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雪女の部屋探し、冷凍倉庫がダメなら・・
「しかし寒がりってなぁ、参ったな」
ぽつり、源大朗がつぶやく。
翌日。夷やの店内。いつものソファーの上で天井をあおぐ。つい、愚痴っぽくなる。
「雪女が寒がりって、どういうことだよ、おい。周りを寒くして、自分は寒がりって、どうなってる」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいね、源大朗さん。お茶でもどうぞ」
ラウネアが淹れてくれたお茶を、ぐびっ、とひと飲みして、
「熱っ! 熱ちちっ!」
「淹れたてですから、気をつけてくださいね」
と言っても、ラウネアのお茶は熱湯ではなく、適温の八十度程度で淹れたもの。源大朗が考え事でいっぱいで、上の空なのがわかる。
「レイカのこと」
「そりゃまぁ、そうだ。成約できなかったんだからな。仕事としてもそうだし、あの子にちゃんとした住処を見つけてやれなかったってのが、な」
キアの言葉に返しながら、頭をバリバリと掻いた。大きくため息をつく。あのあと、
『寒がりって、そりゃ』
『変ですよね。雪女なのに寒いのが苦手とか。自分でもそう思います。ぁの、ほんとうすいません』
『でも、暑いところは……』
『もちろん暑いところも無理なんですけれど、寒すぎるのも』
そう言うとレイカ、申し訳なさそうに頭を下げて、
『せっかくいろいろ考えてくださったのに、ごめんなさい。わたし、やっぱりもっと寒い国とかに行ったほうがいいのかな、って』
それだけ言うと、黙ってうつむいた。
「寒がりなのに雪女で、周りを寒くするけど寒すぎるのはダメで、寒い国ならいい……、どうなってるんだ、ほんとに」
源大朗の言葉も無理はない。
「適度な気温でないと快適じゃないっていうのは、私たちでもありますよね。人間の方々ももちろん」
ラウネアが言う。
「冷凍倉庫みたいな、零下二十度とか三十度とかだと寒すぎる……」
「寒い国って、北海道くらいか。旭川とか、マイナス二十度くらいになるぞ。レイカにしたって、ストレスが増すとそのくらいの冷気を出すんじゃなかったか」
「難しい、ですねえ」
「ブルームも、驚いてた」
イエティは自身が冷気を発生させたりはしない。
『そうなんすか! 雪女さんは、これだと寒すぎるんすね。自分、寒ければ寒いほど調子いいんで! あ、でも絶対零度とかは、無理すかね、ははは!』
「絶対零度って、あのバカ。……マイナス百度くらいか」
「マイナス二百七十三度、くらい」
すかさずキアが言う。正確には、マイナス二百七十三・一五度だ。
「んー、いいと思ったんだがなー。イエティが冷凍倉庫で働く、得意分野を活かせる。住み込みの部屋もついて、な。雪女ならフリーザー機能の肩代わりにもなって、会社も大助かりって、算段だったんだが」
「そんなにうまく、いかない」
「だなー」
「にゅ」
そんなところへまた、にゅう。
ソファーに寝そべる源大朗の上へ、いっきに飛び乗ると、
「ぅあ、ぉい!」
「んにゅう」
すぐに丸まって、目を閉じた。
「あらあら、最近は源大朗さんの上がお気に入りなんですねえ」
「お腹ぽよんぽよんで、気持ちいいから、かな」
「黙れ。誰がお腹ぽよんぽよんだ。これでも鍛えて……、ないか、近頃はなまっちまったな、いろいろ……」
仕方なさそうに、手を伸ばす。にゅうの毛並みをなでる。
「いろいろ?」
「ぁ? 気にすんな。不動産屋のオヤジには充分さ。んー、こいつがレイカの膝に乗って、けど降りて……」
「それを見て、源大朗さん、なにか思いついて」
「んまぁ、乗ってみたら意外と冷たくて、落ち着いて寝るほどじゃなかったんだろうがな。それにしても、乗ったとたんに逃げ出すほどじゃなかった。足が凍り付くとか、な」
「人間だって、適温がいい。雪女だって」
「適温の範囲がズレてるだけか。寒さ寄りに。どのあたりの温度帯が……」
源大朗の眉間にシワが刻まれる。
キアもラウネアも、邪魔しないように、と言葉を発しない中、
「やっほー! おっさん元気ー!? ……んー、なんか辛気臭い店内だなー。スピンクスの美少女ふたりが来てやったっていうのにぃ!」
がらっ、乱暴に表戸が開くと同時に、容赦ない大声が響く。そこにはメイド姿のネコ耳スピンクス少女ふたり。
いつもの、マレーヤと、
「またおまえらか! このところ顔見せないから、ちっとは店も平和だったってーのに」
「すいません。クロの世話で忙しくて、ちょっと」
アスタリの登場に、ラウネア。
「あら、そうなんですね。クロちゃん、お元気ですか」
「元気元気! いまだって、ほら!」
「ぎゅぅ」
マレーヤの肩越しに顔を出す、まるでフィギュアサイズのフェアリー。
「うにっ!?」
とたん、弾かれたように顔を上げるにゅう。
目を輝かせて、クロのほうへ駆け出す。途中、大きな伸びと、後ろ足で首の後ろをバリバリ掻くのは忘れなかったが。
「まったく、もう少しで考えがまとまるところだったってのに」
「なぁにぃ、水臭いじゃん、おっさん! 悩んでるならマレーヤさんに聞いてみなよぉ。ほらぁ」
ドスン! まだ源大朗が寝そべっているソファーに、勢いよく腰を下ろすマレーヤ。
「ぅあ! デカいケツ乗せんな。重いだろ!」
「はぁ~! 誰もおっさんの上になんか乗ってないじゃん! ぁ、チーズケーキ~ぃ! ラウネアさん、いいんですかぁ?」
「ラウネア、むやみにエサやる必要ないぞ」
「新しいレシピ、試してみたので、感想が聞きたかったんです。はい、源大朗さんの分ですよ」
「エサってなによ~! きゃ~、ラウネアさん、これ美味し~~~~ぃ!」
「ほんとう、美味しいです。なんだろう、この……」
「レモンピールの代わりにグレープフルーツの皮を入れてみたの。香りが、ぅん、けっこういいですね。うふふ」
「ラウネアさん、天才! こんな冴えない不動産屋止めて、洋菓子のお店にすればいいのに~! おっさんは配達ね。あとクリーム混ぜたりする係なら使ってもらえるかも」
「なんだそりゃ。冴えない不動産屋って、おい。だいたいな、菓子ばかり食ってると太ってますますケツがデカくなるんだぞ」
「イヤッ! わたし、そんなにお尻大きくありませんっ!」
これにはなぜかアスタリがあわてて答える。
「うにゅっ!」
「ぎゅるぅ」
そう言っている間にも、クロを追いかけて飛び跳ねるにゅう。夷やの店内はまるで、
「どうぶつえん」
「ただのネコと羽つきの子ども、ってのだけだろ」
「熊とマングース」
キアの言葉から一拍置いて、
「それってオレが熊か」
「なんでマレーヤがマングースなのよー!」
ますます賑やかになるばかり。なのだが、源大朗、ふと我に返って、
「ところでなにしに来たんだ。コーヒーも持ってないようだし、ほんとに菓子食いに来ただけなら、とっとと帰れよ。仕事の邪魔すんな。いま大事なとこなんだ」
「ぁ、そうだ! それそれ! その仕事のことだよ! おっさん、雪女のコのことで、失敗したんだって?」
不思議とマレーヤも真顔に返って言い返す。どうやらキアに学校で、顛末を聞いたらしい。
「は! 失敗じゃない。が、……ぅーん、失敗かもな。満足いく部屋を紹介できなかったんだからな」
「へー、珍しく反省なんかして、おっさんもショックだったんだ。かわいそー」
「抜かせ、こんどは冷やかしかよ」
「へっへー、マレーヤさんにいい考えがあってさー。それで教えに来てあげたんだぞー。聞きたい? 聞きたーいー?」
「だから冷やかしなら帰れって」
「むかっ! 冷やかしじゃないってば! ねぇ、アスタリ!」
急に水を向けられたアスタリ、
「あのっ! ……じつは」
その方策、とは。
「わたしとマレーヤの友だちの、知り合いに……」
「それ、ほとんど他人だぞ。完全に他人だな」
「うるさい、おっさん! 黙って聞いて!」
「その、サラマンドラのコがいるんです」
「サラマンドラ?」
「サラマンドラ……、火を噴く竜、ですね」
ラウネアが言う。
サラマンドラ、サラマンダー、サラマンデル……、これらはすべて火を司る精霊、幻獣の呼び名。
トカゲのような姿で、燃え盛る炎の中、溶岩といった超高温の環境に住んでいる。また、好む。
自身、炎を操ることもできる。
その皮は炎を遮り、耐える盾や服にもなると言われる。
「なぁるほど」
ようやく源大朗、マレーヤたちの言わんとすることがわかった、と眉を持ち上げて見せる。
「つまりそのコが部屋を探してるんだな。いいぞ、さっさと連れて来い」
「違うって! いや、違わないけど、ほら、わかんない? サラマンドラなんだよ。火吐くし、年中カッカ燃えてんの。すぐ椅子とか家具とか焦がしちゃうし」
「そうか大変だな。服とか、着られるのか、大丈夫なのかよ。ん? 年中燃えてる、熱い……、そうか!」
「遅すぎ! おっさん鈍過ぎだろー! さっさと」
「火災保険は倍くらいかけといたほうがいいな」
「そこじゃないっ!」
思わずマレーヤの膝が源大朗の尻を蹴り上げる。
「っんだよ、痛ってーな!」
「サラマンドラの熱で、雪女の寒さを中和したら、って、言ってる」
「すいません、大丈夫、でしたか」
キアが説明し、アスタリがあやまる。源大朗のズボンをハンカチで払うが、ちっとも汚れていないことに気づく。
「そういうこと! 少しはわかれよ、おっさんはー!」
「うるせえな。じつは最初からわかってら。おまえの蹴りも、もう少し鍛えとくんだな。で、だ。そのサラマンドラのコは承知してるのか」
どうやらマレーヤの蹴りも、とっさに微妙に避けているらしい源大朗、急に真顔になって聞いて来る。
「は? もう、ボケてるのかほんとにバカなのかわかんないから、そういうわかりにくいのやめてよねー。……まだ聞いてはないわよ。だってまず、その雪女の、レイカさんだっけ、そっちに確認するのが先でしょー?」
「筋道としては、そうですね。レイカさんの件が先なわけですし」
ラウネアも言う。
「ふん。そいつはつまり、毒を以て毒を制すってやつだな。熱で冷気を相殺する、か。サラマンドラと雪女の同居、ルームシェアってわけだ」
「そーだよ、ぜったいよくない? うまくいけばふたりとも得なんだし、ぜったいイケるって!」
自信たっぷりに胸を叩くマレーヤだ。
「ラミアーとハルピュイアでルームシェアってのをこないだやったばかりだが、熱と冷気、どうでるか、な」
「レイカに連絡する、ね」
「そうだよそうだよ! 善は急げーーー! あ、ふたり分決まったらさ、マレーヤに紹介料! おーいしいランチでもご馳走してよね! おっさん!」
「ああ。そこのコンビニで売ってる弁当なら、どれを選んでもいいけどな」
「コンビニじゃないやつ!」
「……ぁ、レイカ? 夷や不動産のキア。じつは……」
さっそくキアがスマホで電話をかける。キア、話しながらずっと、手元のタブレットを見つめていた。
「え、ダメ? なんで! なんでなんで? なんでダメなのなんでー!?」
さわぐマレーヤに、
「うっさいぞー。まぁ、そういうこともあるだろ」
なぜか淡々と、源大朗。
「すいません、せっかく提案していただいたのに。いい考えだなって、思うんです、私も。けど、見ず知らずの人と同じ部屋に暮らすのは、ちょっと」
とっておきの提案、で呼び出されたレイカではあったが、
「ストレスが上がってしまうのでしたね。たしかにいきなりだと、厳しいかもしれませんね」
「えー、そんなのよくない? サラマンドラのさ、きっといい子だよー。友だちになっちゃえばストレスとかさー」
「だいたいおまえ、知ってるのか? そのサラマンドラの名前は? 会ったことあるのか?」
「うっ……、ぅー、まぁ、昨日聞いて、思いついただけだから、まだ。だけど、でもそれならまず会ってみてさー」
食い下がるマレーヤだが、
「会って、話して、すぐ打ち解けて、って、難しいかもしれないですね。みんながマレーヤみたいじゃないし」
「ほんとう、ごめんなさい。やっぱり、自分の部屋は自分だけのひとりがいいな、って。友だちとは、外で会うのはぜんぜんいいんですけれど」
やはり難しいようだ。
「部屋は分けても、共用の水回りとかはあるしな。人の気配がつねにあったりすると、ストレスは、あるだろ」
「リーアさんとフレイヤさんは、もしかすると奇跡的にうまくいったのかも、ですね」
「リーア、ああ見えて世話焼きさんですから。私もリーアとだったら……、ダメですね、彼女を冷えさせちゃう。リーア、私といっしょだと、いつも眠い眠いって。楽しいけど、だからお互い、いっしょに居過ぎないようにしてたんです」
レイカが苦笑して言う。
「ヘビだから、冬眠しちまうかも、か」
ペアリング、マッチングは重要なのだ。
「あー、んー! そうかぁ、ダメかぁ。ごめんねえ、レイカさん。ほんと、ごめん!」
「いいえ、いろいろ考えてくださって、ありがとうございます。うれしかったです。私のわがままで、すいません」
「わがままなんて。マレーヤの思いつきで、私もいいなって思ったんですけれど、わざわざ呼び出しちゃって、ごめんなさい」
アスタリも頭を下げる。その横で、キア、
「ちょっと、行ってみたいところ、ある」
そう言うと、それまでさわっていたタブレットを閉じる。
「よぉし、行くか」
同時に立ち上がる源大朗。そのタイミングの良さに、
「えっ、え? どこ行くの? キア、なにやってたの? ねえ、ねえっ?」
驚くマレーヤ。しかしもうキアは表戸を開けて外へ。振り返って、
「こっちが本命、だから。マレーヤたちは、お留守番。レイカ、行こ」
「ぁ、あっ、はい!」
あわててレイカも立ち上がった。
明日も昼から更新予定です。