これが初夜の攻防、ってやつらしい
「なんだこのパジャマ!!」
与えられた寝室で夜着に着替えると、盛大に焦った。
この夜着が、いやらしい作りなのだ。絹のように手触りが素晴らしいが、薄くて身体の線が丸見えなのだ。誰が作ったんだよ。
これじゃ、恥ずかしくて寝室から出られやしない。
というか、出なくても今からルイズィトが来ちゃうのに。
部屋の隅にある姿見に向かい、改めて自分の全身を確認する。
(うん、やばいわ。この格好でさっき会ったばかりの男性を、寝室に迎え入れるなんて、現代日本女性の感覚では到底受け入れられない!)
艶々に輝く金色の髪がシミ一つないデコルテに流れ、大きく開いた寝間着の胸元からは鞠のように豊かな胸の膨らみが覗いている。薄すぎる生地のせいで足の形が影となって薄っすら見えていて、大変艶かしい。
つい両手で自分の胸を持ち上げてしまう。
「す、すご。万里花より何倍も大きいわ」
谷間ができることに感動を覚え、モデルっぽいポーズをキメて無心で鏡に見入ってしまう。イケてるポーズを数種類発掘したところで、我にかえった。
何やってるんだ、私。変態か。
慌てて鏡から離れる。
私が与えられた寝室は、とても豪奢だった。
高い天井には貴石が埋め込まれており、見上げれば色とりどりの星々が煌く。
まるで星空のよう。
縦にも横にも大きすぎて、落ち着かない。
ルイズィトと私の夜食なのか、侍女は先ほど二人分の果物とお茶が入った茶器のセットを置いていった。
寝室に置かれた寝台は天蓋付きで、とても大きかった。いかにも二人で並んで寝る用に設計されている。
(って、誰と誰が? ――もちろん、私と聖王だよね)
「無理無理! マジでそんなの、無理だから!」
外は雨が降り始めており、窓を叩く雨音が私の焦りに更に拍車をかける。
(どうしよう? なんとか手を打たないと)
ひと芝居打って、体調不良を訴えようか?
でも医者を呼ばれたら、すぐに嘘だとバレてしまう。
いっそのこと、今すぐに気絶でもして、今晩のお勤めから逃れたい。
トントン、と扉がノックされた。
一瞬心臓が止まるかとおもった。緊張のあまり上ずる声で返事をして扉を開く。
やって来たのは、純白の絹の寝巻きを羽織ったルイズィトだった。
胸元が少し開いていて、とても蠱惑的に見える。胸元まである長い金色の髪が、少し濡れていて余計に艶っぽく、色気がただ漏れだ。
傘を持っていなかったのだろうか。
さしてきてよ……。
私の心臓はばくばくと激しく動き、緊張が頂点に達しそうだ。
「シャーロッテリナベル。今日は長い一日だった。貴女も長旅と儀式で疲れているだろう」
「聖王陛下……」
ルイズィトは部屋に数歩入ると、中を見渡した。
「部屋の使い心地に問題はないか? 王宮でも日当たりが良く、広い部屋を選ばせたつもりだ」
たしかにそんなことを、部屋に案内してくれた女官が言っていたっけ。
使い心地も何も、この王宮に来てからまだほとんどこの部屋に滞在していないのだが。
ぎこちなく笑顔を作り、なるべく可愛らしく微笑んでみる。――きっと、多分かなりいい感じの顔になっていると確信しながら。
「とても居心地が良いですわ。それに聖都も、この王宮もとても広大で。驚きの連続です」
「そうか。また明日、ゆっくり案内しよう」
相変わらずルイズィトはこの世のものとは思えないほど完成された美貌で、私に微笑みを投げかけている。
神秘的な紫色の双眸に、脳の神経が麻痺しかける。
どうしよう。どうやって、今夜のお勤めを逃れよう。
王女の結婚というものはこの世界では、こんなものなのかもしれない。でも、私には出会って半日の男とコトにおよぶなんて、到底できない。
ルイズィトは微笑みを絶やさず、言った。
「貴女が聖王宮で居心地良く暮らせるよう、全力を尽くそう」
いつの間にか彼は寝室の中ほどまで歩いてきていた。まずい。
寝台まであと少しの距離まで、追い詰められているではないか。
「シャーロッテリナベル…」
「あの、ベルと呼んで下さいませ」
私の名前、長ったらしいので。
「陛下、侍女がお茶を置いていってくれましたの。一杯いかが?」
茶にすがる。
まずい。
このままでは、夜のお勤め一直線の展開だ。なんとかして方向を変えないと。
緊張と焦りのあまり手が震え、陶器のティーポットがカチャカチャと鳴る。
どうにかカップに茶を注ぎ、渡そうと顔を上げるとルイズィトは隣に来ていた。忍者か。その近さにびくりと驚き、カップの茶が溢れそうになる。
ルイズィトは茶を少しだけ飲むと、カップをテーブルに戻してしまった。カチャリ、という涼しげな跡が虚しく寝室に響く。
たいした時間稼ぎにならなかった。
(もっとゆっくり飲んでよぉぉ! ちゃんと味わってよ! もう、あとがない……)
なんとかしたいと室内に視線をさまよせるが、何も思い浮かばない。もうやることは一つしかない。