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聖王陛下は、警戒心がお高いらしい

 ルイズィトは私の正面に歩いてきた。


「ベル。遠いフランツ王国からよく、私のもとまで来てくれた」


 ルイズィトは私の片手を取り、手の甲に口づけた。

 まずいまずい。

 ルイズィトは明らかに、コトにおよぶ為の流れを作ろうとしている。

 この甘い雰囲気、いりません!

 ルイズィトの手が上へと滑っていき、私の肘に触れる。薄い夜着ごしに、彼の体温が伝わる。

 紫色の神秘的な瞳に、どこか焦れたような色が感じられ、後ずさる。すぐに間合いが詰められると、彼のお綺麗な顔がぐっと近づいてくる。


(キスされる……!)


 この先の展開を予測した私は、咄嗟に仰け反り、至近距離に迫ったルイズィトの口元を手で押さえてしまった。

 ルイズィトがかたまる。

 紫色の瞳が少し傷ついたように私を見下ろしている。

 しまった。

 拒絶の意思表示をしてしまった。しかもこれ以上はないほど、明確な。

 急いで両手を彼の顔から離し、言い訳がましく、口を開く。


「私、その……」


 こうなっては、苦肉の策に出るしかなかった。


「陛下、私たちは今日出会ったばかりですわ」

「いかにも、その通りだ。それが?」

「私とても緊張してしまって」

「ベル。緊張する必要はない」


 ルイズィトは気遣わしげに私の顔を覗き込み、左手をそっと握ってくれた。


(ここで優しくしないで――! その優しさ、いらない!)


 不意にルイズィトは私の手首に目を落とした。沈黙を保ったまま、その紫色の瞳はうごかない。

 丁度彼の目線の先には、魔王軍総司令官・ガル=アルトの金の腕輪がある。


(まさか、腕輪を見てる……?)


 どくんどくんと心臓が強く鼓動を打つ。

 ガル=アルトはこれが私たちにしか見えないと言った。だから見えているはずはない。

 でも、だとすればルイズィトはただ私の手首を眺めているのだろうか?


(きっと……私の手首が白くて細くて、綺麗な手首だから、見入ってるだけよね)


 そう思うしかない。そう思いたい。

 ルイズィトがふと目を上げ、その無表情だった顔に瞬時に甘さが戻り、私に優しくささやいた。


「私に全て任せてくれれば良い。恐れることは、何もない」


 初夜に挑む男性の、手本みたいなセリフじゃないの。

 ーーこの状況は、非常にまずい。

 このまま流れに身を委ねていたら、もう18禁ゲーム真っしぐらだ。

 そもそもあのゲームって、全年齢向けだったんだろうか?

 必死にCMを思い出そうとするが、そもそもイラストすら記憶にない。そこまで、覚えていない……。だって、興味なかったから。

 ルイズィトは私の耳に顔を寄せ、耳元でささやいた。


「優しくすると、誓う」


 美声が脳髄を直撃する。

 一瞬立ちくらみが襲い、身体を支えるためにテーブルに両手をつく。声が良すぎて、脊椎が痺れたらしい。


「ベル? 大丈夫か?」

「ちょっと疲れが……。今日聖都に着いたばかりで、骨の髄まで疲労困憊しておりますの」


 それは事実だ。

 勿論緊張もあったが、既にとても疲れている。

 そのことを自覚するなり、更にどっと疲労が押し寄せ、床に膝をついてしまう。

 驚いたルイズィトは、私の背を撫でてくれた。


「そうだな。そなたは長旅の直後だ。……私の配慮が足らなかった。すまない」

「陛下……」


 ルイズィトは慈悲のこもった表情で、私を見つめている。


「無理強いをするつもりはない。体を壊しては、一大事だ。今宵はゆっくり身体を休めてくれ」


(助かった……!!)


 心底ほっとして、全身から力が抜ける。


「もう横になるといい。私は少しここで貴女の邪魔にならぬよう、時間を潰してから自室に戻る」


 その意図がわからず、顔を上げるとルイズィトは少し悲しげに苦笑した。


「初夜に失敗したと侍女たちに勘ぐられると、色々と面倒だ」


 そういうことか、と私も苦笑する。


 私が寝台に上がったのを確認するや、ルイズィトは寝室の隅にあるソファに腰掛けた。彼は一旦屈んで自分の足元をまさぐり、何かをとってそれを床に置き、再び深く腰を下ろすと寛ぎ始めた。

 薄暗い中、なんだろうと目を凝らす。床に転がっているのは、黒っぽい短剣のようだ。

 そんなものを今、足から外したのだろうか?

 私は寝台から首を伸ばし、震える声で確かめた。


「陛下。――それは、短剣ですか……?」


 数秒の沈黙の後にルイズィトが答える。


「そうだ。護身用に、常に身につけている。ふくらはぎにベルトで固定しているのだ」

「なぜ…」

「誰かから恨みを買っているつもりはないが、聖王であるというだけでこの私の生命を狙う輩は結構いるのだ。裏切り者はどこに潜んでいるか、わからぬものだ」


 その発言に生唾を嚥下する。動揺のあまり、耳の中でザワザワと異様な音がする。


「陛下は、……寝る時すら御身には危険があると?」

「危険はどこにでも転がっているものだ」


 言葉を失う。

 まさか私が怪しいとは思っていないだろうか。


「陛下は……たとえばこの私も、危険かもしれないと……そう思われますか?」


 震える声でそう尋ねると、ルイズィトは予想に反して、私を見て愉快そうに笑った。


「仮に貴女が私を狙うとすれば、その目的はなんだろう?」

「そんなことはあり得ないので、お答えできません」

「そうだな。あり得ない、な」


 私は目を閉じ、どうにか呼吸を落ち着けた。

 ただの軽口だ。ここで狼狽を見せるようなら、かえって怪しまれてしまう。




 その夜、ルイズィトは寝室の片隅で本を読んで時間をやり過ごし、頃合いを見計らって出ていった。

 扉が閉まる音を確認するや否や、私はあっという間に眠りに落ちた。

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