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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第一章 デュラハンにできること
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2

やって来た街は、北千住?


「デュラ」


「ハン……」


「ぁ、いえ、デュラっていう名前なわけではなくて、……名前は、ハンナ、ですけど」


「デュラハンナ」


「……よく、そう呼ばれ、ます」


 ため息交じりに目を伏せる、デュラハンのハンナ。


 その顔、つまり頭部は、夷やのカウンターテーブルの上に置かれている。身体のほうは、テーブルに向かい合う椅子に腰かけていた。


「舞妓はん、みたいに、京都だったら、デュラはん、て呼ばれるかもな。デュラはんの、ハンナはん、てか」


「悪乗りしすぎだと思う、お客さまに」


「ぅん、悪ぃ」


 珍しく反省する源大郎に、ハンナ、


「ぃ、いえ、いいんです。それよりさっきは……」


「はい、お茶、入りましたよ。希望項目のシート、ゆっくり記入してくださいね。でも、ちょっと驚きました」


 と、カウンターテーブルの上に茶托をつけた湯飲みを置いて、ラウネアが微笑む。あわてて、


「す、すいません。ほんと、ごめんなさい。驚かせちゃいました、よね。じつは今日は、下見、というか、お店を見るだけで帰ろうかな、って思ってたんです。それで、こんなこと、に……」


 謝ろうとするハンナだが、カウンターの上に置かれた頭は、「頭を下げたり」はしない。首に当たる部分も顎の下ほどまではあるので、この状態でも少しは頭を動かせたりはするのだろうが、


「ぁの、バランスとらないと、転がっちゃう、んです」


 ハンナが恥ずかしそうに笑って見せた。続けて、


「お、おかしい、ですよね。デュラハン、なんて」


「おかしくないよ」


「そうですよ、ちっともおかしくも、変でもありませんよ」


 そう言うとラウネア、一歩下がって、自分のロングスカートの裾を持ち上げて見せる。


「ぁ……」


「はい。わたし、アルラウネなんです」


 ハンナが目を見張る。


 スカートの中、ラウネアの脚は膝の下から木の幹、そして根のように変化して床へと広がり、伸びていた。


 アルラウネとは人型植物。ラウネアはもともと異世界から持ち込まれた種から発芽して、いまのこの姿になっている。


「ん、んっ!」


 なぜか源大朗が咳払いする中、


「……も」


 こんどはキアが立ち上がる。


 制服のスカートの裾から覗くシッポを、ふわっ、と立ち上げて見せた。ニット帽を取ると、そこには垂れたネコ耳が。


「店員さん方、も」


「キアはケットシーだ。あぁ、オレはふつうにこっちの人間、だがな。……たぶん」


「たぶん?」


「ぁー、いや。それはいいとして、だ。なんでまた、あんなマネキンの頭を?」


 キアの言葉を流して、源大朗、改めてハンナに向き直る。ハンナが最初につけていたマネキンの頭は、ほんとうの頭が入っていたトートバッグに仕舞われていた。


「はい……。ふつう外を歩くときは、あのかっこうなんです。なんといっても頭がないのは周りの人に驚かれてしまいますし、通報されたこともあって」


「通報! ……けど、わかる気がします」


「ええ、それも仕方ないことだと思うので、だからなるべく驚かせないよう、わからないようにって」


「で、ほんとの頭をバッグに入れて、そのネットになってるところから見てるんだな」


 源大朗の言うとおり、ハンナの持っているトートバッグは、一部が目の細かいネットになっていた。


「そう、です。ちょっと見づらいですけど、これがいちばんで」


 デュラハンは、頭と身体が分離している種族だ。


 それ以外は、ふつうの人間と差はない。


 身体能力もふつう。とくだん、特殊な力があるわけでもない。


 頭は離れているが、ふつうに食事をし、食べ物はふつうに胃におさまる。途中の、何もない空間をどんなふうに通っているのか、これまで多くの研究者が調べたが、答えは見つかっていない。


「マネキンじゃなくて、自分の頭を乗せたら。ダメなの?」


「よくそう言われるんです。自分の頭を乗せれば、外見もふつうだし、ふつうに生活できるのに、って」


「そうそう。なんか首のところにアダプターかます感じで、なぁ」


 源大朗も言い方は少々乱暴だが、発想的には有りに思える。


「でも、ダメなんです。自分の頭を乗せようとすると、接触する部位が反発して、その、うまく収まらないし、吐き気や頭痛がして、はい……」


 肩を落とすハンナ。


 この場合、肩を落とすのはハンナの身体で、頭のほうは、目を伏せて憂いの表情というふうなのだが。


「うまくいかないものなんですね」


「それができたらな、ほとんど問題解決だものな」


「はい」


 条件などの希望シートに記入している間、ハンナの個人的な事情や、デュラハン族のことを聞いていく。


 それによると。


 デュラハン族といっても全員が頭と身体が離れているわけではなく、腕や脚が離れている者、胴で上下に分かれている者、など、その形態はさまざまだという。


「首と胴が離れてるだけじゃないんだな」


「生まれたときから離れてる、の?」


「いえ、ふつうに人間の姿で生まれて、あるとき突然に、っていう感じなんです。いつもみたいにふつうに寝て、朝起きたら頭が分離していたっていうふうで。というか、わたしがそうなんですけど」


「それは、驚きますね」


「ええ、でも、いつかは、って思っていましたから。そうなったときの、ケアですとか、いろいろ相談に乗ってくれたり援助してくれる部署とかも村にはあって」


 いつかはそんなふうに身体が「分離」してしまう種族なだけに、そうなったときのサポート体制は整っているのだろう。


 問題は、いつ、なるか、どの部分が分離するか、で。


「ほんとうに、それはバラバラで、生まれてすぐの、赤ちゃんのときにだったり、お年寄りになってからの方も。事故で亡くなったりすると、一生、分離しなかったっていうことも」


 事故以外だと、死の直前に分離する者もいて、どうやら生涯のうちには必ず分離するように身体がなっているらしい。


「分離するパーツによっては、大変だと思う」


「上半身と下半身がまっぷたつ、とかだとなぁ」


「車椅子が必要ですね」


 キアや源大朗、ラウネアが不自由を想うも、


「あ、でもその場合は、どちらも動ける能力があるので、むしろいいほうなんです。わたしみたいだと、頭を身体が運ぶしかないですから」


 ハンナがそう言って、自嘲気味に笑った。


「そうか、上半身は車椅子で、下半身はふつうに歩いて、ならまぁ」


「どっちにも機動力がある」


「なるほど、ですね」


 納得する三人。


「てなことばかり聞いてる場合じゃないな。今日は店の下見のつもりだったってことだが、ウチへは部屋を探しに来たんだろう」


「ぁ、はい。そう、なんです」


「だったら……、と」


「これ、ハンナさんの希望条件です」


 ラウネアが希望物件シートを源大朗に差し出す。さっきまでハンナが記入していたものだ。


「ひとつ、聞いてもいい?」


 そこへキア。


「なんだ、興味本位の質問はもうやめとけ。仕事の話をしないとな。ハンナの目的でもあるんだ」


「さんざん質問してたけど……」


「オレのは、物件を紹介するときの参考になると思ってだ。興味本位とはぜんぜん違うんだな、キアくん」


「だから、紹介物件を選ぶときに必要なこと。その頭と身体は、どのくらい離れてもいい、の? つまり、距離とかで、違うの?」


 源大朗を振り切るようにキアが尋ねる。キアにしては珍しい。


「ほぉ、確かに、だ。そこんとこは聞いておいたほうが良さそうだな」


 同意する源大朗。キアを横目に見ながら、わずかに口の端を上げる。それには気づかず、キア。


「どう、なの? やっぱり、距離が離れると身体を動かせなくなる、の?」


「そうです。頭と身体が離れすぎると、その、認識できなくなって、身体を動かせなくなります。距離ですか、そうですね、五メートルから、十メートルの間、くらい、かな」


「けっこう近いな。ざっと車二台分の長さでもう感じなくなるのか」


「ぁ、感じるだけなら、百メートルくらいは大丈夫です。動かせなくなるのが、そのくらいで」


 やはり距離は重要のようだ。


「障害物は? 壁の向こう側だと、身体を認識できなくなるとかは、ある?」


「そうか。部屋の壁、建物の外壁、そのへんの影響を知っておかないとな」


「そうですね、キアさん、いいところに気がついてます」


 こっちの問いには。


「それは大丈夫です。どんな壁でも水とかでも、さっきの距離の範囲内であれば、身体は動かせます」


「コンクリートとか、鉄とかでも?」


「はい」


 これでどうやら判明した。


 デュラハンが頭部(を含んだ身体のパーツ)から、それ以外の身体を認識するのはおよそ百メートル、動かすには十メートル弱まで。


 間に障害物があっても、それは無視できる。


「ぁ、でも、こっちから見えないと、うまくは動かせませんけれど。身体のほうには、目がない、ので」


 これも納得だ。


 障害物の向こうに身体があるときは、暗闇の中を手探りで動くようなふうになってしまうのだろう。


「てことは、細かく部屋が分かれているのはNGだな。ざっくりとワンルームか。なになに、希望家賃は管理費込みで五万円まで。御茶ノ水まで一本で、通学時間は三十分以内。その条件で五万はけっこう厳しいな。んー、通学時間?」


 希望条件シートを手に、源大朗がつぶやく。


「御茶ノ水の学校に通っているのですか」


「はい」


「それ、亜人の学校じゃ、ない」


 キアも通う亜人専門の学園ではなく、ハンナはこの世界のふつうの学校に通っているのだ。


「そうなんです。亜人の学校にもまえに通っていて。ぁ、それは神田のほうだったんですけど。言葉やこちらの社会にも慣れたので、こんどは自分の目指す道を勉強したいな、って。御茶ノ水の、文明学院に」


「文明学院って」


「戦前からある、有名な専門学校だな」


「そこでなにを、勉強しているのですか?」


 三人の問いにハンナ、


「総合芸術科・アクターズコースで学んでいます。わたし、将来は声優になりたいんです!」


 ちょっと声を弾ませて答えた。


「声優、か」


「アニメとか、の」


「まぁ、ステキです!」


 三人の反応に、


「おかしい、ですよね。デュラハンが声優、なんて。でも、こっちの世界のアニメを初めて見たときから、ずっとあこがれなんです。アニメキャラを、自分の声で当てられたら、って」


 頬を染めるハンナ。


「そうだな。頭を机の上かなんかに乗せれば、声の仕事は充分できるよな」


 源大朗の言葉には、


「で、でも。声のお仕事といっても、やっぱり演じることは全身なんです。全身で表現するっていうか、なので」


 ハンナ、声を高める。


「声優さんも、俳優、だから」


「そうですね、演じるって、その人の経験も身体能力も全部を使うもの、出るものだって、聞いたことがあります」


 キアとラウネアも同意する。


「なるほどな。それよりだ、物件を探さないとな。つい長話しちまって、こっちが仕事だった」


 頭を掻く源大朗に、


「はい、どうぞ」


 プリントの束を差し出すラウネア。


「なんだ、……物件のプリントじゃないか。いつの間に、ラウネア」


「お話を聞きながら、ハンナさんが書き込んだ希望条件シートの項目を、アプリに入力していたんです」


「けど、パソコンのほうじゃなくて、ずっとこっちのテーブルにいたじゃないか」


「いまはスマホからも、できる。プリンターに、繋がってるから」


 と、キアも。


「なんだおまえら、ふたりそろって、いつのまにそんなハイカラな真似を。ん? ハイテクか? さっきも言ったがオレはまだガラケーで」


「はいはい。いいから、そのプリント、ハンナさんに見せて」


 さっそくキアが立ち上がる。プリントは見なくても、キアもスマホのアプリで共有しているのだ。


「お、おう。じゃあこいつの……、近いところで二、三件、見に行ってみるか」


「はい、ぜひ!」


北千住在住者、ファンは必見?です

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