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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第一章 デュラハンにできること
3/26

3

今回は間取り2軒付き

「……ここ、だな」


 源大朗が見上げる視線の先に、物件があった。


 夷やの社用車、軽のデッキバンで一時間弱、走った先の、


「あの、この辺って」


「北千住」


 ハンナの問いに、キアが答える。


「いま住んでる、亜人……異世界人専用の公営宿舎が市ケ谷だったな。そこから御茶ノ水まで電車で七~八分、に較べればちょっと遠いが、地下鉄だとニ十分程度ってとこだ」


 車中でも聞いたハンナの事情。


 現在の住居は、異世界からの亜人用の宿舎だ。各地に行政が持っていて、この場合は東京都の住宅、都営アパートのようなものと考えるといい。


 都営アパートと同じように、家賃は相場に較べるとかなり安いが、違うのは、あくまでも一時的な利用に限られ、事情にかかわらず最長で二年ほどしか住めないこと。


 それも、


『基本、ふたり部屋、なんです。いまいっしょなのは、ドワーフの同い年の女の子なんですけど、やっぱりちょっときゅうくつかな、って』


 そんなだから、ハンナはひとり暮らしの物件を探そうと思い立ったのだ。


「きた、せんじゅう、ですか?」


「字は「せんじゅう」だけどな。きたせんじゅ、って読むんだ。江戸時代には「千住宿」って宿場町だったんだ」


「南千住って駅もある」


 荒川区一の繁華街と言ってもいい北千住。


 荒川と隅田川にちょうど挟まれた千住、千住宮元町、千住河原町、千住緑町など、文字通り千住一帯の中心駅だ。


 北千住の南には隅田川にかかる千住大橋があって、国道四号線、つまり日光街道を通している。


 この千住大橋、もとは江戸時代に架けられたもの。その頃は現在の隅田川が荒川で、千住が江戸の、北の玄関口だったのがわかる。


 宿場町といえば付き物の、岡場所、つまり当時の風俗店が並ぶ「悪所」でもあり、昭和の頃まではそうした風情もまだ見られた。


 それが九十年代からの開発ですっかり装いを変え、二千年代からは高層ビルや大規模な高層分譲マンションも立ち並び、いまでは若年層やファミリー層の人口が大幅に増加している。


「西のほうに較べれば相場も一、二割は安いしな。そんなだから、ここんとこは住みたい街のベスト10に入ってるほどだ」


「穴場だと思う街ランキングの、一位だって」


 スマホを見ながらキアも。


「一位かぁ。昔の北千住を知ってる者にしたら、信じられないような変わりっぷりだな。いや、いいほうに、だけどな」


「源大朗って、ほんとは六十歳くらいなの? それとも江戸時代生まれ……」


「んなわけあるか! ……ぅ、まぁいい。ここはとにかく便利だぞ。北千住の駅はJRは常磐線と上野東京ライン、地下鉄千代田線が乗り入れてる。千代田線は新御茶ノ水駅に繋がってて、反対側はそのまま常磐線に接続してるからな。ほかに東武伊勢崎線も入ってるし、このあたり、千住仲町は京成本線の千住大橋駅へも十分以内だ。ああ、メインの北千住駅には五、六分てとこだな。便利が良すぎてくらくらしてきたぞ」


「なんでくらくら。とにかく、入って」


 ようやくキアが、鍵を開ける。


 物件は二階建てのアパートだった。


「軽量鉄骨造だから、いちおうマンションの部類だけどな。一階の、広さは二十平米のワンルーム。建物は南向きだが、玄関が南だから、窓は西と北向きになるな。築二十年。家賃は五万の、管理費三千円だ。悪くないんじゃないか」


 源大朗が話している間、キアがスリッパをそろえて、配電盤のブレーカーを上げる。照明を点けると、薄暗かった室内が浮かび上がった。


挿絵(By みてみん)


「……そう、ですね」


 ハンナが室内へ上がる。


 窓の外や水回り、収納を見てまわる。


 最初に夷やに現れたときの、偽の頭部こそ装着してないが、本来の頭をトートバッグに入れて肩から抱えていた。


「どう?」


 キアが聞く。


「そうですね……、いいんじゃないかなって、思います。いいかも」


 いい、と言いながらハンナの声に弾んだところはない。トートバッグのネット越しなので、表情はわからないが。


「まぁ、築二十年だから、部屋のきれいさってことだと、いまいちかもな。リフォームは、四、五年まえか。まえの住人は喫煙なんかはしてなかってみたいだがな」


 頻度にもよるが、喫煙者が住んでいるとどうしてもタバコの臭いが残る。


 もちろん退去後にハウスクリーニングが入るが、壁紙や天井に染み込んでしまった臭いは、なかなか取れない。


「ええ、そういう嫌な臭いとかは、しませんね」


 源大朗もキアも、ハンナの反応を見ながら思っていた。


 こんなふうに、積極的に嫌うのではないにしろ、あまり楽しそうでもない、というのはいまひとつ決め手に欠ける状態だ。


 経験上、こんなとき、もうひと押しすれば成約に至る場合もある。少々強引に、あるいは理詰めで……。


 しかし源大朗、キアを見ると、


「別のところに行ってみるか。北千住でもう一軒、あったよな」


「うん。ここから歩いて十分、くらい」


 キアもまた、すぐにうなずき、タブレットで物件を表示する。


「よし、行くぞ」


「ぁ、はい!」




「ここですね!」


 物件の前で、ハンナが声を上げる。


 あいかわらず顔はよく見えないが、さっきより明らかに声のトーンは明るい。


「じゃあ、入ってみるか」


 源大朗が言い、キアが鍵を開ける。部屋へ入ると、


「わぁ、明るい!」


 ハンナのテンションはさらに高まった。


 物件は、


「駅徒歩十分ってことになってるが、もうちょっとかかるな。二十四平米1K。いちおうキッチンを遮る扉があるが、まぁ、外しちまえばいい。二階建ての二階。南西向きにバルコニーがあるのもいいな。たっぷり光が入る」


「はい! それに、あれ」


 ハンナが指さす。正確には、ハンナの身体が指をさし、バッグに入った頭を掲げるように持ち上げた。


 指さす先、そこには、


「そうそう、この部屋はロフト付きだ。ロフトが付いてるといいんじゃないかってのは、キアが」


「このロフトに頭を置いておけば、上から見下ろして身体を操作できるんじゃないかって思って」


 大げさに言えば、地図を見下ろすような鳥瞰図の視点で身体を動かせれば、死角はなくなり、いちいち頭を持ち歩かなくてもすべての用が足せるのではないか。


 キアの発想に、


「ぁ、それはすごく、思います、いいな、って!」


 ハンナも楽しそうに同意しする。


挿絵(By みてみん)


「さっきの物件より駅から遠いし、築二十五年と古い。けどRC造のマンションで外の音、隣室の音なんかはまず問題ないな。それに去年リフォームしたって言うだけあって、中はきれいだ」


 源大朗の言うとおり、壁紙やフロアーが張り替えてあるようで、部屋の中へ入ってしまえば古さはあまり気にならない。


「それに、外見もおしゃれな感じでした」


「おしゃれ? ああそうだな。コンクリート打ちっぱなしの、シンプルモダンなエクステリアだったか」


「デザイナーズマンションみたいな」


 そんな外観も、ハンナの好みなのだろう。


 やはり自分が実際に毎日住む部屋となると、単に条件に合致した部分だけではなく、見た目の印象も大きな要素ということだ。


「その代わり、家賃はさっきより高いぞ。月五万九千万だ。管理費が八千円。んー、交渉すれば三千円くらいは下がるかもだが」


「それだと六万四千円……、なんとか、なります。なんとかします!」


 この部屋が気に入ったらしいハンナが言う。


「無理しないほうがいい、よ。家賃は毎月必ず払うものだし、そこで無理すると、あとあと困る」


「心配してくれるんですね。ありがとうございます。わたし、いまは千代田区の異世界人支援センターで働いているんですけど、週三日なので、もっと増やせると思うし、それで慣れて来たから、ほかのアルバイトもできるかな、って」


「仕事って、どんなのだ」


「パソコンの、入力の仕事です。こんな感じなので、身体を使った仕事はなかなか……。接客とかも、わたしはいいんですけど、お客さんに驚かれちゃいますし」


 たしかに、仕事はちゃんとできるとしても、客相手など、まず容姿に説明を要するものは難しそうだ。


「まぁ、声優にすぐなれるってわけじゃなさそうだし、ああいう世界もいろいろ厳しいんだろ? 定職に就いておくってのは重要だろうな」


「けどそっちをがんばり過ぎると、声優の勉強ができなくなる」


 と、キアの正論にも、


「ぁ、はい! そうですよね。がんばり過ぎないように、がんばります!」


 ハンナ、笑顔で返した。


 どうやら決まったようだ、と判断した源大朗、


「よし、ここがいいなら、店に戻って契約書類作るぞ」


「はい、お願いします」


「ほんとにいいの?」


「おいおい、店員が押しとどめてどうするよ。……とはいえ、なんかこう、物足りないな。いつももっとヤバい……、じゃない、やっかいな亜人の物件をあれこれ考えてるからな。いや、これでいいんだ! たまにはすんなりいくこともあるさ。うん、まだ時間もあるし、ちょっと北千住の街でも見ていくか」


「ぁ、はい、ぜひ!」




「けっこう大きい街なんですね」


「ああ、駅の西も東も商店街がずっと続いてる。飲食店も多いし、近頃は家族づれなんかで賑わってるからな、安全だよ」


「大きなビルが多いのは西のほう、だね」


「駅自体もきれいになったし、一体化した駅ビルの中にもたいていの店はある。ファッション、ファストフード、ちょっとした専門店や趣味の店もな。わざわざ電車で都心へ出る必要もない。ここがターミナル駅になってる」


「そうですね、吉祥寺とか、そういうところにもにも負けてない気がします」


「吉祥寺と較べるのはちょっと言いすぎな気がするが、いずれそうなるかもな。それに、あまり関係ないかもしれないが……」


 源大朗、言いかけて、


「なんでしょう」


「土地のアップダウンがないのも、下町のほうのいいところだな」


「アップダウン、ですか。坂道、そういえばないですね」


 ハンナの通う御茶ノ水も、宿舎の市ケ谷も、地形の高低差はけっこうある。基本、駅から離れると上りになり、急な坂も現れる。


 低い場所には江戸城の内堀として使われた人工河川、神田川が掘削されているし、周りはもともと本郷台地で高くなっているからだ。


「亜人には、車椅子に乗っているとか、自分で歩くのが苦手なタイプも多いからな。こういう、駅までのルートに坂がない、なんて要素も重要なんだ。ま、そういう亜人にみんな、下町の物件を紹介するわけじゃないけどな」


「どうしてこっちのほうの下町は高低差がないんですか」


「東京の東の方はもともと、荒川の河川敷みたいなもんだからな。昔は利根川も東京湾へ注いでたし。そのころは江戸湾か」


「なるほど。よくわかりました」


「ははっ、不動産屋といるのも勉強になるだろ。……っと、この辺はちょっとおもしろいぞ」


 北千住駅の西口のロータリー。その南の端に、どこかへ抜ける路地のような細い道がある。


 それが、


「うわ、なに、ここ」


 キアも驚く、呑み屋街。


 車が一台、なんとか通れるくらいの幅の道の両側に、飲食店、パチンコ、カラオケ、ちょっといかがわしい香りの店が、これでもかと並んでいた。


 どれも小さく、せいぜい二階、三階建て建物がくっつくようにひしめき合って、視界の消失点まで続いているのは、ある意味圧巻の光景ではある。


「はははっ、これぞ大人のワンダーランドってヤツだな」


 源大朗が笑い、


「ほんとにずっと、続いてるんですね。どこまで……」


 歩くこと約三百メートル、ようやく駅の南側の広い道、線路を横断する大踏切通りへ出て終わる。


「こういう雑多な感じ、下北沢や新宿、赤羽なんかにもあるけどな。ここまで本格的なのはここ、北千住だけだろうな」


「本格的って……」


「これでもかなり清潔で健全になったんだ。昭和の時分に比べるとな」


 まだ楽しそうな源大朗に、キア。


「源大朗もそういうお店に、行ってた、の」


「そういう店ってのがどういう店かはわからんが、誰でも若い頃はいまとは違った「冒険心」ってやつがあるだろ。まぁせいぜい、プチ冒険心ってとこだろうがな、たいていは」


 冒険心、と口に出したとき、源大朗の表情がかすかに曇った。


 そうキアには見えた。けれどそれ以上の、その先を聞き出す言葉はキアにはない。少なくとも、いまはその時ではない、そんな気がした。


「でも、わたしにはあまり関係ないところ、みたいですね」


 一瞬の沈黙のあと、ハンナが言う。


「あ? んっ、そうだな。けどまぁ、さっきも言ったみたいに、いまではふつうに女どうしのグループで入る飲食店なんかも増えてる。こういう、昼のランチなんかから最初は探してみるのもいいかも、だ」


 そう源大朗が言う頃には、長かった呑み屋通りも終わりに近づき、マンションの裏手の、素っ気ない風景の先に、交通量の多い大踏切通りが見えて来る。


「そろそろ戻る?」


「そうだな。まだ早いが、夕方のラッシュが始まるまえには戻りたいしな」


 との言葉に、


「ラッシュ、ですか」


「大丈夫、いまから出れば、道路が混まないうちにお店に戻れる」


「でも……」


 キアの説明にも、ハンナの声のトーンは沈んだままだ。


「どうした? 心配事でもあるなら、いまのうちだぞ。何でも言っておきな。契約したあと、引っ越したあとだと遅いしな」


 源大朗の言葉に、


「あの……、電車って、やっぱり混むんですか」


「電車? 道じゃなくてか。ぅんまぁ、空いてはいないな。とくに朝のラッシュ時はな」


「混むと、ダメなの?」


「ダメっていうか、……は、はい、ダメ、です」


 ハンナの声はもうはっきりと消沈し、かすかに震えてもいるようだ。


 街を歩くことになったので、ハンナはダミーの頭をつけてフードをかぶっている。


 遠目や、一瞬すれ違うだけなら目立たないが、こうして狭い通りで立ち止まっていると、注目する通行人も出て来る。


 中には、驚いた顔で通り過ぎる者も。


「車へ戻りがてら話すか。……最初に言ったとおり、この北千住って駅はJRも地下鉄も私鉄も乗り入れてて、やたら交通の便はいい。その分、混み具合もひどい」


「近年は人口も増えてるから」


「まぁ、タワマン林立で、駅徒歩二分のはずなのに、マンション出るのに十分、駅の改札まで行列で十五分、ホームで十分以上待つ、なんて武蔵小杉ほどじゃないと思うがな。って、笑えないか」


 商店街を抜けて、人がまばらになって来た。


 ハンナ、立ち止まらずに話す。


「わたし、満員電車とかバスとか、ダメなんです。この、頭が」


「そのくらいの大きさのカバンなら、持ってる人はいるんじゃないか。混んだ車内は誰でもイヤだぞ」


 車椅子利用者、というわけでもなければ、表だって電車の利用に不都合、不便はない。もちろん、他人との接触を極度に嫌う者もいる。場合によっては精神疾患になる場合も。しかし、


「そうじゃないんです。ぁ、もちろん、このダミーヘッドを気づかれたら、ってそういう不安はあるんですけど、それより、単純に、危険なんです」


明日も投稿予定です

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