーサーが私の手から顔を上げた。その磁気のように白く滑らかな頬は、薄っすらと桃のように高潮していて、触れたくなるほど可愛らしい。

 その品のある姿を見ていると、教会の宗教画で描かれる天使のように、彼も背中に翼があるような気がしてくる。

 アーサーは純真そうな笑顔で私に言った。


「僕、詩の朗読会を毎日主催しているんです。お義姉様も今度ぜひ、いらして下さい」


 どうしよう、すっごくつまらなそう。


「ええ。とても楽しそうね。今度ぜひ」


 今度、って本当に便利な単語だ。

 その後、王族たちから次々と声をかけられていく。


「よろしくお願いいたします」

「ご指導下さいませ」

「お会いできて嬉しゅうございます」


 彼らの自己紹介に対していちいち相槌を打つ。だがこちらの会話のレパートリーがなさすぎて、そのうち「そのドレスのお色、素敵ですわ」なんていう、褒め言葉で間を埋めてみる。 

 王族はたくさんいて、正直全員の名前を覚えられそうにない。それどころか、疲労感からか皆同じ顔に見えてきた。








 歓迎会が終わると私は攻略本……、じゃなくてサラを部屋に呼び出した。


「湖の上にある浮島の、天空宮ってどういう場所か、知ってる?」


 魔族が奪おうとしている場所だ。

 フランツ村で甘いお茶を飲みながら、イケメン吟遊詩人の歌を聴く日々を送っていたベル姫の脳内には、「聖界のなんかスッゴイ神聖な場所(スポット)」という情報しかなかった。切ない。

 サラはホウキを持ったまま、少し首を傾げた。


「天空島には離宮と、神殿があるそうですよ。限られた人しか足を踏み入れるのを許されませんし、希少なユニコーンに乗らないと行けない所です。もちろん、私は行ったことはありませんけど」

「ルイズィト様にお願いすれば、行けるかしら?」

「どうでしょう。普通は年に一度、春を呼ぶ儀式の時にしか使わないはずなので……」

「春を呼ぶ、というのは具体的に何をどうするの?」


 私が率直な疑問をぶつける。



 サラの説明によれば、聖界において聖王は特別な存在であり、ただの権力者ではなかった。

 聖王は、季節をコントロールする異能者でもあった。

 この世界では聖王が大陸に「春」をもたらすのだという。

 年に一度、聖王が春を呼ぶ祭祀をしなければ、大陸に春は来ないのだ。

 年に一度、聖王が年の終わりに、天空神殿の祭壇で祈りを捧げ、「祝福の光」を地から引き出すのだという。

 大陸の各国は、その春の恩恵なしには生きていけない。


「『デュエット』の聖王エンディングでは、ラストのスチルが祝福の光のシーンなんです!」

「えっ、ごめんサラちゃん。スチルって何? スチール? それともスキルのこと? (スチール)じゃないよね?」

「……ほんっとゲームしない人だったんですね。まぁ、気にしないで下さい。説明がめんどくさいんで。とにかく、聖王の聖なる祈りってカッコいいんですよ!」


 地下深くから、柔らかく暖かなそれでいてオーロラのような神秘的な光が溢れて、それが大陸中に広がるのだという。

 実際にそんなことが、起こり得るんだろうか。


「そうすると、春が来るんです。だから聖王陛下あってのこの世界なんですよ。聖なる祈りなしには、永遠の冬が続くんですから」


 私の寝室で本を読んで時間を潰していたあのルイズィトに、そんなに凄い能力があるのだろうか。俄かには信じがたい。

 サラは興奮冷めやらぬ感じで続けた。


「あと、ジャンティーレ様のラストのスチルも、悶絶モノでしたよ。――ラストのスチルでは、神官服を上半身脱いじゃって……! 意外にも細マッチョで、それがまた超絶色っぽくて!」

「へ、へー……。楽しそぅ……」

「もう、鼻血が出そうなくらい刺激的で魅惑的なんです!」

「『魔と聖のデュエット』って、そんなファンタジーなゲームだったんだね」

「タイトルちゃんと覚えてないんですか!? 『聖と魔のデュエット』ですから!」


 サラに怒られた。

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