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これがいわゆる、無理ゲーらしい

 目が覚めても状況は変わらなかった。

 その上、事態は更にこじれた。

 私は誰、ここはどこ、と純粋な疑問を周囲にぶつけ、説明を求めてみたところ、

「シャーロッテリナベル王女は、聖王妃になりたくなくて、記憶喪失になったふりをしている」

 という変な勘違いをされてしまった。

 このシャーロッテリナベルという長ったらしい名前の王女に憑依? もしや転生? してから約一日、どうにかかき集めた情報は次の通りだ。


 ここはフランツという王国で、北大陸の東の端っこに位置していた。他国からはたまに存在すら忘れられるほどの小国で、私は数多くいる王女の一人らしい。

 王宮で割と放ったらかされて育ち、かなり美人だという特徴以外は取り立てて何の才能も特技もないようだ。

 フランツ王国の正妃はオスローマ王国という大国から来た王女であり、私の母親は側妃だった為、今は別の男性と再婚し、既にどこかの都市で暮らしているらしい。自由だな、おい。

 そして特筆すべきは、シャーロッテり……、ベルでええわ。

 ベルは、半月後によその国にいる、聖王に妃として嫁ぐことになっていた。

 まさかの半月後。

 その差し迫り過ぎた緊急事態にも恐れ戦くが、それ以上に私が震え上がったのは、この世界に桜井万理花は見覚えがあったことだ。


 聖王とオスローマ王国に、フランツ王国。

 オスマンとローマ帝国、フランスとドイツを適当にくっつけただけのような、センスゼロの安直なネーミングには聞き覚えがある。

 この世界は何年か前に大流行した、とある乙女系スマホゲームに酷く似ているのだ。


 大きな大陸に広がる、剣と魔法の世界。

 確かタイトルは『魔と聖のデュエット』だ。

 全然興味がなかったのでうろ覚えだが、当時テレビCMで見た限りだと、とにかく王様だの神官だの、美形ヒーローがこれでもかと、わんさか出てきて、揃いも揃って都合よくヒロインに惚れちゃうお話なようだった。妹がこのゲームの大ファンで、しょっちゅう「ルイズィト様とガル=アルト様、どっちもステキ過ぎて選べないよぉ。聖族と魔族どっちにしよう?」とスマホを握りしめて悶えていたのを、覚えている。

 っていうか、私が嫁ぐルイズィトってそのルイズィト?


(信じられないけど、これはつまり私はあのゲームの世界に来ちゃったっていうことだよね……)


 残念なことに、あらすじが全くわからない。私は乙女系ゲームはおろか、スマホゲームそのものに興味がなかったからだ。

 そもそもこのゲームのヒロインが私なのかも、不明だ。

 一体、どうしろというのか。

 なぜ、神様はこんなに不親切なのか。どうして攻略本を握りしめて転生、というご都合主義な手段を取らせてくれなかったのか。

 どこかに、攻略本は落ちていないのか。




 それからの日々はかなり忙しかった。

 次々と仕立て屋が現れ、ドレスや靴を作っていく。

 私のあまりの知識のなさに驚いた国王が、家庭教師を呼び、付け焼き刃で私にフランツ王国の歴史を教える。


 この世界には、聖族と魔族がいた。

 神はこの星を創生したとき、力の均衡を取るために、人々に魔力と聖力を均等に分け与えたのだという。そして神は彼らを正しく導くために、自らの子を二人、この星に降ろした。初代の聖王と魔王だ。

 神の子である聖王はシュヴァイツ王家の、魔王はシュヴァルト王家の祖となった。

 聖族と魔族は皆、豊かな北大陸に暮らしていた。聖王と魔王は神殿で一年ごとに交代で父なる神に祈りを捧げ、季節を司った。

 だが聖族と魔族の争いは有史以来、絶えなかった。


 聖暦113年。

 魔王は軍隊を率いて、世界の覇者になろうとした。

 だが父なる全能神は全てを見ていた。 

 大陸を支配し、全聖族を奴隷にしようとした魔族に失望し、神は魔族を貧しい不毛の地、南大陸へと強制移住させた。南大陸の大地は半分近くが凍土で、その上を刺すような冷たい風が絶えず吹いているのだという。

 こうして二族は分断された。すなわち、北大陸の聖界と、南大陸の魔界に。

 以後、魔族は豊かな聖界に細々と侵入を繰り返し、業を煮やした聖族にその都度追い払われていた。


 現在、聖界は聖王が統べ、魔界には魔王が君臨する。

 聖界は神の子の子孫たる、聖王が毎年捧げる祈りによって繁栄がもたらされる。

 両者は時折争いつつ、時に大陸の境目にある森で交流しつつ、独自の発展を遂げていったらしい。


 初めは何もこの世界のことを知らなかった私だが、次第にふとした拍子に、王女シャーロッテリナベルの記憶の断片が頭の中で見えるようになった。

 ただし、どれもたいした情報ではなかった。この王女は日々をお茶会とお散歩で過ごしていたらしく、今の私にあまり役立ちそうにない。言っちゃなんだが、ベルちゃんってバカだったんだと思う。






「ああもう、無理無理。これこそ、無理ゲーってやつだよね」


 混乱のあまり、ふらつく足取りでお城の裏庭をさまよう。

 フランツ王国は海っぺりにあるので、城の裏を進むと浜辺に出た。

 城の喧騒を離れ、浜辺に出るとそこは別世界のように静かだった。

 紺碧の大海原を前にすると、叫び出したくなる。私は爆発しそうな困惑を、声に出して吐き出した。


「何なのよ、この世界!! 攻略本寄越せ!!」


 思いっきり叫ぶが、返ってくるのは延々と打ち寄せる波の音のみ。

 砂浜を泡立ちながら駆け上がる波が、引いていく。引き切る前に次の波が押し寄せ、また砂浜に伸びていく。

 その終わりのない繰り返しに、切なくなる。

 湿った風が吹き付け、磯の香りを運ぶ。

 誰一人として、私の置かれた状況など、耳を貸しさえしない。

 日本の家族はどうしているだろうか。日本に帰りたいが、そもそも私はトラックにひかれて死んだっぽいから、不可能だ。

 この世界に来たことを妹に話すことができたら、きっと大喜びしてくれるかもしれない。このゲームの大ファンだったから。でも、それはもうきっと、できない……。

 浜辺にしゃがみこんで頭を抱える。

 海風は冷たく、吹かれるごとに指先が冷えていく。季節は夏らしいのだが、日本の秋のような温度なのだ。ちっとも夏らしくなくて、それすら切ない。

 ニャー、と可愛らしい鳴き声が聞こえたのは、その直後だ。


「猫?」


 顔を上げて視線を漂わせる。

 砂浜に打ち上げられた海藻が乾燥して、小山のように盛り上がった所に、一匹の猫がいた。

 白と灰色の混ざったような毛並みで、日光を反射してまるで銀色に見える。首輪はしていない。

 猫は愛らしい声でニャー、ともう一度鳴くと、軽やかに海藻から砂浜の上に降りた。

 尻尾をピンと上に向けて立てたまま、私の方へ歩いてくる。

 1メートルほどの近さまでやってくると、猫は小首を傾げた。

 目の色がアメジストのような紫色で、とても綺麗な猫だ。


「君、すっごく良い色の目をしているのね」


 思わず微笑みながら、そう話しかけてしまう。

 猫はじっと私を見上げている。


「どこからきたの? それとも君の縄張りに私がお邪魔したのかしら」


 そういうと、猫に手を伸ばし、何気なく言ってみる。


「おいで」


 意外にもどこかの飼い猫なのか、猫はすぐに呼びかけに反応し、私の手のひらの下にやってきた。そのまま頭を擦り寄せ、目を閉じて心地良さそうに私に撫でられている。


「あら、人懐こいのね。可愛い」


 頭から首、そしてそのしなやかな背を撫でてやる。

 猫は満足そうに鳴くと、私をじっと見た。


「――お前は私の話、聞いてくれる?」


 ニャッ、と短い絶妙なタイミングで猫が鳴く。


「私が王女だなんて、笑っちゃう。――酷いのよ。私、もうすぐ見たこともない人と、結婚しないといけないの。そんな所に行きたくないのに」


 もっと言えば、ここにも居たくないのだが。


「誰も信じてくれないんたけど、本当は私、この世界の人間じゃないの。わかってくれる?」


 猫は私をひたと見つめ、首を傾げる。

 思わず噴き出してしまう。


「分かんないよねー。分かるはず、ないか。自分でも何言ってるのか、分からないもん」


 切な過ぎて溜め息をつくと、猫は優しく鳴いてから、私の腿に手を乗せた。その手が、レースのスカートを往復し、まるで私が撫でられているみたいだ。

 宥めてくれているような気がして、苦笑する。


「優しい猫ちゃんだねぇ、君は」


 浜辺には藻だけでなく、大小様々な貝殻も打ち上げられていた。

 カラン、と風鈴のように涼しい音を立て、大きな貝が波打ち際を転がった。薄い橙色と白色の縞模様の巻貝だ。

 ほとんど形が崩れることなく、何処からか運ばれてきたらしい。

 猫の頭から背中にかけて、手を滑らせて撫でると、ベルベッドのような触り心地で気持ちがいい。そうしてゆっくりと撫でながら、呟く。


「私は、あの貝殻だな……」


 すると猫が小首を傾げて小さく鳴いた。まるで相槌のようで、思わず笑みが溢れる。


「別世界に来てしまって、もう元のところに戻れないってことだよ」


 立ち上がって貝の方へ歩き出すと、猫も後ろから歩いてついてきた。

 腰を屈めて、貝を拾い上げる。

 中から海水がポタポタと垂れ、砂浜に落ちる。

 手に載せると丁度収まるくらいの大きさだ。

 再び砂浜に腰を下ろすと、私は貝を耳に押し当てた。貝の内側からは波の音がするという。

 その静かな貝の囁きに、しばし耳を傾ける。

 猫はそんな私を不思議そうに眺めていた。


 海風に吹かれていると、やがて侍女が私を呼ぶ声が後ろから聞こえた。

 勝手に城を抜け出した私を、探しにきたのだろう。

 手にしていた貝を、砂浜の上に置く。


「もう見つかっちゃったみたい。――君もお家に帰った方がいいよ?」


 猫の背中をもう一度撫で、微笑みかける。

 無言で私を見上げる猫から視線を剥がし、侍女の方を振り返る。

 私は半ば諦めの境地で立ち上がり、安堵と焦りの混ざった複雑な表情で走ってくる侍女の方へ歩き出した。



 

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[一言] 聖なのにシュバルツ王家、黒?ほーう
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