6
デュラハンの部屋探し、最終回です
店の表戸が開いて、入って来た人物。
「ぁ」
「おっ!」
源大朗が、ラウネアやキアが一瞬戸惑い、しかしすぐに目を見張る。
白のロングコートに、白のつばつき帽子。白のハイヒールロングブーツが足元を、そして手にも光沢のある白のシルクグローブ。
帽子からはシルバーの髪がこぼれ落ちている。
夷やの店内がいっきに光り輝くような、その女性の周りだけが異次元で切り取られたような錯覚にとらわれる。
女性がゆっくりと、白いサングラスをはずして、
「ご無沙汰しています、源大朗社長。こんばんは、ラウネアさん、キアさん」
その声に、源大朗。
「ミナ! ミナさん、だよな」
「はい。その節は、お世話になりました」
「ミナさん、まぁ!」
「……」
立ち上がり、駆け寄るラウネアと、会釈するキア。その顔にも、笑顔がある。
ミナ。
以前、この夷やで物件を紹介した透明族の亜人の少女。そしていまは、
「聞いたぞ。一流のファッションモデルだもんな。立派なもんだ。いや、すごいすごい。もう一年もまえだったか」
「一年以上になります。あのとき、このお店で物件を紹介していただかなければ、源大朗社長が、アイデアとヒントをくれなければ、いまのわたしはありません。源大朗社長やみなさんに、感謝してもしきれることは」
「なーに言ってる! オレたちは大したことはしてねえさ。ただ仕事をしただけでな。いやそれにしても懐かしいな。てほど昔でもないが。うれしいよ、なぁ、ラウネア、キア。とにかく座ってくれ。今日はどうしたんだ」
「また部屋を紹介してもらいたくて。いまのところが手狭だし、それに、もう少し都心に近いほうがいいかなって」
「うちなんかでいいのか? もう売れっ子なんだ。もっと高級な物件を全国チェーンの不動産店でいくらでも、なぁ」
「いえ、ここでお願いしたいんです。お部屋探しは、夷やさんに決めてますから」
「はい、椅子」
キアが、事務机の椅子を差し出す。
「そいつはうれしいな! てか、そんな椅子しかないのか。せっかくミナが」
「いえ、いいんです。それより、お客さまが」
ミナが気を遣うのは、もちろん先客のハンナだ。
「あ、こんにちは……」
「ごめんなさいね。途中でおじゃましてしまって」
「いいえ! わたしもそろそろおいとましようかって、思ってたんです。いろいろ相談に乗っていただいたんですけど、ちょっと難しいかなぁ、って」
「おいおい、これからだぞ。そんな、すぐにあきらめるな」
「そうですよ。物件もそうですし、みんなでもっと考えればアイデアだって」
「ラウネアの言うとおりだ。考えればいいアイデアが……、ぅん? アイデア……」
源大朗、そこでハンナの顔をまじまじと見る。そして視線はミアに。またハンナに、ミアに、といきつ戻りつを繰り返し、
「あ、あの、わたしの顔に、なにか」
「どうしましたか」
戸惑った表情を浮かべるそのふたりを、さらに見つめて、源大朗。
「そうだ! この手があったか、よぉし!」
……それから、およそ一か月。
「こんにちは!」
表戸が開くのと、ほぼ同時に元気な声が夷やの店内に響く。
見ると、
「お、ハンナじゃないか。見違えたな。見たぞ、ショーの動画!」
源大朗が言うのに負けじと、
「ステキでした! ミナさんとのコラボ、ファッションショーの革命だ、とか、もうこれはファッションアートだ、とか、すっごく評判ですよ!」
「良かった……、すごく」
ラウネアやキアも。
「そんな。ほんと、驚いちゃって、わたしも、全部ミナさんの仕切りだし、おかげなんです。わたしなんてなんにも」
あのとき、源大朗が思いついたアイデア。
『ハンナをファッションショーに出してみるってのは、どうだ』
その言葉に、
『えええっ!?』
店内にいっせいに動揺、衝撃、歓声が走る。
『わ、わ、わ、わたしが? ですか、わたしがまさかファッションショー……、遊園地のアトラクションのほうがまだ』
『モデル、首なしの……』
しかしミナ、源大朗の意図をすぐに理解して、ハンナを見つめる。
そこからは、むしろミナのほうが積極的だった。
半ば強引にハンナを直近の小規模なショーにモデルとして出演させる。もともとスタイルは良かったハンナ、ミナの指導で見る見るウォーキングなどをおぼえ、デビューしたのが一週間ほどまえ。
最初はダミーヘッドをつけて、さらにはヘッドなしでの登場が、会場に衝撃をもたらした。
透明人間のミナが、服そのものをアピールするのを、さらに進めたコンセプトが、デュラハンのハンナによって、首無しの洋服が歩く、というスタイルとなって成立したのだ。透明に服だけ、とはまた別の、肉体性を持ったマヌカン=マネキンぶりが評判を呼んだ。
ネットニュースなどでさっそく配信され、反響は世界にも及んだという。
「車の免許も、取りに学校へ行ってるんです。車だったら頭をシートの上の位置に固定して、身体のほうで問題なく運転できますし、見た目も不自然なところがまずないので」
「混んでる電車とはおさらばだな」
「良かったですね!」
源大朗とラウネアに続いてキアも、
「声優の仕事にも」
「はい。ファッションの仕事は、きっといまだけかなって、そう長くは考えていないんですけど、その間に、声優のお仕事にも近づけたらって。あっ! 遊園地のホラーマンションの首なし美女! ぁ、美女は、どうか、なんですけどその、首なし怪人の仕事も受かったんです! ファッションショーをやってみたら、なんでもできそうな気がして。遊園地のアトラクションだって、声優のお仕事にぜったい役立ちますよね!」
「うん、きっと繋がってる」
うなずく。
「そうだな。すぐファッションモデル一本、よりもいいかもしれんな。なんたってそれだけ選択肢が増える、広がるってことだ。芸能って意味じゃ業界も近いしな。それで、今日はどうした」
源大朗の問いに、ハンナ、笑顔で答えた。
「改めて、お部屋を紹介して欲しいんです。あのときは、お仕事が先に決まって、部屋はまだでしたし。条件は、まえより少し楽になってますから、ぜひ、夷やさんでって、ミナさんも」
「そうかそうか。おう、まずは、入ってくれ!」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃい」
夷や、今日は朝から盛況である。
明日から第二章を掲載します