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もうすぐ私、聖王妃になるらしい

 この世界には、聖族と魔族がいた。

 北大陸には聖族が。南大陸には魔族が暮らしていた。


 だが誰もが北大陸を愛した。

 北大陸は美しい自然と四季を持ち、豊かで恵み溢れる場所だったから。


 北大陸には、十三の国々があった。

 その十三人の国王の頂点に立ち、北大陸全体を支配するのは、神の子孫である聖王だった。


 聖歴1113年。

 聖王のルイズィトは自身の妃選びに取り掛かった。聖界一の美男との呼び声高い、彼の妃選びは大陸中の注目を集めた。 

 聖王の妃を選ぶべく、神官長は伝統に倣って三日間の潔斎を行い、南の大海でしか取れない貴重な海亀の甲羅をエイヤと割った。そうしてそのヒビの入り具合から、どの国から妃を迎えるべきかを占ったのだ。


 甲羅は予想外の国を選んだ。

 北大陸一小さく貧乏で貧相な国、フランツ王国を。 




 フランツ王国には、激震が走った。

 フランツは聖界の東、北大陸の隅っこに申し訳程度に存在する、吹けば飛ぶような小国である。

 他の国からは密かに「フランツ村」と揶揄されている。

 フランツ国王は娘の誰を聖王妃として差し出すべきか、悩んだ。

 彼には六人の妃がおり、子沢山な上にどの王女たちも甲乙つけがたいほど、美人だった。

 最終的に適齢期かつ能力的にも問題のない王女を七人選ぶと、絞りきれなかった。

 そこからは天に意向を尋ねるしかなかった。

 ――くじ引き、という最も公平かつ簡単な方法で。

 聖王宮で生き残るには、運も必要だ。


「ごほん。……あ〜、私の七人の可愛い娘達よ」


 フランツ国王は広間に集めた王女たちに呼びかけた。

 一応、可愛いという形容詞をつけてはみたが、正直初めて見るんじゃないかと思う少女達も複数いた。

 子どもたちが多過ぎて、王太子以外の子どもたちには滅多に会わないので、顔と名前が一致しない。彼は基本的に子育てに興味がなかった。子どもは臭いし、うるさい。

 もちろん、オムツなんて替えたことはおろか、触ったことすらない。オムツは臭いし、うるさい。

 国王は玉座に座る自分を見上げる王女たちに、言った。


「我が王国、フランツは貧乏だ」


 フランツ国王の辞書に「プライド」という文字はなかった。

 国王は王女たちに力説した。


「天下の聖王宮から娘を一人差し出せと言われ、断れる国力は到底ない。だから、お前たちのうち、誰かに行ってもらう他ない」


 王女たちは皆硬い表情で、俯いた。彼女たちにとっては、聖王宮など、異世界のように遠い場所だから。

 国王と目を合わせたら自分が選ばれてしまいそうで、怖かった。

 国王は力説した。


「ワシも遠い聖王宮に娘を送るのは、気が進まぬ。――泣く泣く選ぶのだよ。覚悟を決めておくれ」


 国王は歳のせいか、乾いて仕方がない目を擦った。予定ではこのあたりで、すすり泣くつもりだったのだが、残念ながらうまくいかなかった。

 予定には変更がつきものだ。

 涙を見せるのは潔く諦め、国王はクジが入った紙袋を、居並ぶ王女達に差し出した。


「さあ、誰からでも良い。一人一枚、引くのだ。当たりを引いた幸運なる王女は、聖王宮にいらっしゃる聖王陛下のもとへと半月後に嫁ぐことになる」


 次々に手を伸ばし、震える手で各々クジを開く王女達。

 ハズレを確認するや否や、王女達が安堵する中、ついにひとりの王女が当たりクジを引きあてた。

 今年十九歳になる王女だった。

 国王は正面に立ったその王女を見て、おや、と目を見張った。

 こんなに美しい王女がいたとは、気がつかなかった。よく見れば、集まった王女たちの中で、一番美しいかもしれない。


「そなた、名はなんという?」


 自分の娘に名を尋ねるという、恥ずかしい行為をしている自覚はさらさらなく、国王は無邪気に尋ねた。

 だが返事はなかった。

 当たりクジを引いた王女は、『当たり☆』の字を見た数秒後、白目をむいて気を失ったからだ。


 彼女こそ、シャーロッテリナベル王女だった。






 ―――――――――




 上司がクソだった。

 今日もクソのせいで残業し、日付上は明日になってしまっている。

 仕事は部下に丸投げ。指示はいつも曖昧、でも部下の仕事内容が気に食わないと激怒する。

 もう、顔を見るのも声を聞くのすら、嫌で仕方がない。

 明日は土曜日だが、明日も出勤しないといけない。あまりにも忙しすぎて、最近の日曜日は夕方までずっと寝倒している。デートどころじゃない。

 まあ、彼氏がそもそもいないんだけど。

 自分のやるせない人生に怒りながら、ネオン煌く通りを歩く。

 高架橋をガタンゴトンと電車が走り、飲み屋に向かうサラリーマン達が、賑やかに歩いている。

 サラリーマンの聖地・新橋駅周辺は、夜中まで明るくて騒がしい。


「あんな奴、死ねばいいのに!」


 そんな風に上司を呪って横断歩道を歩いた。

 まさにその時。

 交差点に突っ込んで来る、大型トラックを見た。

 避けるヒマは一切なかった。眩しすぎるトラックのライトに目を固くつぶった次の瞬間、私の身体は空高く舞い上がった。


 そうして私は、横断歩道でトラックに跳ねられた。

 宙に舞い上がる桜井万里花(わたし)の視界にさいごに入ったのは、上から見下ろす白いガードレールだった。

 死ぬのは、私の方だったらしい。




 目を開けた時、視界に飛び込んできたのは風にそよぐ白いレースのカーテンだった。

 端に精緻な白い花が刺繍されたカーテンが、ふわふわと優しく揺れている。

 既に朝を迎えているらしく、部屋の中は明るい。

 近くで弦楽器が生演奏されているらしく、軽やかな音楽が聴こえてくる。

 思いっきりトラックに体当たりされたのに、どうやら死なずに済んだらしい。やたらゴージャスな病院に運び込まれたんだな、と不思議に思いながら、首を横に動かす。

 恐る恐る両手を上げるが、なんの痛みもない。


(おかしいな。骨一本折ってないみたい……)


 いや、骨どころか目の前に掲げてみた両手にも、傷一つない。

 だが妙な違和感だけは強烈にあった。

 ゆっくりと起き上がると、長い髪がサラリと肩に流れ、視野に映る。


「えぇ、な、何これ…」


 思わず髪の毛を鷲掴みにする。

 オカッパ頭だったはずの私の髪が、腰ほどまである長い金髪になっていた。


「シャーロッテリナベルさまぁ!」


 ばたん、とドアが開く音がして、女性が乱入してきた。

 メイド喫茶のコスプレでもしているのか、紺色の長袖ワンピースに白いエプロンを着けている。

 おまけに赤毛の外国人だ。

 なんでこんなコスプレイヤーが、病院にいるんだ。


「気がつかれましたか!? シャーロッテリナベル様は、当たりクジを引いて、卒倒されたのですよ?」


 その時、前方にある大きな窓に映る自分の姿に気がついた。

 私が二十四年間、見慣れた自分のシルエットとは全く一致しない。違和感にゾワゾワと全身の鳥肌が立つ。

 窓を凝視したままベッドを下り、次の瞬間私はあっと短く叫んだ。

 ベッドのそばに置かれている大きな楕円形の鏡に、私がうつっていたのだ。(まりか)――ではない、わたしが。

 鏡の中にいたのは、青いドレスを纏い、困惑に緑色の瞳を見開く、とてつもない美少女。彼女が私と同じ表情を浮かべてこちらを見ている。


「王女様? どうなさったのです? 聖王ルイズィト様のお妃に選ばれたのが、そんなに衝撃で?」


 赤毛の女性が私の肩に触れ、揺する。

 窓の美少女も時を同じくして、揺れている。

 白い磁気のような肌が、動揺のあまり更に透き通っていく。


(やばい。コレ、小説とか漫画にありがちなやつ?――転生? 転移?)


 いや、憑依かな。 


「でもルイズィト様は、聖界一の美貌の持ち主として、名を馳せていらっしゃる方ですよ! きっとお会いすれば、一目で恋に落ちますわ!」

「なんの話をしているのか、全然分からないんですが……」

「シャーロッテリナベル様ったら、来月嫁ぐのが、そんなに照れ臭いんですね! んもぅ」


 あまりのショックに、私は再び気を失った。




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