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聖王陛下はサプライズが、お好きらしい

 翌朝、私より先にルイズィトが起きていた。

 朦朧とした意識のまま目を開けると、彼は私を見下ろしていた。

 その紫色の瞳と視線が合うなり、秒で目が覚める。

 寝台にもたれ、私を見つめていたその紫色の瞳は、私が目覚めたのを確認すると、柔らかく笑った。

 朝一番でこんな美形の微笑みが視界に入ると、心臓に負担がかかる。しかも、どんな意味のこもった笑顔なのだろう。

 軽い動悸を感じつつ身体を起こすと、ルイズィトは言った。


「おはよう。あの衝撃の事件のあとで、そなたは随分気持ちがよさそうに眠っていたのだな」

「すみません……!」

「我が妃は頼もしいほどに肝がすわっているな」


 ルイズィトは寝台からするりと下りると、部屋の入り口から何やら手押しのカートを転がして来た。

 銀色の台には、朝食が並べられている。どうやら朝食がわざわざ部屋に運ばれてきていたらしい。

 寝ていて全く気づかなかった。私、どんだけ熟睡していたの?

 カートにはスープやパイ、果物などが積まれていて、美味しそうだ。

 ルイズィトは朝食を寝台の近くまで押してくると、私に言った。


「二人で食べよう。実は寝室の朝食とやらを、一度やってみたかったのだ」


 寝具から出ようとする私を制止し、ルイズィトはそつのない謎の笑みを披露しながら、パイがのる皿をこちらに差し出してきた。小麦の香ばしい香りが辺りに漂う。

 丸く大きなパイは、放射状に六つに綺麗に切り分けられている。

 ――これは手で取って食べろということだろうか。

 パイって起きがけに食べるには、かなり不向きな食べ物だと思う。かなり重いし、甘ったるいからだ。ポロポロ崩れそうだし……。

 尚も皿を押し付けてくるので、仕方なく六等分に切られた内の一つを受け取ると、飴色にこんがりと焼けたパイを食べ始める。

 パリッと歯応えのある生地の中には、風味豊かなアーモンドのペーストが入っており、脳を糖分が覚醒させる。

 中ほどまで食べた時点で、何か固いものを嚙った。それは親指ほとの太さのもので、ガリッと歯に当たった。


「何これ、何か中に入ってる……」


 モゴモゴと口の中から取り出すと、信じがたいことに、それは金属製の物体だった。

 危ないったらありゃしない。

 私の様子に気づいたのか、絶妙のタイミングでルイズィトが布巾を差し出してくれる。布巾で包むようにして口から出すと、それは指輪のようだった。

 綺麗に拭き取ると、それは銀色の指輪だった。

 台座の上に、薄い水色の硝子が流し込まれていて、その硝子に赤紫色の小さな押し花が閉じ込められている。

 料理人が間違えて入れてしまった……とは考えにくい。


「え、ええと、これは…」 


 顔を上げるとルイズィトが私の隣に座った。

 少し悪戯っぽく楽しそうにしている。


「私が入れておいたのだ。六分の一の確率でそれを引き当てるとは」

「陛下がこれを?」


 まるでフランスのフェーブみたいだ。

 冬に食べるガレット・デ・ロワというパイの中に、おみくじのように小物を突っ込んでおくのだ。

 焼いた後でパイの底から押し込むのだっけ。

 世界は違えど、聖界にもそんな風習があるらしい。

 ルイズィトは指輪を私の手から取り、私の親指にはめた。


「私が選び、私が作った押し花だ」

「陛下がこの指輪を作られたのですか?」


 ルイズィトはゆっくりと首を縦に振った。

 そして私の手を持ったまま、真正面から私を見つめた。

 意図しなくてもこちらの動悸が激しくなる。美形過ぎるからだ。


「ありがとうございます。――ちょっと予想もしない所から出てきましたけれど……大切に使わせていただきますわ」


 引きつる笑顔で私は甲斐甲斐しく頷いた。ついでにこの機会を利用しない手ない。ルイズィトの左手の甲にそっと触れ、何気なさを装って指輪の話を続ける。


「陛下は指輪がお好きなのですか? 左右のお手にたくさんされていますね。フランツ王国の男性は特別な祭事がある時以外は、指輪をしないんです」

「こちらでもそれは同じだ。こんなにつけているのは、私くらいかもしれぬ。これらは、私の地位の証として身につけているに過ぎない」


 証?

 ルイズィトの指輪に視線を落としたまま、首を傾げる。

 私は心の中では物凄く興味を持ちつつも、自然な流れで尋ねるよう心がけた。


「あらっ、左手の指輪は、全く同じものを二つされているんですね。――ダイヤモンドですか?」


 故意に間違えて聞いてみる。私ったら、スパイの才能があるかもしれない。

 するとルイズィトは破顔一笑した。


「これは神玉石の指輪だ。代々の聖王と王太子のみに継承される。春を呼ぶ儀式には、不可欠なものだ」

「ああ、フランツでも話には聞いておりました。これが神玉石なのですね。――だからいつも身につけてらっしゃるのですね。なくされたら大変ですものね」

「ああ、聖王位の簒奪を試みる者が現れるかもしれぬ」


 私の頰が強張る。

 それこそが魔王軍総司令官と魔王軍の目的だろう。

 私の狼狽をよそに、ルイズィトは己の左手を広げてそれを見下ろす。


「この二つは厳密には、同じものではない」


 ――えっ。どういうこと。


 頭の中では軽くパニックになりつつも、指輪から目を離して、たいして関心なさそうな風情を醸し出してみる。自分で言うのもなんだが、なかなかの名演技だ。


「同じにしか見えませんが」

「神玉石は全能神から聖王家が賜った神器だ。間違っても盗難になどあわぬよう、複製品と併用している」

「その二つの……どちらかは偽物ということですの?」


 ルイズィトは答えない。ただ、指輪を見下ろしている。しばらくしてから、彼は口を開いた。


「いずれにしても、これを奪おうとする者は天の裁きを受けるだろう」

「そ、そうですわねぇ〜。想像するだけで恐ろしいし、愚かな行為ですわ……」


 これ以上指輪を見つめていると、私の心臓に悪い。

 一番聞きたいことは何も解決していないが、これ以上掘り下げるのは危ない。




 その後、二人一緒に寝室で簡単な朝食をとった。

 寝台の上で平らげる、少しお行儀の悪い食事だった。

 ルイズィトも私も、布団の上に胡座をかき、スープを頬張った。

 スープはとろみのあるコーンスープのようなもので、ルイズィトは棒状のクラッカーのようなものをそこに浸して食べていた。

 私も彼を真似て、長いクラッカーを手に取り、スープにつけてから齧ってみる。

 するとルイズィトは目を輝かせて笑った。


「フランツではクラッカーをスープに入れる風習が?」

「いいえ。ですが陛下がなさっているので、見習いました次第です」

「――これは失礼した。私の悪い癖まで真似をする必要はない」


 再びクラッカーをドプンとスープに浸しながら、私は続けた。


「クラッカーに味が染みて美味しいですよ。悪い癖だなんてとんでもない」


 私たちはクラッカーを皿に突っ込みながら、声を立てて笑った。

 茶をカップに注ぎ、ルイズィトに手渡すと彼は柔らかな微笑みを返してくれた。

 その笑顔が、至極嬉しそうで戸惑ってしまう。

 特に会話はなく、お互い時折相手を探るようにちらちらと見つめた。

 私たちはそうして痛い腹の中を探り合った。

 果物を嚙りながら時折目を合わせ、相手を観察する。

 少々ぎこちない、奇妙な時間だった。


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