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今日の更新、夜の部です。新たな異世界生物?が仲間に加わった、ようで
「うみゅ! ふーーーーーーーっ!!」
「むがぁ、うぎぃー」
夷やの二階は、ちょっとした異種族対決となっていた。
「にゅう、ほら、大丈夫」
「クロ、手を出さないの! こっち来て、座っててってばぁ!」
とりあえず、で、クロを連れて四人、夷やへ戻って来たのだ。
あの崩壊しかけた廃屋旅館に置いておくわけにはいかないし、さりとてすぐに借りられる部屋もない。
「今日明日くらいは仕方ないけどな。って、おい、ネコが怖がってるじゃないか。近づくな。近づけさせるなよ」
と源大朗が言うとおり、ネコ、つまりカーバンクルのにゅうは怖がってキアに抱き着き、その胸を駆け上って肩へ、背中へと逃れながら、
「ふーーーっ! しゃぁーーーー!」
威嚇する。
が、それがまたおもしろいのか、クロはしきりににゅうにさわりたがる。マレーヤがけんめいに止める、の繰り返しだ。
「ネコの『ふー!』より『しゃー!』のほうが怒ってるんだっけか、おい」
「『ふー!』は攻撃的、『しゃー!』は防御的というか怖がっている、という話を聞いたことがあります」
「ネコじゃない」
にゅうもまた、キアが拾って来た。
やはり空き家に住み着いていたのを偶然見つけたのだ。いつもはふさふさの前髪のような毛で隠れているが、額に赤い宝石のようなものがあって、第三の目とも言われる。カーバンクル族の幼体だ。
「けどこいつ、ほんとになんなんだろうな。正式な入管手続きで入って来た異世界生物とはとても思えねえし」
「にゅうもそうだし、偶然、誰にも見つからずにゲートを通って来てしまう生物って、ほんとうにいるんですね」
「ゲートは日々、世界中に発生しては、消えてるからな。けどそういうのってのは、ナノレベルの極小なものがほぼすべてで、生き物どころか、細胞やウイルスすら通れないってもんなんだが」
「いま国がちゃんと管理してるものなんかは、大規模で安定してるものだけで、逆に言えば、だからゲートとして人や物が行き来できているんですよね」
「でも、にゅうやクロは」
「ああ。奇跡だな。だから知られたら、興味を持つヤツや機関が多いだろうな。どうやってゲートを通って来たのか……」
そんな会話の最中、
「こんにちは」
新しい声に振り返ると、
「雄さん!」
そこに立っていたのは指月雄二。源大朗が呼んだのだ。年配の町医者で、異世界からの亜人の駆け込み医者とも言われる人物だ。
「こんにちは……」
以前、不法にゲートを突破して入国してきたキアの保護や監察ナンバー取得にも骨を折ってくれていた。
「ひさしぶりだね。……ぅん? その子かい。得体のしれない、異世界人っていうのは。どれ」
持ってきたカバンを開く。中から検査キットを取り出した。雄二もまた、ゴーグルにマスク、ゴム手袋もはめる。
「み、みんな出て! 出よ!? 下へ下りるの! ねっ!」
急にマレーヤ、あわてて全員にうながす。
「何だ、急に」
「おっさんは真っ先に出て! クロ、女の子かもしれないじゃん! 恥ずかしいっしょ! ほら、早く!」
なぜかマレーヤが顔を赤くしている。
「ほぅぅ」
クロはただ小さく声を上げているだけで、身体をさわられても不思議とされるがままだ。その胸に聴診器を押し当てる雄二、
「うん。そのほうがいい。有害なものがないとも限らないからね。そもそも、こうしているいまでも、確実性はわからない」
その言葉に、
「ぉ、う。じゃあ、雄さん、頼みます……、と」
急に立ち上がり、階段を下りていく源大朗。キア、アスタリ、マレーヤも続く。
「最初っからクロに毒とかあったら、マレーヤもう死んでるから、ぁはは! だいじょぶだいじょぶ!」
「症状が出るまで時間がかかる毒も、ある」
「ぅー、キア、やなこと言わないで!」
「あら、いまお茶をお持ちしようとしたところなんですけれど」
ラウネアが淹れたお茶は、一階の事務所で全員が待ちながら飲むことに。
「……ヤドクガエルって、さわるだけで毒にやられるんだろ? 人が死ぬほどの猛毒なんだよなぁ」
「その毒を矢じりに塗って、毒矢にしたんですよね」
「フキヤガエルっていうのも、いる」
「やめて! クロは毒ガエルじゃないってば! なんでそんな話してんのよ。……でもけっこう時間かかってる? もう三十分くらい?」
「まだ二十分。……ぁ」
そうこうするうちに、階段から音がして雄二が下りて来た。
「お疲れ様でした。どうぞお座りになって、お茶、どうぞ」
ソファーに空けられた席に腰を下ろし、雄二、お茶をゆっくりとすすって、
「毒はありません。ほかに、有害なものもありませんでした」
「ほらぁ! クロは大丈夫って、決まってんだから!」
「わかったわかった。で、あいつの正体は……」
源大朗の問いには、
「それが、わかりませんでした。毛の中をさぐってみると頭に二本の突起があって、角、と言っていいかもしれない」
「角……、鬼、か……」
「牛頭、ミノタウロス……、そんな種族なのかもしれません。どちらにしてもまだ幼体で、今後の成長を見てみないと、というところですね」
「そうだったんですね。食べるものは、どんなのでしょう」
「ん? ラウネア、なんでそんなこと気にする」
「だって、お食事の用意がありますもの。ね。外に行って食べるというわけには、いかないでしょう」
どうやらラウネアは、これからクロの世話をしないといけないと思っているようだ。
「おいおい、ここにずっと置いておく気はないぞ。なんたってウチにはいろいろ訳ありなヤツが、んんっ! 多くてな。あー、ネコとか、なぁ」
ネコ、と言われて、
「……」
「んにゅぅ?」
キアが目線を逸らす。キアに抱かれたにゅうも反応したように見えた。
「クロはマレーヤが面倒みるもん! マレーヤが育てるの! だってマレーヤが見つけて、マレーヤがあそこに隠しておいたんだから!」
「どうやって」
「どうって、だからぁ、まずは、マレーヤたちの部屋でいっしょに」
「ダメです。それはダメ」
「ダメって、アスタリ、なんで。ひどぉい!」
「あのコといっしょに住むのは困ります。お時さんにも相談しないといけないし、わたしも困るし」
「なんでなんで~! クロ、かわいいよぉー。それは、見た目はちょっと変だし、変なもの食べてたし、でも! マレーヤがちゃんとするし、いい子なんだよ! 差別はダメだよぉ。アスタリ、わかって!」
必死なマレーヤに、アスタリの表情が少しゆらぐ。しかし、
「だ、ダメ! やっぱりダメ。だって、これからどうするんです。あのコが大きくなって、今の姿と変わってしまったら? どれだけ食べるのか、いつまで生きるのかだって。それまで何年も、何十年も面倒見るとか育てるとか、とても無理ですから」
正論だった。
「でも、でも! マレーヤがなんとかするもん。もっと稼ぐし、喫茶店だけでなく、他のバイトもするもん」
「学校は、どうするの」
「学校も行くもん! ぶー!」
「マレーヤが学校行ってる間、誰がクロの面倒見るの」
「それは……、うー、うー、うー! みんな意地悪っ! マレーヤが見るもん! 学校行かない! マレーヤが全部面倒見て、クロについててあげるの!」
「だったらバイトもできないぞ、って、うわっ!」
源大朗に向かってマレーヤが、テーブルの上のペンを投げつけたのだ。なんとかペンは源大朗がキャッチしたものの、
「あっぶねえな、こら!」
「なによ、ジジイ!」
「うわ、おっさんからジジイにランクアップかよ、おい、いいかげんに」
「はいはい、そこまで」
それまでじっと見ていた雄二が湯飲みをテーブルに戻して口を開いた。
「たしかに、ちょっとイジメ過ぎだね、そのお嬢ちゃんを」
「お嬢……、マレーヤのこと? マレーヤ、お嬢さまだったんだ!」
「そういう意味じゃない、と思う」
「あはは。元気なお嬢さまだね。いいと思うよ。さて、わたしからちょっと言いたいんだが、ようするにあのコ、クロちゃんかい? をどうするか、どうしたいのか、ということだね。わたしや源さん、つまり大人たちがだ、年端も行かない嬢ちゃんたちに、あれはダメ、これはいかん、とダメで縛り付けてもなにも解決しませんよ」
「それは、そうなんだが……、いや、わかってたんだがな。そうです」
「うん。こういうときは選択肢を整理しよう。いちばん簡単なのは、あのコを当局に引き渡すことです」
「ダメーーー! それ、ぜったいダメぇええ!」
「ふにっ!」
マレーヤの大声に、にゅうがびくっ、としてキアにしがみつく。その背中をなでてやるキア。
「そう、もちろんそんなことはしたくないし、しないよ。当局にとっては、ああいう生き物はかっこうの研究素材です。よくて一生監禁飼育。悪ければ……」
「それは、オレたちも言ってたんです。たしかに、そうはしたくない。しちゃいけないんだ」
「そうだよそうだよー! だからマレーヤががんばってクロのこと育てるんだもん。いいんだよね!」
「にしても、おまえがなー」
「ほかに誰がいるってのよー! ぅー、クロ、かわいそう! みんなに嫌われて、マレーヤが助けてあげるからね! ぅー、ぅぅううう……」
「おい泣くな。なんで泣くんだよ。いまいいほうに」
「ええ。そのことなんです。多少のことなら伝手を使って強引に異世界人証明書や滞在登録も取れるんだけどね。こんなふうに誰も見たこともない、生態もわからない新種だとね。こんどばかりはわたしもお手上げなんです」
「え、じゃあ、やっぱり……ダメ」
「えー、えー、えー! さっきいいって言ったじゃぁん!? 飼っていいって、言ったよぉお!」
マレーヤの訴えが駄々っ子レベルに、手足をバタバタさせ始める頃、
「ぁ、でも、誰も見たこともない、生態もわからない、って……」
アスタリが気づく。
「生態がわかればいい、ちゃんと飼って、飼えてるって」
キアも。
「なるほど。ちゃんと問題なく飼って……、いっしょに暮らしていますよって、実績があれば、ですね」
「ずいぶん違うって、証明書や登録もできる、って、そういうことだな、雄さん!」
ラウネア、源大朗も言う。
「そういうことです。もうひとつの選択肢というわけだ」
雄二がニコッ、と微笑んだ。
夷やの店内がいっきに明るくなった。
「ほんと……? やったぁ! これでマレーヤ、クロのお姉ちゃんだね! うーんといいもの食べさせてあげるからね!」
「けどやっぱり、ここに置くんですか。夷やさんの二階に」
アスタリが口にすると、
「ぅー、にゅぉおお」
感づいたようににゅうが声を上げた。しきりにキアになにか訴えている。しまいにはキアの顔をペロペロなめだす。
「ぅ……、にゅうが、苦手だからいっしょなのは難しいと思う。慣れ、かもしれないけど、まだわからない」
「だったらだったら! やっぱりマレーヤのとこがいいよぉ。ね、アスタリも、いいよね、もう。実績作りなんだし、アスタリも証人になってくれるっしょ。ね!」
「まぁ、そうですね。マレーヤが責任もって育てるなら、協力します。けど」
「けど? ほかになにかあったっけ。これで問題ない……」
「なにが問題ないんだい? んん?」
カラッ、といつもより軽い響きで開いた表戸の向こうには、
「……お時」
「婆あ……」
マレーヤ、続いて源大朗の顔が引きつる。
店内の全員を睥睨しながら、お時は、
「ふん!」
かぶりを振った。
明日も昼から更新予定です