酒を飲まずに水を飲む〜拓と私シリーズ〜
危ない!
拓は星花をかばって建物の屋上から転落した。
「拓!たくー!!!」
星花が叫んだ。
「あれ?ここどこ?」
拓が気がつくと、いつの間にか夜になっていて、草原にリンドウの花が鈴なりに咲き誇っていた。空は満天の星空で、宝石みたいな星が今にも降ってきそうだった。
「花の中を覗いてごらん」
声がして、拓は言われるままに近くの花の中を覗いた。
「なんか、番号がふってある」
「その番号を追ってゆけば、会いたい人に会えるよ」
会いたい人?そんなのいたっけ?
拓はぼんやりと思った。とりあえず他にすることもないので番号を追って行った。
向こうに灯りが見えたので、花を覗くのをやめて、歩いていった。
「皆さま、今宵は飲み明かしましょう!」
ガヤガヤと人の群れの中に乾杯の声が響く。
「きみ!きみはこっち」
若い連中が拓の腕を掴んで細い小径を歩いていった。
「俺たちは、酒を飲まずに水を飲む」
そこでは硝子のコップにガチガチに冷えた水を注ぐと、みんなで乾杯!と言った。
「すげえ!五臓六腑に染み渡る!」
拓は興奮して叫んだ。
「酒ももちろんうまいけれど、この水は格別だ!」
「宮沢賢治のポラーノの広場だよ」
「なんだい?それ」
「知らないのか」
「知らない」
「戻ったら、彼女に聞いてみな」
「彼女?」
拓は星花を思い出した。
「やばい!助けに行かなくちゃ」
「拓!拓!」
耳元で星花の呼ぶ声がした。
「星花。……いでででで」
あばらを折ったらしい。
「大丈夫?救急車を呼んだわ」
「やばいのはなんとかしたのか?」
「無理!逃げてきたのよ。あとでリベンジしなきゃ」
「無茶しないでくれ」
「でも……」
「星花。ポラーノの広場って知ってるか?」
「宮沢賢治の童話かなにかでしょう?」
「どんな話?」
「シロツメクサの中を覗くと番号がふってある」
「シロツメクサ?リンドウじゃなくて?」
「もう!わけわかんないこと言ってないで、救急車来たわ!」
病院へ運ばれて行く間ずっとシロツメクサ?と拓は首をひねっていた。
「どうせしばらく治るまで動けないから、本を図書館から借りてきてあげる」
「ありがとう」
「落ち着かせて祠に返すのよ。何をもってきたの?」
「水」
「水?お酒じゃなくて?」
「お神酒よりこっちのほうが良いと思うんだ」
リベンジで建物の屋上にあるちっちゃな神社に向かう。
案の定荒ぶる神が出迎えたが、拓が持参した水を飲むとおとなしくなった。
お菓子を作る会社の建物だ。水は命ともいえた。
会社の社長さんに会うとアルコールの匂いがした。
「会社のためを思うなら、お酒はやめて上質な水を飲んでください」
その忠告に従うかどうかは社長さん次第だった。
「拓。今回はすごいね」
「そうでもないさ」
まんざらでもない様子で拓は笑った。




