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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第二章 マレーヤの秘密の「仕事」
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今回から新章です。レギュラーキャラのマレーヤ、何やら秘密が……?

「じゃあね~! バイバ~イ!」


 夕日が空を茜に染める。


 帰り道、手を振り合って別れる女子生徒たち。


 そのひとり、マレーヤが、


「えっと、あの……、あたし、ちょっとこっちに用事あるし!」


 と、連れのアスタリに。


「こっち、って? 早く帰って、お店の準備しないと。オーナーに怒られますよ?」


「まぁ、そうなんだけどさ。すぐ! すぐ帰るし! お時婆さんにはうまく言っといて、アスタリ、ね! お願い! じゃっ!」


 早口でまくし立てると、ミニスカートの裾が翻るのもかまわず走り去っていくマレーヤ。途中振り返って、飛び上がりながら手を振るのが見えた。


「ぁあ、もう。お時さんになんて言ったらいいのか。昨日もそうだったし、マレーヤ、なにやってるんだろう。怪しい、よね……」


 メガネの奥、ため息交じりにアスタリの目がかすかに光った。




「なに、マレーヤに男ができたぁ?」


 夷やの店内。


「ち、違います。もしかして、マレーヤに彼氏ができたのかも、って」


 あわてて訂正するアスタリ。


「同じだろ。ったく、ガキが急に色気づきやがって、なぁ」


 源大朗の声に、キアがピクッ、とネコ耳を震わす。


 ラウネアは、


「言いすぎです、源大朗さん。でもほんとうなら、マレーヤさんにも春が来たってことなんじゃないですか」


 と自身のパソコンデスクから微笑む。


「春ねえ。あいつの頭ン中はいつも春みたいな感じだけどな。で、どうなんだ。その相手の男ってのを、見たのか」


「いえ、そこまでは。ただ、このところ続けて、下校途中にマレーヤが、ひとりで離れて行っちゃうんです。用事があるから、って。二時間くらいすると、帰って来るんですけど、なんだか制服は汚れてるし、お金を貸してくれ、とか」


「お金、を……」


 こんどはキアが声を上げる。


「そりゃあマズいな。悪い男に引っかかってるっぽいぞ。いまのうちになんとかしたほうがいいかもな」


「やっぱり、そうですよね」


「ああ、そのうちにな。変なクスリを飲まされたり、そのクスリが欲しかったら金をもっと持ってこい、とかな。金がないと、悪い店に売り飛ばされたり、だ」


「怖いです! すぐやめさせないと!」


「ははは! 冗談! 冗談だ。……とも言い切れねえんだよ、なあ。この東京じゃあ」


「マレーヤさんには聞いてみたんですか?」


「はい。けどいつもごまかされちゃって。転んで制服が汚れた、とか、クリーニング代を貸して欲しい、とか」


「尾行」


「えっ?」


 キアのひとことに、顔を見合わせる全員。次の瞬間、全員がうなずいていた。


「じゃあ、明日決行、です!」


「わたしは、留守番ですけれど」


 ラウネアだけがそう言って微笑んだ。




「いいですか」


「……ぅん」


「なんでオレが……」


 翌日の午後。


 例によって下校途中、


『じゃ、あたし、ちょっと用事あるから。ごめん! アスタリ、お時婆さんにはうまく言っといて! じゃあね!』


 ひとりでマレーヤが行ってしまった直後。


 付近の路地から顔を出したのがキアと源大朗。マレーヤの後ろ姿がまだ見えているうちに、尾行開始となる。


「マレーヤが変な男とつきあっているかもって、可能性がありますから」


「源大朗は、変なヤツ対策」


 渋る源大朗が参加させられている理由だった。


「面倒担当とか、ぜんぜんうれしくねー。あとでアイスでもおごれよ。ったく」


「女子中学生や女子高生におごれとか言う中年、ありえない」


「くっ! だからオレは中年じゃ……、あーあー、はいはい、わかりました。面倒役でもなんでもやってやらぁ。中年の底力、見とけよ」


「中年の底力、って……」


「あ! 曲がりました。急いで!」


 女子中学生でケットシーのキア、女子高生でスピンクスのアスタリ、不動産店中年社長の源大朗、という、言われてみれば異色の三人組が、これまた女子高生スピンクスのマレーヤを白昼いそいそと尾行し、追いかける。


 言われなくても充分へんてこな展開だ。


「……街のほうへ歩いてくな」


「こっち、池袋駅のほうですよね。やっぱり繁華街のいかがわしいお店に」


 マレーヤはあたりを気にすることなくずんずん歩いて行く。まったく周りを見ない。目的地以外、興味がないというふうだ。


「また曲がった。急いで」


 こんど曲がったのは、なんでもない路地で、


「住宅街のほうへ行くのか。こりゃいきなり彼氏のアパートでまったり、ってヤツか、不良娘め」


「やめてください。そんなことありませんから。マレーヤ、お気楽そうに見えて、けっこう芯はしっかりして……」


「見えなくなった」


「あ?」


 小走りに三人、マレーヤの消えた地点へと急ぐ。


 車どうしがようやくすれ違える程度の道の傍らに、そこだけシャドーをかけたように暗い空間がある。


「これ……」


「空き家、だな。こんなところにもあったんだ。わりと近いのに、知らなかったな。けっこうデカいぞ」


 仰ぎ見るほど大きい。


 もとは旅館かなにかだったのだろうか。入母屋造りの木造二階建て。


 周りの空間まで暗く見えるのは、うっそうと大きな木々がいくつも生い茂っているせいだ。


 だが立派な建物も、目を凝らせば細部は壊れ、ガラス戸は割れ、屋根は穴が開いて、一部は崩れ落ちている。


 もともとの塀をさらに囲って、金網のフェンスが張り巡らされていた。そのフェンスもまた、赤さびに塗れている。


「マレーヤはどこに行ったんでしょう。このあたりで、見えなくなったのに」


「そこ」


 アスタリが言い、キアが指さす。


 フェンスの網がめくれたように開いている部分があった。地面もそこだけえぐれていて、


「ここから入ったのか。んー、かなりきついな。ぐわー、飛び出してた金網が袖に引っかかった!」


 それでも源大朗、なんとか突破。


 源大朗が通れるなら、と、残りのふたりも難なく……、のはずだったが、


「きゃっ! なんでお尻つかえるの。もぉ! そんなにお尻、大きくないのに。こんなのおかしい!」


「……」


 キアが無言で押し込み、アスタリもなんとかフェンスをくぐり抜けた。建物の前で、


「……ほんとにこの中にマレーヤ、いるの」


「こんな崩れかけの旅館で逢引してたら、その彼氏はヤバいヤツ、ってより、変なヤツだろ」


「ひき肉は関係ないと思うんですけど。えっ、あいびき、ってそういうのじゃない?」


「あっちが入り口」


「けどマジで危ないぞ。最低でも工事用ヘルメットは欲しいところだが」


「わたし、取って来ましょうか。夷やさんに戻って」


 アスタリが言う。しかし、


「行く」


 キアがひとり、入っていく。一瞬止めようとして、源大朗、


「んまぁ、あいつはネコだから、狭いところとかはお手の物なのかもな。まえに、空き家でネコを飼ってたし」


「あ、いま夷やさんの二階にいる、カーバンクルの、にゅう」


「ああ。ネコがネコを飼うなんざ、下手なしゃれだぜ。にしても、また野良ネコ飼ってた、とかいうオチじゃないだろうな……」


 源大朗、無精ひげをなでる。


 一見のんきに見えて、その手はいつでも連絡がとれるよう、携帯ガラケーを握ったままだった。




「ふーん、ふふーん。クロ! あれ、どこにいるの? 出ておいで、クロ~! マレーヤが来てやったぞー。……またひとりでどこか入り込んじゃったのかな。けっこう広いから、探すの大変だよー。うわぁ!」


 バリッ! 急に床の板が割れて落ち込み、マレーヤの足がくるぶしまで沈み込む。あわてて飛び退く。


「あっぶなーい。ここも床板腐ってたんだ。ケガするよぉ。それでなくとも制服汚してアスタリに叱られたんだから」


 言うまでもなくマレーヤ、空き家の旅館の中をひとり、歩いているのだ。


 玄関から入って、部屋ではなく厨房のほうを進んでいる。そのあたりはいつも歩きなれているようなのだが。


「あれー、おっかしいなー。どこ行ったんだろ」


 そう言うとマレーヤ、スクールバッグからガサガサと袋を取り出す。中には、さらに紙につつまれた食パンが入っていた。


「ほら、クロ! おいで! 出ておいでー! 来ないと、なくなっちゃうぞー。マレーヤが食べちゃうよ! ……あいつ、けっこう贅沢だからなー。こないだもクリームパンは食べたけど食パン残したし。あー、キャラメルの残りあったっけ。これの匂いで出て来ないかな」


 ポケットからキャラメルも。薄紙を剥いて頭の上にかざし、振って見せる。


「ダメかなー。……ぅん?」


 視界をなにかが横切った気がして、マレーヤはそちらに向かって歩き出した。


挿絵(By みてみん)


「マレーヤ、どこ?」


 こちらはキア。


 呼んでも返事はない。だいいちキアの小さな声では届かない。


 制服のポケットからスマホを取り出したキア、操作しようとして、またポケットに戻した。


 電話なら繋がるだろう。


 けれど、マレーヤはすぐそばにいる気がして、発信ボタンに触れる気がしなかった。


 マレーヤの「男」を突き止めようとする尾行は、いつの間にか趣旨が変わって、空き家探検と隠れ鬼のようになっている。


 けどもう、


「きっとネコか、犬だ」


 キアもこんなところにマレーヤの彼氏がいるとは思っていない。事情を突き止めたら、それでいい。


 その事情がどうあれ……、


「ん……、!!」


 キアが考えていたときだ。突然、目の前を黒い影がかすめた。


 と思うと、視界の端でターン、すばやくキアに迫って来る。それはもう、跳びかかって来ると言っていい。


 思わずキアが飛びずさり、両手を床に、身を低くしてかまえたほど。頭のネコ耳は毛が逆立って大きく、けれど伏せられ、シッポも低く、しかし膨らんでいる。


 その両手の爪は大きく強く、剥き出されて床板に食い込む。


 ケットシー本来の姿、キアは戦闘モードに無意識に変わっていた。そのキアの、


「……ぅぐぅ!」


 さらに上を行くスピードで影は跳ぶと、


「ぇっ、ああっ!」


 肩にかけたキアのスクールバッグをつかみ、奪い取る。


 いや、手ではなくバッグのストラップに噛みついたのか。それすらわからないほどに速い。


 あおりをくって横倒しに倒されたキア。


 瞬時に身を起こすのと、手の爪を相手に向けて振るうのとが同時、


「ちょっと! 何やってるのよ! タンマタンマ! ほら、止まって止まって、ふたりともっ!」


 そこへ声とともに飛び出して来たのは、


「マレーヤ!?」


「ふまっ!」


 マレーヤを中心に、キアともうひとつ、いや、もうひとりが向かい合う。


 その相手。


「もう、ダメじゃんクロ~。マレーヤはこっちだよぉ。これはキア。あー、カバンが欲しかったんだ。食べ物なんか入ってないよ。ほら、こっちだってば」


 ようやくマレーヤがしゃがみこんで差し出す食パンに、


「はぅぐぅー」


 飛びつく、かぶりつく、その影。


「なに、これ……、真っ黒」


 キアがつぶやいた。


明日も更新予定です

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