ユニコーンは、気性が荒いらしい
ルイズィトは約束どおり、祈祷式の前に私にユニコーンを見せてくれた。
ユニコーンの厩舎は天空島を見上げる湖のほとりにあった。
厩舎は白亜の石造りで、中を覗くと白馬が囲いのなかで寝そべっている。
「これがユニコーンですか?」
想像と違い、背中に翼はない。
ただ、額から半透明の長いツノが生えている。
建物の中に差し込む朝日を浴びて、ツノがキラキラと七色に輝き美しい。
「たくさんいますね」
「これで全てではない。何頭かは、天空島にいる」
「馬よりも、体の線が綺麗ですね。たてがみも銀糸のように光を集めています」
「優美な外観とは対照的に、なかなかに気性が荒いのだ。蹴られかねないから、私のそばにいてくれ」
蹴られたら骨折どころか、当たりどころが悪ければ即死かもしれない。怖くなってルイズィトの背後に隠れる。
するとルイズィトは小さく笑った。
「なるほど。私の妃は、私を盾にする気満々だな」
「違います……! 陛下なら蹴られないからです」
なおも軽い調子で笑いながら、ルイズィトは厩舎の両開きの木の扉を開けると、中に入っていった。
草の香りに混ざり、微かに動物の糞の臭いもする。ユニコーンも生き物なのだから、当たり前なのだが。
床には、おが屑が敷き詰められており、歩いて踏み締めるたび、靴の下でプチプチと潰れる感触がする。
両側にユニコーンがいる区画があり、真ん中が通路になっていたが柵はなく、ユニコーンは全く繋がれていない。
完全に裸馬の状態だ。
「馬具はつけないのですか?」
「聖獣に馬具はつけられない。ユニコーンはたてがみに捕まって乗るのだ」
乗りこなすのが異様に難しそうだ。
ルイズィトは少し挑むような表情で私を振り返った。
「ユニコーンには群れのボスがいる。――どの子か当てられたら、後で貴女をユニコーンに乗せて、天空島を見せよう」
なんと。
神玉石について、何か情報が引き出せるかもしれない。この機会を逃す手はない。
「あら、じゃあ外したら私は何を陛下に差し上げたらいいのかしら?」
「そうだな。何を貰おうか。何か貴女にしか出来ないものが良い」
「でしたら、私の故郷の菓子を作って差し上げましょうか?」
調理場でジャガイモを薄くスライスして、揚げてみようか。ポテトチップスなら作れそうだ。
「貴女が作るフランツ王国の菓子も魅力的だが、もっと貴重なものが貰いたい」
「まぁ。待ち合わせがあまりありませんけれど。何せフランツは貧乏ですので」
「――貴女のキスがほしい」
ええええぇぇぇっ!?
急に甘い台詞を放り込んできたな……。
なんのつもりだろう。
魔族と繋がっている妃に対する、嫌がらせだろうか。
引きつる笑顔で、周りのユニコーンに視線を走らす。
少なく見積もっても、四十頭はいそうだ。明らかに子どもの体が小さなユニコーンもいたが、ほとんどの個体はさほど大きさに差がなく、いかにもボスっぽいユニコーンがいない。
(これは、難問だわ。みんな色も同じだし)
聖獣とやらなのだから、人の言葉を理解しているかもしれない。物は試しだ。
「ボス! ボスはどこ?」
とりあえず呼びかけてみると、隣でルイズィトが爆笑した。
「直球で勝負に出たな」
からかうようにそう言われても、構わずユニコーンの反応を待ってみるが、残念ながら私の呼びかけは完全に無視されていた。
ルイズィトに付き添ってもらい、厩舎の端から端まで歩いてみるも、素人の観察ではどのユニコーンも同じにしか見えなかった。
仕方なく、一番ツノが長い個体を指差す。
「多分、ボスはあの子じゃないかしら? ツノが一際輝いて綺麗だし」
するとルイズィトが華麗な笑みを披露した。
「残念ながら、外れだ。だがあの子はボスの弟だから、あながちそなたの観察眼も侮れないな」
「じゃあ、ボスはどの子なの?」
「ボスは今ここにはいない」
「えっ?」
「ボスは今、天空島にいる」
「なんですって……! 卑怯な出題ですわ」
文句を言うと、ルイズィトは至極楽しそうに笑って私の手を取った。
そのまま厩舎の出口に向かう。
「引っかけ問題だ。だが手がかりは最初に見せていただろう?」
「そんなのはずるいので、キスはおあずけです!」
するとルイズィトは外に出たところで、私に向き直った。そのまま私の両手を握る。
「私は、今すぐほしい。それに既に色々とお預けをされているではないか」
うっ。痛いところをつくじゃないの。
「それなら、ほっぺたに。――頬になら、致しますわ」
「そなたは私の妃なのに、キスくらいをなぜ渋るのだ? 他の者達に怪しまれても知らないぞ」
それは困る。
ただでさえ小国の王女だ。
色々疑われたくはない。なぜなら、探られると痛い腹の王女だからだ。何一つ恥ずかしくないところがない。
私の動揺に満足したのか、ルイズィトは手に力を込めて、ゆっくりと私を引き寄せた。
息がかかるほど近くまで引かれると、ルイズィトの顔が覆いかぶさるように迫り、あと五センチほどのところで止まった。
「そなたは……貝をなぜ、耳に押し当てていたのだ?」
「えっ? なんですか?」
「いや、なんでもない……。」
仕方がない。
「さぁ、私のお妃様。キスを」
視界を埋める美貌と脳天を直撃する美声に、立ちくらみがする。美形男に誘惑されると、脳神経がやられる。
どう足掻いでも、今は私は彼の聖王妃なのだ。
少し背伸びをして、顎を上げてルイズィトの唇に自分のそれを、そっと押し当てる。
柔らかな感触とあたたかさに心臓が激しく暴れ、一瞬で身体が熱くなる。
顎を引っ込めて、ものの一秒もしないうちにキスを終える。
あまりの恥ずかしさに後ずさって少し距離を取ろうとするも、ルイズィトは手首を一向に離してくれない。
バクバクと早鐘をうち、存在を主張する心臓に困惑する。
ルイズィトは私の顔を覗き込んだ。
「貴女はここに来てからずっと不安を抱えているようだ。腕輪のことだけではないだろう? 一体何に怯えている?」
思ってもいなかった質問に、ぎくりとする。
私の葛藤を見透かされていたらしい。無防備な一面を見せてしまった直後なだけに、咄嗟に目が泳いでしまいそうになるが、なんとか誤魔化す。
「私は小国の王女ですので、こちらでの全てに気圧されているだけですわ。全てが、私では務まらないのではないかと、いつも心配で」
実は中身が王女じゃないし、異世界から来たとはとても言えない。それに貴方の貴重な指環を盗みに来た、とも。
言い終えるなり、私は聖王宮の建物の方へとルイズィトの手を引いた。
「もうすぐ祈祷式が始まってしまいますわ。行きましょう」
ルイズィトは尚も何事かを言いたそうだったが、敢えてそうさせなかった。




