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厄介な仕事を、頼まれたらしい

「ちょっと。――起きてください」


 ――男の声がする。


 続けて頰をトントンとつつかれ、眠りの世界から無理やり引き剥がされる。


「シャーロッテリナベル王女。いや、聖王妃殿下。起きなさい」


 その聞き覚えがある不愉快な声に、一気に目が覚めた。

 バッ、と開いた目にすぐに飛び込んできたのは、私を見下ろす魔王軍総司令官・ガル=アルトの姿だった。

 あまりの驚愕に悲鳴をあげそうになった私の口を、ガル=アルトが素早く手で覆う。


「騒がないでください」


 ガル=アルトは寝台に腰掛け、私を覗き込んでいた。まじか。なんてひどい状況なの。

 ゆっくりと手が口から離されると、私は小声でまくし立てた。


「どうしてここに!? どこから?」

「天下の聖王妃ともあろうお方が、無用心ですね。窓が開いていましたよ。貴女のその腕輪は、私の転移術の照準になっています。それがあれば、この王宮に張られた結界も、容易に飛び越えられるのです」


 慌てて腕輪を取ろうとするが、一気に環が締まり、骨にまで食い込む。


「痛っ……!」

「無駄な抵抗ですよ。その腕輪は魔術の精髄を究めたこの俺の、天下に二つとない最高傑作ですので。聖術すら使えぬ貴女に外せる代物ではありません」


 悶絶する私の髪を、ガル=アルトは撫でつけた。


「さわんないで!」


 その手を勢いよく、振り払う。


「そんなに簡単にここに来られるなら、あなたが自分で聖王に決闘でもなんでも申し込みなさいよ!」

「別に俺は聖王を殺したいわけじゃない。聖界はやつ一人を殺しても手に入らない。湖の上に浮かぶ浮島ーー天空島を手に入れなければ、意味がない」

「島を盗んで聖界をのっとるつもりなの?」

「――神は聖と魔を平等に創ったのです。でも現状はどうでしょう。聖族のいる北の地は南より遥かに豊かで、国境地域では魔族は不当に差別されている」


 口振りは淡々としていたが、間近から私を見下ろすその表情から、隠しきれない憤りを感じる。

 その時、バサバサと翼の音を立て、一羽の茶色のミミズクが部屋に入ってきた。――見覚えがある。

 たぶん、ガル=アルトの腰巾着だ。

 寝台から下りながら、叫ぶ。


「入ってこないで!」


 足を掴み、窓の外に放る。だがミミズクは空中で身を翻し、すぐに再び窓の外に現れた。また捕まえてやろうと窓際に陣取ると、ガル=アルトに羽交い締めにされる。


「俺の従者のテレンスも中に入れて下さい」

「離して!」


 暴れても彼の腕はなかなか離れず、その間にテレンスは部屋に入ってきてしまった。


「足がもげるかと思ったよ! まったく、たいした王女様だね!」


 ミミズクから人間に戻るなり、悪態をついてくる。


「あんた達、今すぐ出て行って!」

「お静かに! こんなところを廊下にいる侍女に見られたら、どうなりますか? 腕輪が見えない以上、貴女が手引きしたと思われるだけですよ」

「いけないと思うなら、今すぐ出て行って頂戴。窓は開いているわよ。それともあんたの従者みたいに足を掴んで放り出してあげましょうか?」


 一方のテレンスはカツカツと靴音を鳴らしながら部屋の隅に行くと、侍女が私と聖王の為に置いていった果物に勝手に手を伸ばし、シャリシャリと林檎を嚙り始めた。

 すぐ後ろにいるガル=アルトに嫌みを放つ。


「貴方の従者、躾がなってないんじゃない?」

「その虚勢、いつまで張れますかね」


 ガル=アルトはどこか楽しげにそう言ってから、続けた。


「それより聖王妃殿下。これはどういうことです?」

「どういうことって、なんのことよ?」

「聖王は自分の寝室に戻ったので?」

「そうよ。見りゃ分かるでしょ」

「その気の強さで、夫に呆れられたのですか?」

「違うわよ! 私が到着早々だからと、気を遣ってくれたのよ。貴方こそ、早く出て行ってよ」

「――もう少し話をさせてください。この腕輪を外して欲しくはありませんか?」


 目を見開いて、身体を捩ってガル=アルトを見上げる。私の反応に満足したのか、くつくつと笑いながら彼は言った。


「実は貴女に一瞬で終わる、簡単な仕事を頼みたいのです。――貴女にしか出来ない、大事なお仕事を」


 呼吸をどうにか落ち着けて、尋ねる。


「それは、どんな仕事なの?」

「聖王が常に身につけている神玉(しんぎょく)石の指輪を、偽物とすり替えて下さい」

「神玉石って…」

「聖王家に伝わる秘宝ですよ。知っているでしょう?」

「えぇ、ええ。勿論」


 やばい。

 知らない。

 急いで薄っぺらい王女・シャーロッテリナベルの記憶を探る。だがベルちゃんの知識は美味しいケーキとか、カッコいい騎士とか、歌が上手い吟遊詩人とか、本当に中身がペラッペラなので、泣けるほど役に立たない。

 後で誰かに神玉石について、聞かないといけない。その指輪の価値が、まるでわからない。

 私が黙っていると、ガル=アルトは訝しげに再度言った。


「聖王の神玉石の指輪を、盗んできてほしいのです」

「まぁ、驚いたわ。そりゃびっくりよ。ええ。神玉石だなんて、そんな大変なものを……ええと、なぜなの?」

「古代、もともと神玉石の指輪は魔王と聖王が一つずつ、持っていたのです。けれど神がお怒りになり、魔族から奪って聖族に与えました。神玉石を奪えば聖王は年に一度の天空神殿での祭祀に失敗します。そうなれば聖王としての価値がなくなるからです。ルイズィトを支持する民も、最早皆無になるでしょう」


 どうやらルイズィトを聖王の座から引き摺り下ろしたいらしい。

 ガル=アルトは私にビロード製の小さな巾着袋を差し出した。

 恐る恐る受け取ると、中に何か固いものが入っている。手のひらに出してみると、指輪だった。

 その見覚えのある指輪に、息を飲む。――銀色の台座に、透明な石が載っているものだ。

 これと同じものを、ルイズィトがしているのを見た。


「それは神玉石の指輪の精巧なレプリカです」

「これが、神玉石……」

「差し上げます。それと本物を入れ替えて下さい。神の子たる聖王に触れられるのは、ごく一部の人間だけですから」

「でも、どうやって…」

「無防備に寝入っている聖王の一番近くにいることが出来るのは、そのお妃くらいです。貴女を可愛がって疲れ切った夜伽の後に狙えば簡単でしょう?」


 ガル=アルトはさっぱりと整えた黒髪をかき上げ、力強く言い切った。

 かっちりとした黒い軍服に、同色のマントを羽織り、とても凛々しい風体なのだが、発言と行動が異常過ぎる。

 過激な内容をスラスラと話す魔王軍総司令官に、こちらは絞り出すように返事をするのが、精一杯だ。


「やりたくありません」


 ガル=アルトの笑みが消える。


「だって、出来るわけないじゃないの。バレたら私が殺されるし!」


 するとガル=アルトは微笑んだ。

 状況が違えば、惚れてしまうような綺麗な微笑で。


「すり替えに成功した暁には、魔界で爵位を用意し、大歓迎して差し上げますよ」 

「私に何の得もないじゃないの。何そのアホな提案」

「あほ…」

「でも、聖王はその指輪と同じものを二つしているけど」

「二つも? それはおかしいですね。神玉石は二つありますが、聖王と王太子が本来身につけるものです」


 ルイズィトにはまだ子どもがいない。現在の王太子は、彼の弟のアーサー だ。

 斜め上に視線を投げ、何やら考え込む仕草を見せた後、ガル=アルトは口の端を歪めた。


「聖王の二つの指輪のうち、どちらかは偽物でしょう。よく調べてから交換して下さいね」


 眉をひそめて見上げていると、ガル=アルトはようやく私から身体を離した。

 その直後、彼は腰に下げる剣の柄に手をかけ、それをスラリと抜いた。

 斬られる? と全身を固くさせたが、彼は私に背を向けると壁に向かった。

 壁にはこの世界の地図らしきものが刺繍された、タペストリーがかけられている。


「シャーロッテリナベル王女。フランツ王国がどこかご存知ですか?」

「ええっと……」


 地図の前に陣取り、必死に東の端にある小さな国を探す。ベルの知識のなさに驚いた国王が、家庭教師を雇って色々教えてくれたから、聖界の地図くらいは何度も見た。

 ところが、タペストリーは分かりにくかった。

 国名が書かれているわけでもないし、色分けもされていない。

 大陸の東側は凸凹していて、どこも同じように見える。


「ど、どこだったかしら……」

「……貴女は、本当にシャーロッテリナベル王女ですか?」


 地を這うような低音ボイスが、背後から投げられる。

 振り返るとガル=アルトが剣呑な眼差しを私に向けている。


「勿論、そうですわ」

「フランツ王国の王女様でしょう?」

「ご存知の通り、そういうことになってますわね」

「――自分の国の場所が、どこか分からないのですか?」


 ここで私は閃いた。

 バカのフリをしよう。

 まぁ、もともとベルはかなりのお馬鹿ちゃんっぽいけど。あまりのバカさにガル=アルトがこの無謀な任務を諦めてくれるかもしれない。

 私は目尻を下げて、情けない表情を作った。


「私、お勉強は昔から苦手でしたの。――きっと聖王陛下は、知的な女性がお好みですわね。今夜もこうして手を出さずにお帰りになりましたし、私など、今後も見向きもされないに決まってます」

「聖王の具体的な女の好みは知りませんね」

「そもそもフランツのような田舎国家と違って、聖王国にはたくさんの洗練された知的な女性がいるのでしょうし。ですから、真贋(しんがん)を鑑定した後での指輪交換だの、私には到底…」

「そんなことはない。貴女はかなり魅了的です」


 あ?

 今なんて?

 引きつる私の手を、ガル=アルトが取って握りしめ、話しを続ける。


「その上、男を誘う蠱惑的な体型をされている。俺は実を言うと、さっきから貴女を寝台に押し倒したい衝動を、懸命にこらえています」

「まぁ。最後までこらえてくださいね。心から応援致しますわ」


 ガル=アルトは妙に熱い手を私から離すと、突然剣をタペストリーに突き立てた。

 ダン!

 と鈍い音が響く。

 彼は大陸東端の一点に、剣を突き刺していた。


「ここです。貴女の国は、剣先で完全に潰れるほど、小さい」


 地図と、ガル=アルトのどちらを見れば良いのか分からない。剣で人の国をぶっ刺しながら、微笑すら浮かべる男が、恐ろしい。


「貴女が期限内に任務を達成できなければ、フランツ王国はこうなるのです。――よく覚えておいて下さい」


 どうしよう。フランツ王国にそこまで愛着がないのに。むしろそこそこ、どうでもいい……。

 二週間くらい前に存在を知ったに過ぎない。そんな国を、身を挺して守る気にはならない。

 かと言って見捨てたら、聖界中から怒られそうだ。


「もうお分かりでしょう? 自国民と自身を守る為に、期限内に何をすべきかを」

「き、期限と仰いますと?」

「二ヶ月与えましょう。その間に指輪を交換しなさい」

「そんなの短すぎますわ。私がCIAやMI6の職員だとでも!?」


 魔王軍総司令官のお綺麗な顔から表情が消えた。

 しまった。焦りのあまり、ついアメリカやイギリスの諜報機関の固有名詞を口走ってしまった。


「訓練されたスパイとは違います! 私は平和な小さな国で穏やかに育てられた、無力な王女ですのよ!?」

「貴女はあまり穏やかそうには見えませんがね」

「とにかく、私を取り巻く状況に、一切合切に、無理難題が過ぎるのよ! 何なのよこのクソゲー。せめて一年はくれるべきよ」

「では、六ヶ月。半年の期間を与えましょう。その間に役に立たなければ、フランツ王国か貴女の手首のどちらかは、視界から消えるでしょう」


 ついでに私の生命も消えるのだろう。


「もしもこの腕輪に、聖王様が気づかれたら?」

「それは多分、あり得ません。見えすらしていないでしょう。聖王は毎年、年始に春の祈りの為に、膨大な聖力を使っています。この俺の最高魔力の逸品に、勘付けるほどのゆとりはないはずです」

「たいした自信ですこと」


 嫌味を言ってやると、腹立たしいことにガル=アルトは戯けたように両眼を見開き、白い歯を見せて笑った。その直後、両腕を広げると黒い煙を上げながら一羽のミミズクへと姿を変えた。

 そうして茶色のミミズクと一緒に、窓へと羽ばたいていく。

 外へと逃げていった二羽を、私は呆然と見つめるしかなかった。


 乙女ゲームって、なんて大変なの。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベルと総司令官のやりとり [気になる点] でも聖王妃になってしまっているのでくっつかない気もします。 もちろん今後聖王とラブラブしてても、それはそれで楽しい展開なのですが、どうなるんでしょ…
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