表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第三章 幸せなスノーレディー
17/26

5

雪女の部屋探し、冷凍倉庫がダメなら・・

「しかし寒がりってなぁ、参ったな」


 ぽつり、源大朗がつぶやく。


 翌日。夷やの店内。いつものソファーの上で天井をあおぐ。つい、愚痴っぽくなる。


「雪女が寒がりって、どういうことだよ、おい。周りを寒くして、自分は寒がりって、どうなってる」


「まぁまぁ、落ち着いてくださいね、源大朗さん。お茶でもどうぞ」


 ラウネアが淹れてくれたお茶を、ぐびっ、とひと飲みして、


「熱っ! 熱ちちっ!」


「淹れたてですから、気をつけてくださいね」


 と言っても、ラウネアのお茶は熱湯ではなく、適温の八十度程度で淹れたもの。源大朗が考え事でいっぱいで、上の空なのがわかる。


「レイカのこと」


「そりゃまぁ、そうだ。成約できなかったんだからな。仕事としてもそうだし、あの子にちゃんとした住処を見つけてやれなかったってのが、な」


 キアの言葉に返しながら、頭をバリバリと掻いた。大きくため息をつく。あのあと、


『寒がりって、そりゃ』


『変ですよね。雪女なのに寒いのが苦手とか。自分でもそう思います。ぁの、ほんとうすいません』


『でも、暑いところは……』


『もちろん暑いところも無理なんですけれど、寒すぎるのも』


 そう言うとレイカ、申し訳なさそうに頭を下げて、


『せっかくいろいろ考えてくださったのに、ごめんなさい。わたし、やっぱりもっと寒い国とかに行ったほうがいいのかな、って』


 それだけ言うと、黙ってうつむいた。


「寒がりなのに雪女で、周りを寒くするけど寒すぎるのはダメで、寒い国ならいい……、どうなってるんだ、ほんとに」


 源大朗の言葉も無理はない。


「適度な気温でないと快適じゃないっていうのは、私たちでもありますよね。人間の方々ももちろん」


 ラウネアが言う。


「冷凍倉庫みたいな、零下二十度とか三十度とかだと寒すぎる……」


「寒い国って、北海道くらいか。旭川とか、マイナス二十度くらいになるぞ。レイカにしたって、ストレスが増すとそのくらいの冷気を出すんじゃなかったか」


「難しい、ですねえ」


「ブルームも、驚いてた」


 イエティは自身が冷気を発生させたりはしない。


『そうなんすか! 雪女さんは、これだと寒すぎるんすね。自分、寒ければ寒いほど調子いいんで! あ、でも絶対零度とかは、無理すかね、ははは!』


「絶対零度って、あのバカ。……マイナス百度くらいか」


「マイナス二百七十三度、くらい」


 すかさずキアが言う。正確には、マイナス二百七十三・一五度だ。


「んー、いいと思ったんだがなー。イエティが冷凍倉庫で働く、得意分野を活かせる。住み込みの部屋もついて、な。雪女ならフリーザー機能の肩代わりにもなって、会社も大助かりって、算段だったんだが」


「そんなにうまく、いかない」


「だなー」


「にゅ」


 そんなところへまた、にゅう。


 ソファーに寝そべる源大朗の上へ、いっきに飛び乗ると、


「ぅあ、ぉい!」


「んにゅう」


 すぐに丸まって、目を閉じた。


「あらあら、最近は源大朗さんの上がお気に入りなんですねえ」


「お腹ぽよんぽよんで、気持ちいいから、かな」


「黙れ。誰がお腹ぽよんぽよんだ。これでも鍛えて……、ないか、近頃はなまっちまったな、いろいろ……」


 仕方なさそうに、手を伸ばす。にゅうの毛並みをなでる。


「いろいろ?」


「ぁ? 気にすんな。不動産屋のオヤジには充分さ。んー、こいつがレイカの膝に乗って、けど降りて……」


「それを見て、源大朗さん、なにか思いついて」


「んまぁ、乗ってみたら意外と冷たくて、落ち着いて寝るほどじゃなかったんだろうがな。それにしても、乗ったとたんに逃げ出すほどじゃなかった。足が凍り付くとか、な」


「人間だって、適温がいい。雪女だって」


「適温の範囲がズレてるだけか。寒さ寄りに。どのあたりの温度帯が……」


 源大朗の眉間にシワが刻まれる。


 キアもラウネアも、邪魔しないように、と言葉を発しない中、


「やっほー! おっさん元気ー!? ……んー、なんか辛気臭い店内だなー。スピンクスの美少女ふたりが来てやったっていうのにぃ!」


 がらっ、乱暴に表戸が開くと同時に、容赦ない大声が響く。そこにはメイド姿のネコ耳スピンクス少女ふたり。


 いつもの、マレーヤと、


「またおまえらか! このところ顔見せないから、ちっとは店も平和だったってーのに」


「すいません。クロの世話で忙しくて、ちょっと」


 アスタリの登場に、ラウネア。


「あら、そうなんですね。クロちゃん、お元気ですか」


「元気元気! いまだって、ほら!」


「ぎゅぅ」


 マレーヤの肩越しに顔を出す、まるでフィギュアサイズのフェアリー。


「うにっ!?」


 とたん、弾かれたように顔を上げるにゅう。


 目を輝かせて、クロのほうへ駆け出す。途中、大きな伸びと、後ろ足で首の後ろをバリバリ掻くのは忘れなかったが。


「まったく、もう少しで考えがまとまるところだったってのに」


「なぁにぃ、水臭いじゃん、おっさん! 悩んでるならマレーヤさんに聞いてみなよぉ。ほらぁ」


 ドスン! まだ源大朗が寝そべっているソファーに、勢いよく腰を下ろすマレーヤ。


「ぅあ! デカいケツ乗せんな。重いだろ!」


「はぁ~! 誰もおっさんの上になんか乗ってないじゃん! ぁ、チーズケーキ~ぃ! ラウネアさん、いいんですかぁ?」


「ラウネア、むやみにエサやる必要ないぞ」


「新しいレシピ、試してみたので、感想が聞きたかったんです。はい、源大朗さんの分ですよ」


「エサってなによ~! きゃ~、ラウネアさん、これ美味し~~~~ぃ!」


「ほんとう、美味しいです。なんだろう、この……」


「レモンピールの代わりにグレープフルーツの皮を入れてみたの。香りが、ぅん、けっこういいですね。うふふ」


「ラウネアさん、天才! こんな冴えない不動産屋止めて、洋菓子のお店にすればいいのに~! おっさんは配達ね。あとクリーム混ぜたりする係なら使ってもらえるかも」


「なんだそりゃ。冴えない不動産屋って、おい。だいたいな、菓子ばかり食ってると太ってますますケツがデカくなるんだぞ」


「イヤッ! わたし、そんなにお尻大きくありませんっ!」


 これにはなぜかアスタリがあわてて答える。


「うにゅっ!」


「ぎゅるぅ」


 そう言っている間にも、クロを追いかけて飛び跳ねるにゅう。夷やの店内はまるで、


「どうぶつえん」


「ただのネコと羽つきの子ども、ってのだけだろ」


「熊とマングース」


 キアの言葉から一拍置いて、


「それってオレが熊か」


「なんでマレーヤがマングースなのよー!」


 ますます賑やかになるばかり。なのだが、源大朗、ふと我に返って、


「ところでなにしに来たんだ。コーヒーも持ってないようだし、ほんとに菓子食いに来ただけなら、とっとと帰れよ。仕事の邪魔すんな。いま大事なとこなんだ」


「ぁ、そうだ! それそれ! その仕事のことだよ! おっさん、雪女のコのことで、失敗したんだって?」


 不思議とマレーヤも真顔に返って言い返す。どうやらキアに学校で、顛末を聞いたらしい。


「は! 失敗じゃない。が、……ぅーん、失敗かもな。満足いく部屋を紹介できなかったんだからな」


「へー、珍しく反省なんかして、おっさんもショックだったんだ。かわいそー」


「抜かせ、こんどは冷やかしかよ」


「へっへー、マレーヤさんにいい考えがあってさー。それで教えに来てあげたんだぞー。聞きたい? 聞きたーいー?」


「だから冷やかしなら帰れって」


「むかっ! 冷やかしじゃないってば! ねぇ、アスタリ!」


 急に水を向けられたアスタリ、


「あのっ! ……じつは」


 その方策、とは。


「わたしとマレーヤの友だちの、知り合いに……」


「それ、ほとんど他人だぞ。完全に他人だな」


「うるさい、おっさん! 黙って聞いて!」


「その、サラマンドラのコがいるんです」


「サラマンドラ?」


「サラマンドラ……、火を噴く竜、ですね」


 ラウネアが言う。


 サラマンドラ、サラマンダー、サラマンデル……、これらはすべて火を司る精霊、幻獣の呼び名。


 トカゲのような姿で、燃え盛る炎の中、溶岩といった超高温の環境に住んでいる。また、好む。


 自身、炎を操ることもできる。


 その皮は炎を遮り、耐える盾や服にもなると言われる。


「なぁるほど」


 ようやく源大朗、マレーヤたちの言わんとすることがわかった、と眉を持ち上げて見せる。


「つまりそのコが部屋を探してるんだな。いいぞ、さっさと連れて来い」


「違うって! いや、違わないけど、ほら、わかんない? サラマンドラなんだよ。火吐くし、年中カッカ燃えてんの。すぐ椅子とか家具とか焦がしちゃうし」


「そうか大変だな。服とか、着られるのか、大丈夫なのかよ。ん? 年中燃えてる、熱い……、そうか!」


「遅すぎ! おっさん鈍過ぎだろー! さっさと」


「火災保険は倍くらいかけといたほうがいいな」


「そこじゃないっ!」


 思わずマレーヤの膝が源大朗の尻を蹴り上げる。


「っんだよ、痛ってーな!」


「サラマンドラの熱で、雪女の寒さを中和したら、って、言ってる」


「すいません、大丈夫、でしたか」


 キアが説明し、アスタリがあやまる。源大朗のズボンをハンカチで払うが、ちっとも汚れていないことに気づく。


「そういうこと! 少しはわかれよ、おっさんはー!」


「うるせえな。じつは最初からわかってら。おまえの蹴りも、もう少し鍛えとくんだな。で、だ。そのサラマンドラのコは承知してるのか」


 どうやらマレーヤの蹴りも、とっさに微妙に避けているらしい源大朗、急に真顔になって聞いて来る。


「は? もう、ボケてるのかほんとにバカなのかわかんないから、そういうわかりにくいのやめてよねー。……まだ聞いてはないわよ。だってまず、その雪女の、レイカさんだっけ、そっちに確認するのが先でしょー?」


「筋道としては、そうですね。レイカさんの件が先なわけですし」


 ラウネアも言う。


「ふん。そいつはつまり、毒を以て毒を制すってやつだな。熱で冷気を相殺する、か。サラマンドラと雪女の同居、ルームシェアってわけだ」


「そーだよ、ぜったいよくない? うまくいけばふたりとも得なんだし、ぜったいイケるって!」


 自信たっぷりに胸を叩くマレーヤだ。


「ラミアーとハルピュイアでルームシェアってのをこないだやったばかりだが、熱と冷気、どうでるか、な」


「レイカに連絡する、ね」


「そうだよそうだよ! 善は急げーーー! あ、ふたり分決まったらさ、マレーヤに紹介料! おーいしいランチでもご馳走してよね! おっさん!」


「ああ。そこのコンビニで売ってる弁当なら、どれを選んでもいいけどな」


「コンビニじゃないやつ!」


「……ぁ、レイカ? 夷や不動産のキア。じつは……」


 さっそくキアがスマホで電話をかける。キア、話しながらずっと、手元のタブレットを見つめていた。




「え、ダメ? なんで! なんでなんで? なんでダメなのなんでー!?」


 さわぐマレーヤに、


「うっさいぞー。まぁ、そういうこともあるだろ」


 なぜか淡々と、源大朗。


「すいません、せっかく提案していただいたのに。いい考えだなって、思うんです、私も。けど、見ず知らずの人と同じ部屋に暮らすのは、ちょっと」


 とっておきの提案、で呼び出されたレイカではあったが、


「ストレスが上がってしまうのでしたね。たしかにいきなりだと、厳しいかもしれませんね」


「えー、そんなのよくない? サラマンドラのさ、きっといい子だよー。友だちになっちゃえばストレスとかさー」


「だいたいおまえ、知ってるのか? そのサラマンドラの名前は? 会ったことあるのか?」


「うっ……、ぅー、まぁ、昨日聞いて、思いついただけだから、まだ。だけど、でもそれならまず会ってみてさー」


 食い下がるマレーヤだが、


「会って、話して、すぐ打ち解けて、って、難しいかもしれないですね。みんながマレーヤみたいじゃないし」


「ほんとう、ごめんなさい。やっぱり、自分の部屋は自分だけのひとりがいいな、って。友だちとは、外で会うのはぜんぜんいいんですけれど」


 やはり難しいようだ。


「部屋は分けても、共用の水回りとかはあるしな。人の気配がつねにあったりすると、ストレスは、あるだろ」


「リーアさんとフレイヤさんは、もしかすると奇跡的にうまくいったのかも、ですね」


「リーア、ああ見えて世話焼きさんですから。私もリーアとだったら……、ダメですね、彼女を冷えさせちゃう。リーア、私といっしょだと、いつも眠い眠いって。楽しいけど、だからお互い、いっしょに居過ぎないようにしてたんです」


 レイカが苦笑して言う。


「ヘビだから、冬眠しちまうかも、か」


 ペアリング、マッチングは重要なのだ。


「あー、んー! そうかぁ、ダメかぁ。ごめんねえ、レイカさん。ほんと、ごめん!」


「いいえ、いろいろ考えてくださって、ありがとうございます。うれしかったです。私のわがままで、すいません」


「わがままなんて。マレーヤの思いつきで、私もいいなって思ったんですけれど、わざわざ呼び出しちゃって、ごめんなさい」


 アスタリも頭を下げる。その横で、キア、


「ちょっと、行ってみたいところ、ある」


 そう言うと、それまでさわっていたタブレットを閉じる。


「よぉし、行くか」


 同時に立ち上がる源大朗。そのタイミングの良さに、


「えっ、え? どこ行くの? キア、なにやってたの? ねえ、ねえっ?」


 驚くマレーヤ。しかしもうキアは表戸を開けて外へ。振り返って、


「こっちが本命、だから。マレーヤたちは、お留守番。レイカ、行こ」


「ぁ、あっ、はい!」


 あわててレイカも立ち上がった。


明日も昼から更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ