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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第三章 幸せなスノーレディー
18/26

6

今回は間取り付き。雪女のヒロインが選んだ部屋は?

「まだ真っすぐ、と」


「うん」


 車を走らせる源大朗。助手席にキア。後席には、


「あのー、この道って……」


 レイカが車窓を見て、言う。


「ああ、国道十七号。その信号の先が戸田橋だ。こないだと同じ道だな。これでいいんだよな、キア」


「そう。橋を渡ったら、左」


 キアの指示で曲がる道も同じ。


 また冷凍倉庫へ行こうというのか。しかし微妙に違った方向へ。もっと川岸への道に入る。といっても荒川沿いではなく、


「この左は漕艇コースだな」


 荒川から水を引いた、競技ボートのコースなのだ。その周辺には、各大学や社会人のクラブハウスが林立して、ボートの倉庫にもなっている。


 道路を一、二本違えると、前回の倉庫街だ。また、やはり駅周辺から離れるにつれ、倉庫が増えて来る。


「もう少し先」


 キアの指示で着いたのは、


「え、ここ」


「倉庫、だな」


 やはり倉庫だった。


 このまえの冷凍倉庫よりは少し小さい。前回が一般的な都内の、小中学校の校舎程度なら、こんどのはその、やや小さめの体育館程度だろう。


「でも、どうしてまた」


 レイカが不思議そうに見あげる。三人、車を降りて近づいていくと、建物から人が出て来た。


 キアが近づき、挨拶する。その人物、ややラフなジャケットを着た男性もまた、


「こんにちは、はじめまして。ITアートクラウドの佐藤といいます。今回はお話いただきまして、ありがとうございます」


 名刺を差し出す。


 源大朗もまた挨拶して、


「わざわざどうも。えーっと、ちょっといま名刺を切らしてて」


「はい、これ」


 横からキア、源大朗の名刺を代わりに出しながら、


「ラウネアに渡された。すぐ忘れるから、って」


「おう、はははっ。さすがだな、ウチの社員はみんな。ということでどうも。えーっと事情は」


「キアさん、から伺っています。そちらが……」


「は、はい、あの」


「こちらはレイカ。雪女族の、今回、当店のお客さまでいらした方、です」


「ぁ、あの……」


 キアがてきぱきと紹介する。レイカはまだ戸惑ったまま。


「それで、もうだいたい話は伝わってるってこと、かな」


 源大朗、まんざらでもなく眺めていたが、キアと佐藤の両方に、


「うん」


「ええ。では、さっそくですが、中をご覧いただいた方がいいですね。どうぞ」




「え、これ」


 いくつかの扉を通って、その部屋に入ると、


「おー、すげーな!」


「これ、全部」


 レイカが驚き、源大朗やキアも目を見張る。


 大きなワンルーム。ひとつの部屋といっても、それこそ体育館の中ほどある。バスケットボールのコートがふたつは取れるだろう。


 その中、いっぱいに機械が詰まっていた。


「当社のデータセンターです。すべて、データサーバーになります」


 それらはすべてスケルトンのラックに詰まったサーバーだった。キャビネットにある程度はセットされているが、コードや機器が半ば剥き出しになっている。


 図書館で言えば書架のような、そうしたラックが見渡す限り続いていた。


「サーバールーム」


「これみんなサーバーってやつか。どれだけあるんだ……、くしゃっ! んっ!」


 薄着の源大朗がくしゃみをして、黙ってキアがティッシュを差し出した。


「涼しい。けど寒すぎない」


 キアの言葉に佐藤が説明する。


「全体に、摂氏二十五度以下を心がけています。一年中を通して、ですね。もちろん、機器が熱を持って暴走したり故障したりするのを防ぐためです」


 サーバーとは、コンピューターネットワークのデータのやりとり、そのデータを蓄えておくもの。


 二十四時間稼働している機器はつねに発熱しているから、常時冷却が必要となる。CPUチップなどは七十度から九十度にもなる。パソコンについている小型扇風機状のファンなどではとうてい追いつかない。


 そうしたサーバーが大量に集められた大きな部屋の冷却は、だからとても重要なのだ。


「サーバールームって、どこでも中はひんやりしてる感じ、なんですよね」


「そうです。データ量はつねに増大していますから、以前はオフィスの一角にあったサーバールームは切り離されて、こうしたデータセンターとして独立する傾向にあります。大きなところは、ここの倍から数倍なんていうのもふつうですし」


「数倍か。湾岸の巨大倉庫なみだな」


 源大朗が言うと、


「ええ、実際そうです。ウチはアート系、イラストなどを中心とした個人会員のSNSを運営しています。やっぱりもとはオフィス内にあったサーバールームを二年まえにこちらに移しました。ちょうど、倉庫のいい出物があったので」


 それで、戸田の倉庫街なのだ。


「あの! 知ってます。グラフィスQ、ですよね。わたしも、使ってます! 会員で」


 レイカの声が弾む。


 イラストレーター志望のレイカには、とうぜんなじみのあるサイトなのだ。


 多くのプロのイラストレーターも多く、作品のアップは秒単位で膨大な数にのぼる。見るだけで刺激が多く、またギャラリーの反応も多く寄せられるからモチベーションにもなる。


「ありがとうございます。それで……」


 佐藤の言葉を引き取って、キアが言った。


「このサーバールームの冷却に、彼女、レイカを使って、くださるのはどうか、って」


「なるほどな。そう来たか。冷凍倉庫がダメになったときから、ずっと調べたりしてたのは、こういうことだったんだな」


「え、えっ! まさか、わたし!」


 楽しそうな源大朗と、うろたえるレイカ。佐藤は、


「はい。お願いできたら、と思うんですが、なにしろ雪女の方にデータセンターの冷却・冷房を頼むのは初めてなものでして」


 歓迎しつつも、慎重だ。無理もない。


「わ、わ、わたし、ど、ど、どうしよう。グラフィスQの……、こんな……!」


 そしてますますうろたえるレイカ。


「ちょっと聞きたいんだが、冷房ってのはいま、機械のエアコンがやってるんだよな。レイカがその代わりになるってことか」


「最終的にはそのようになればと。念のために、バックアップのために冷房機器は残しますけれど」


「こっちはレイカが採用されればもちろんうれしいが、ほんとのところ、ふつうに冷房するのと、どうなんだ。ほんとに、機械より雪女冷房のほうがいいのか」


「機械冷房というのは、けっきょく熱を出します。家庭用のエアコンでも、室外機は熱を出していますよね」


「ああそうだな」


「これだけの容積をつねに冷房するのは、かなりの熱が出ます。環境的にも負荷となりますし、電気代も。季節にもよりますが、かなりかかります」


「それよりは、てことか」


「涼しい北海道の北部や、山の中に大規模なデータセンターを作るところも出て来ています。使われなくなった坑道を利用する、ですとか」


「北海道か。そりゃずいぶんと遠いな」


「通信速度もどんどん上がってる。距離はあんまり」


「そうですね、それほどの影響は感じないです。もとよりうちは、ナノ単位の時間を争う業種ではないですし。それに」


「うん?」


「機械冷房より、自然の冷気のほうが、コストやエコなのはもちろんなんですが、なんというか、結果的に機器にもやさしいんです。まぁそれはつまり、暑いところでガンガン冷房を入れるより、涼しい高原のほうが、数字の室温は同じでも人の身体にやさしい、体調がいい、というように」


「機械もあんがいぜいたくなもんだな」


 源大朗の言葉に全員がなんとなくうなずく。そんな中、レイカ、


「あの、わたしにほんとにできるでしょうか」


「まずは、お試しで、と考えています。わたしどもも、うまくいくかどうか、確証がありません。可能性は大きいと思っていますが」


「彼女、レイカはここに、住む。佐藤さんもここへ出勤してくるの、ですか」


「え、えっ! じゃぁ、ふたり……」


 キアの問いに、動揺するも、


「いえ。わたしはふだん本社の方に常駐しています。こちらへは来ません。もともとここは無人なんですよ。セキュリティとしての、警備会社による見回りなんかはありますが、依頼がなければ中までは入って来ません」


「そう、なんですね」


 ホッとしたような、ちょっと残念そうな顔になる。


「なら、まずは決まりだな。レイカはここでひとり、リラックスして住めるわけだ。ストレスがさほどない状態なら、いきなり極寒の冷気じゃなくて」


「安定した冷房になる、はず」


「寒ければいいっていうわけではないんです。あまりに寒いと、逆に機器に結露が生じますから」


「けど、冬はどうする。夏だけの期間仕事になるのか?」


「いえ、これだけの機器の数ですから、発熱はかなりありますので、冬でも外気を導入するだけでは足りないんです」


「そうか、良かったな! 年中いられるぞ。ここで本気で暮らせるってことだ!」


「ええ、ここに常駐していただければセキュリティ上のプラスにもなりますし、基本、レイカさんには、冷気の元、としていていただいて、空調の設備やエアフローはこちらのシステムを、様子を見ながら順次、改良点など探っていきたいと思っております」


「は、い!」


 青白いレイカの顔にも、かすかに赤みが射したようだ。



挿絵(By みてみん)



「んーーーーっ……」


 片腕をまっすぐ上げて、大きく伸びをする。レイカ、顔を天井に向けて、ギュッと固くつむっていた目蓋を開いた。


 元倉庫を改造したデータセンター。その一階の空調室の一部を仕切って、四畳半大のレイカの部屋が作られた。


 この部屋にレイカがリラックスしている限り、中の空気は二十度以下に保たれる。


 その空気を天井の吸気口から吸い取り、フィルターを介して本来の空調システムの空気と混合、サーバールームへ送っている。


 レイカがここに住み込むに当たって、シャワーブースなども取り付けてもらった。ゆったり湯に浸かりたいときは、歩いて十五分ほどの健康ランドもある。もっとも、湯を冷やしてしまわない保証はないので、まだ行ったことはない。


「……ふぅ」


 レイカの視線の先、机の上には描きかけのスケッチブックがある。今日は一日、ずっとアナログでペンや絵筆を走らせていた。


 いちど、液晶タブレットなどのデジタル画材から離れてみようと思ったのだ。


 このサーバールームに越して来て、ひとり落ち着いて、一日の多くの時間を絵に費やせることになってから、考えが変わって来ていた。


「まだまだぜんぜん、だけど」


 いまはただ、アナログ描画が楽しい。


 ほんのちょっとした力や手首の入れ方使い方で大きく変わってしまう線の表情。色の見せる景色。


 自分の思い通り、なんてまるでなくて、それでいて次の瞬間何が起こるかわからない、期待と不安と、興奮。


 それもこれも、


「ここへ来て、来られて、ほんとうに良かった」


 脳裏に浮かぶ、リーア、キア、ラウネアなど、親友や夷やの人びと。そして、


「あの無精ひげの社長さん、おもしろかったな。ぶっきらぼうだけど、いい人で」


 気がつくと、源大朗の顔ばかり思い浮かべている。いつのまにかギュッ、と握っていた拳にペンが食い込む。


「ん……」


 そして、不意に気づく。


「リーアの新作の、あのちょっと中年な主人公って、もしかして……」


 自分がイラストを描いていて、なぜもっとすぐわからなかったのか。そう気づいてしまうと、


「へーえ、ふぅーん。うふっ、あははっ!」


 おかしくて、笑ってしまう。


 ひとしきり笑うと、なぜか猛然と創作意欲が湧いてきた。


「イラスト、描き直さないと。ウェブ版は、アナログの新イラストを掲載しよう。リーアにも言っておこう」


 一転、スケッチブックへ向かっていく。


 ブゥーン……、空調の音が響く。


 空調といっても、温度調節された空気を取り入れるのではなく、外気を吸い込み、部屋の空気をエアコンポジットシステムで適温にして、サーバールームへ導くものだ。


 レイカのいるこの部屋の温度は二十度を切っている。


 リラックスしたレイカの、最適な空気冷却能力は、サーバーに最適な空気を送り込み続ける。


夜にも更新予定です。

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