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聖王は離縁とは、無縁らしい

先ほど更新を間違えました。この話の前に、一話挿入しました。失礼しました。

 目を真っ直ぐに見つめたまま、私は勇気を出して重要な質問をした。


「私を魔王の手先として、殺しますか? それとも離縁を?」


 答えを待って震えていると、ルイズィトは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を左右に振った。


「離縁する気はない。歴史上、聖王が離縁したことはない。――この腕輪に私が気づいたことは、魔族には伏せておくのだ」

「分かりました。そのように致します」


 ルイズィトはしばらく私を見つめた後で、投げやりに片方の口角を上げ、言った。


「離縁できずとも、貴女を通して打撃を与えることが出来るな。――術は破ると術者に倍になって返るものだ」

「つまり……?」

「もしもの時は、腕輪を破壊させてもらおう。この腕輪を作った者は、無事ではいられないはずだ」


 その場合、私も無事ではいられないだろうけど。


「まったく。貴女は、とんでもない妃だな」

「返す言葉もございません」

「しっかりと返しているではないか」

「……すみません」

「今夜はもう、寝る」


 目を白黒させる私をよそに、ルイズィトは寝具を捲るとそこに横たわった。

 そのまま腕を伸ばして私を隣に横たわらせ、抱き寄せて私を腕の中に抱え込み、掛け布団を被る。


「陛下、あの、」


 ルイズィトが私の首筋をそっとなぞる。

 どきんと心臓が跳ねる。

 ルイズィトは吐息とともに囁いた。


「この裏切り者め」


 返事に困り、身じろぐ。

 ルイズィトから身体を離そうとするのだが、彼は私を抱き寄せる腕を全く動かしてくれない。


(えっ、何? ……なんで、このままなの?)


 ルイズィトの腕の中にすっぽりと包まれ、全身が急速に火照る。背中にルイズィトの胸と腹が密着し、彼の手が私を搔き抱いて、戸惑って暴れる私の手を握って落ち着かせる。冷えていた左手が、瞬時に熱くなる。


「陛下っ! 私まだ色々…」

「もう遅い。今夜はそなたのせいであまりに疲れた。休ませてくれ」


 いやいや、こちらはちっとも休めない!

 あまりに距離が近過ぎて、振り返れない。

 ルイズィトは意外と筋肉質な体型をしていた。

 抱きすくめられてしまうと、全然動けないのだ。

 硬く太い腕が私の上半身の動きを完全に封じ、彼の長い髪が私の頰に掛かる。柔らかな髪がくすぐったい。

 心臓がこれでもかと激しく、強く鼓動している。


「誓って今夜は何もしない」


 頭から火を噴きそうなその体勢で、仕方なく耐える。

 この異国の聖王宮で私自身を守れるのは、私しかいない。緊張で呼吸が浅くなる。

 しばらくその姿勢で我慢していた。

 異様な緊張の中の静けさが続く中、ルイズィトが尋ねてきた。


「ところで……フランツ国王は、くじ引きで貴女を選んだというのは、本当か?」

「ええ。私、くじ引きで当たりを引きました」


 ルイズィトは絶句した。

 でも亀の甲羅でフランツを選んだ神官長と、大差ないと思う。


「当たりを引いた瞬間、どう思った?」

「私、驚きすぎて気絶致しました」


 一瞬の沈黙のあと、ルイズィトは肩を揺らして笑った。 

 さも楽しげに笑っているが、私は緊張がまったくおさまらない。

 胸がどくどくと鳴り、その音さえもルイズィトに聞かれそうだ。

 ルイズィトは少し笑いながら呟いた。


「そこは嘘でも良い。嬉しすぎてと言ったらどうだ?」

「では、……陛下は、私が選ばれた時、どう思われました?」


 ルイズィトは後ろから私に手を回し、私の手に触れた。


「――どうあれ貴女は天が私の為に選んだ王女だ。この上なく特別な女性と出会える喜びが七割、といったところだろうか」

「では残り三割は?」

「そうだな……。相性が最悪だったらどうしよう、という不安だったかもしれない」


 ルイズィトが急に漏らした本音に、面白くなって思わず声を立てて笑ってしまった。

 つられたようで、ルイズィトも後ろで笑っている。微かにお互いの緊張が解ける。

 どうやらルイズィトも残り三割は嘘をつけなかったようだ。

 寝具の中で体を反転させ、ルイズィトを見つめる。


「この聖界を治める陛下でも、不安なことがあるのですね」

「勿論。立場上、不安は見せないようにしているが、実際にはこの立場には不安が多い」

「それはそうでしょうとも。広大な聖界と、十三の国々を治めてらっしゃるのですから」

「その上、妃は魔族の腕輪をつけていて、信用ならない。こうして腕の中に抱き締めていても、何を考えているのやら、まるで読めぬ」

「腕輪一つで、私を否定するのは早計かもしれませんわ」

「どうかな」


 ルイズィトは寝具の中で手を伸ばし、私の手首に触れた。そのまま手を滑らせ、私の指を広げて絡ませるように手を繋いだ。

 咄嗟に手を引っ込めたかったが、存外強い力で彼は離してくれない。


「ベル。貴女も、私のせいで死なせたりはしない。魔族の被害者であるというのなら、信じよう」

「寛大なお言葉、心より感謝致します」


 私はただ、枕に自分の頰を押し付けながら、ルイズィトの長い睫毛と異様に整った綺麗な鼻筋を見つめた。


 その夜は、緊張のためになかなか眠りが訪れてくれなかった。

 やがてルイズィトが静かな寝息を立て始めたのを耳にすると、私はそっと目を開けて彼の様子を窺った。

 ルイズィトは仰向けになり、左手を寝具から出し、胸の上に乗せた状態で寝入っていた。

 寝台が軋まないよう、細心の注意を払いながら起き上がり、ルイズィトの左手を注視する。


(相変わらず、同じ指輪を二つもつけてるじゃないの……)


 ルイズィトは薬指と人差し指に、透明な石が乗る銀色の指輪をつけていた。例の神玉石とやらの指輪だ。

 そっと手を伸ばし、ルイズィトの指輪に触れる。

 至近距離から眺めても、やはり同じ指輪にしか見えない。


(これを、本当に偽物と入れ替えられる?)


 どちらが本物なのか分からない。

 だがガル=アルトから手渡された複製品と入れ替えれば、次の春を呼ぶ儀式は失敗する。私がやったとはバレないかもしれない。けれどルイズィトの聖王としての権威は失墜するだろう。

 私の手首と、ルイズィトの名誉を、天秤にかけるようなものだ。

 短剣はまだ床に転がっていた。このままでは朝私たちを起こしに来る侍女が、間違って踏んでしまうかもしれない。

 ルイズィトを起こさぬよう寝台をおり、短剣を拾い上げる。

 無機質な銀色に輝くその刃を、しばし見つめた。

 ――ルイズィトはいつか、今夜私を殺さなかったことを後悔するかもしれない。

 短剣を持ったまま顔を上げ、ため息をつく。


「私は、誰の言いなりにもなりたくない」


 悔しい胸の内が、口から転がり出る。

 短剣を寝台の下に押し込むと、ふつふつと怒りが込み上げるのを自覚しながら、再び寝台に戻る。


(なんで、私がこんな目に。それもこれも、みんなあの魔王軍総司令官のせいだ)


 不意にルイズィトが寝返りを打つ。


(まさか、起こした!?)


 だが彼はゆっくりと息を吐きながら、ただ私に背を向けてそのまま目を覚ますことはなかった。

 左手は寝具の下に隠れてしまい、それ以上指輪を観察することはできなくなってしまった。

 溜め息と共に枕に頭を下ろすと頭を抱え、そのまま私も寝てしまった。

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