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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第三章 幸せなスノーレディー
15/26

3

雪女だからって、寒ければいいわけじゃない?

「ふんふん、リーアもな、客を紹介してくれるなら先に言ってくれって、いうんだよなあ。むー、ん。ははは!」


 翌日の夷や店内。


 源大朗、いつになく上機嫌だ。昨日の顛末で、リーアの友だちの亜人の客がやってくるのが予定されているからだ。


「お客さま、ですよ、源大朗さん」


「はいはい。と、そろそろだな」


「良かったね」


 丸一日閑古鳥が鳴いていることも珍しくない夷やで、少なくともひとりは客が来る、という保証は、なにを置いても喜ばしいのだ、とわかる。


 ところが、


「ん……、なんだか冷えて来たな」


 ぶるっ、と源大朗が身震いする。両腕を組むように胸元を抱き合わせる。


「そういえば、どういうお客さまか、よく伺っていませんでしたね」


 ラウネアも襟元のボタンを留めながら言う。ボタンに引っ張られた胸元が窮屈そうに突っ張った。


「聞いたんだったっけな。けどキアが」


「だって、あの小説の、アセットマネジメント会社の社長、健太郎って名前だった」


 そうキアが言った途端、またリーアの発作のような取り乱しぶりが炸裂して、こんどこそ逃げるように店を出て行ってしまったのだ。


 おかげで、アポイントの日時くらいしか伝わらなかったのである。


「にしても、マジで寒いな! どうなってるんだ。異常気象か!」


「近ごろ多いですからね。でもほんとうにこれは」


「室温、十度切ってる。真冬の寒さ。暖房入れる?」


「おう。って、そういう問題じゃないな。なんでこんな……」


 そのときだ。表戸のガラス越しに人影が見えた。物件チラシが隙間なく張られた、その隙間から髪の長い女性のように見える。


「いらっしゃいま……、ぁ、ひゃぅ」


 さっそくラウネアが戸を開けようとして、声を上げた。源大朗がとっさに腰を浮かす。キアが、


「戸が、すっごく冷たくなってる」


 見る見るガラスにも霜が付き始めていた。金属製の戸の引き手が冷たすぎて、ラウネアが声を出したのだ。


「こりゃあ、あれだな」


 そう言う源大朗の息が白い。


 凍り付いた表戸をギシギシ音をさせながらキアが強引に開けると、びゅうぅぅ……、雪混じりの冷気が吹き込んで来た。それとともに、


「ごめん、ください」


 細面の女性の顔。真冬のコートを着込み、マフラーを首に巻いている。その姿。


「ゆき」


「雪女!」


 キアと源大朗が立ち尽くす中、


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 ラウネアだけがふだんどおりの接客を笑顔でこなす。カウンター席を勧め、希望物件シートと筆記具を並べる。


「ぁ、どうも」


「コート、良かったらこちらにおかけくださいね。いまお飲み物お持ちしますけれど、熱いお茶で良かったですか?」


 雪女の女性が軽く会釈して座る。コートは脱がない。


「お茶で、いいです。熱くて、はい」


「熱いのでいいのか」


「いいんだ」


 そこまで呆然と見ていた源大朗とキア、ようやくつぶやいた。


 お茶も入り、女性が希望物件シートに記入している間、エアコンは暖房設定二十八度でフルパワー稼働していたが、店内はちっとも温まらなかった。エアコンの暖気が、途中から冷気に負けてしまうのだ。


「えっと、名前は……、レイカ、さんね。で、やっぱりあれか……」


「はい。雪女、です。雪の精、とも呼ばれたりします」


 さっき出されたばかりなのに、すっかり冷えてしまったお茶を口に運ぶ。


 ここまで来てレイカ、フードを外した。


 銀色の長い髪がふわっ、と広がった。雪、というより氷のように青白い肌に、濃い青い目が、さらに、


「ぅう、ぶるっ! ……くぇぅいっ!」


 寒気をもよおさせる。源大朗、くしゃみをかろうじて噛み殺した。キアがティッシュを渡しながら、


「ジャックフロスト、スネグラーチカ……」


「ぁ、よくご存じですね! ええ、そういうふうに、雪や冷気の亜人って、こちらでは登録されています。もともとの世界は、とうぜん一面の雪と氷の国で、それがふつうなんですけれど」


 ジャックフロストはイングランドの、スネグラーチカはロシアの、やはり雪や霜の精とされる。


 レイカ、ちょっとうれしそうに語った。


 ほんの少しだけ、寒さが和らいだ気がした。


「それで、レイカさんは」


「レイカでいいですよ。ちょっと口は悪いけれど、とってもいい社長さんだって、リーアからも聞いていますから」


 そう言って笑うレイカ。


「まぁ、良かったですね、源大朗さん!」


「……」


「お、おう。……で、レイカ。リーアの友だちなんだったか」


 ラウネアとキアの、なぜか不自然な反応を横目に源大朗。


「はい。まえにアトラクションでバイトしていたときに、リーアもいて」


「水道橋の有名なアトラクションだな。やっぱりお化け屋敷の雪女の役か」


「よくわかりますね」


「ん、まぁ、な」


「雪女役ですぐに採用されたんですけれど、お客さんが、怖いより寒いっていう苦情が殺到して。スタッフも寒すぎて無理っていうことで」


「わかるわかる……」


「それですぐクビになっちゃって。けどリーアとは仲が良くて、辞めた後も連絡を取っていたんです。それで、最近いい不動産屋さんの紹介で、いいところに引っ越したって聞いて」


「それな。うん。まぁ、よく来てくれた。部屋を探してるんだよな。えーっと」


 ここで源大朗、レイカの記入した物件シートを手に取る。その紙も、もう霜がついていた。


「なになに、ワンルームあるいは1DK。駅から十分、築年数にとくにこだわりなし。オートロック、もチェックなし、か」


「あまりセキュリティは気にしなくてもいいんです。たいてい冷えて、必要な人も来ないので」


 これも、わかる気がする源大朗たちだ。


「この寒さは、やっぱりレイカさんの能力っていうことになるんでしょうか」


「能力というか、体質、のほうかな、って。とくに、寒くしてやる、って思ってこうなってるわけではないんです」


 ラウネアの問いに答えるレイカ。


「なら、この寒さは」


「自分で故意にやってるわけじゃないって、じゃあ止めることもできないってことか、っくしょっ! ……ずびっ」


 またくしゃみが出て、またキアに無言でティッシュを渡される源大朗。


「すいません。あ、でも」


「できるんですか?」


「できるっていうか。その……、わたし、すごく人見知りで、知らない人とうまく話せないし、上手にやっていけないところがあって。そのストレスっていうか、それが高まると、寒さが増してしまうようなんです。って言うと他人事みたいで、ダメなんですけれど、自分でもよくわからなくて。お医者さまとかにも、どうにもできないですし」


 ようは、コントロール不可能なのだ。


「そりゃぁ大変だな。それで、いま住んでる部屋も」


「はい。ふつうのアパートの二階に住んでいたんですけれど、全部の部屋……十部屋くらいなんですけど、部屋が寒くていられないって。他の住人は出て行くし、水道管も凍って破裂してしまうし、町内が断水してしまったこともあって」


「それで追い出された、の」


「退室勧告って、ええ、出て行かないと、他の部屋の損害を払ってもらうって言われて、はい」


 それではいられるはずがない。


「リーアさんも、たしかヘビの身体が移動する騒音がうるさいって、それが原因でアパートを追い出されたと聞いていますけれど」


「その比じゃ、ない」


「やっぱり、ダメです、か」


 気落ちするレイカ。しかし、


「なに、心配するな。そういう客……、お客さまに部屋を紹介するのがウチの、夷やの仕事だ。それも、がまんして妥協してしぶしぶ、てんじゃない。借主も貸主も満足して、ウインウインな、完璧な仕事をするプロだからな」


 源大朗、胸を張る。もっとも、寒さに上着の前を掻き合わせたその姿は、すっかり丸まった猫背だったが。


「ウインウインとか、知ってるんだ」


「バカにすんなよ。オーストラリアのウイーンが発祥なんだってな」


「……どこも、合ってない」


 与太はともかく、


「ありがとうございます。ほんとううれしい、です。来て良かった。リーアにも感謝しなくちゃ」


 レイカは笑顔を見せる。その瞳がうるんでいた。


「おいおい、まだなにもしちゃいないんだ。感謝は早いよ。けどあれだな。レイカの場合は、ただ部屋の広さやロケーションや、築年数なんかじゃない探し方が必要だな」


「いちおう、希望シートの条件でリストアップした物件をプリントしてはみたのですけれど」


 ラウネアも素早く物件を探し始めていた。しかし、源大朗の言うように、


「んー、このどれかが気に入って入居しても、なぁ」


「また寒さトラブルに、なる」


 キアの言うように、根本が解決しなければ元の木阿弥。ずっと物件を転々としなくてはならないだろう。そのうち、貸してくれる相手もいなくなる。


「どうするか、だ」


 源大朗、腕組みするうち、無意識にシャツのいちばん上のボタンを外していた。見ればさっきの猫背から、ずっと身体も伸びている。


 それを見たラウネア、自身でも感じるところがあったのか、


「あの、ストレスが原因で冷気が出てしまう、ということでしたけれど」


「ぁ、はい。身体から直接冷気が出るのではなくて、周りの空気を冷やしてしまう、というか、正確には、なんですけど」


「そうなんですね。他人とのストレスがいちばん大きいんですか?」


「ええ、やっぱり。ほかにも精神的プレッシャーとかは、もちろんありますけれど、いちばんは、人、ですね。初対面の人と話さないといけない、とかが、どうしても、ストレスで……」


 レイカの表情が曇る。


「じゃあ、初対面でなければ、どうですか?」


「ぇっ」


「お店に来て、まだ十分くらいですけれど、もうずいぶんみんなともお話できてるって思うんです。いろいろ聞いちゃって、失礼かもって、そういうところもあるんですけれど、おしゃべり、楽しくないですか? わたしは、楽しいです。レイカさんといろいろ話せて」


 ラウネアの言葉に、全員が顔を見合わせる。


 源大朗もキアも、もちろんレイカも。それから、


「まったくだ。もうふつうに話せてるじゃないか。オレも、レイカと話すのは楽しいぞ。仕事はもちろんだが、それだけじゃない」


「レイカと話すの、楽しい」


「はい。わたしも楽しいです。初対面の人たちと、正直こんなにしゃべったのは初めてです」


 誰ともなく笑いが漏れた。自然、笑顔でうなずき合っていた。


 そして気づく。


「ん? さっきよりずっと寒さが緩んで来てるな」


 源大朗の言うとおり、


「温度も、二十度近くに上がっていますよ」


「暖房フルパワーじゃ、暑いくらい」


 これでわかった。レイカのストレスが軽減したことで、冷気が緩んだのだ。


 初めての店を訪ねることで、最初ストレスはMAXだった。リーアの紹介とはいえ、初対面の三人といきなり対峙するとなれば、当然とも言える。


 それが話すうちに、あっという間に打ち解けて、ストレスも低下。リラックスした状態で、冷気も耐えられないほどのものではなくなっていく。


「あの、わたし、こんなふうにすぐ、いっぱい自分からしゃべれるのって、初めてかも。リーアが紹介してくれた、ほんとの意味がわかった気がします」


「ははっ。ウチはアットホームでやってるからな。物件はともかく、アットホームなら売るほどある、ってんだ。て、ぉうっ!」


「にゅっ!」


 源大朗をかすめるように、にゅうがテーブルの上へ上がったのだ。


 にゅう、興味深そうにチラチラとレイカを見る。けれどすぐにレイカに鼻づらを押し付けたり、膝の上へ飛び乗ったりはしない。


「ダメ、にゅう」


 キアが下ろそうとするが、にゅうはスルッ、とすり抜ける。かと思うと、テーブルの角に身をくねくね擦りつけている。


 いかにもネコっぽい動きに、


「あらあら、レイカさんのことが気になるのね。はい」


 ラウネア、あっさりにゅうをつかまえると、レイカの膝へ。


「わぁっ」


「にゅ」


 レイカ、困ったような笑顔。けどやはりうれしそうだ。それでもまだにゅうにさわれずにいると、


「にゅぅぅ」


 にゅうのほうから、膝の上を何度かくるくる回った後、どてっ、と横になる。丸くなって目を閉じる。


「ぁ、寝た」


 これにはキアも意外な表情。


「かわいい……!」


 レイカ、手を伸ばし、にゅうの背中をなでる。ゴロゴロ、と心地よさそうに喉を鳴らす音が響いて来た。


 ネコ類には珍しいことではない。初対面の相手でも場合によっては興味が勝って身を擦りつけたり、膝の上や目の前で、ごろん、と腹を出すことも。


「まぁ、にゅうもレイカさんのことが気に入ったみたいですね。なかなか他の人にはなつかないコなのに」


 ラウネアも微笑む。


「ぅー……」


 キアだけちょっと複雑な表情だ。ところが、


「にゅっ」


 突然にゅう、目を開けると身を起こし、さっとレイカの膝から降りる。ごまかすように後ろ足でバリバリと首の後ろを掻くと、


「ふにゅぅ」


 こんどはキアの膝の上へ。所定の位置にまん丸くおさまって、満足そうに目を閉じた。


「ぁ」


「やっぱり飼い主の膝がいいんですね。でもうれしかったです」


 レイカもうれしそうに微笑む。


「でも、なんで」


「ネコのきまぐれだろ。理由なんかそんなもんで……、んっ」


 しかし源大朗、不意に思いついたように言葉を切る。


「どうしたんですか? 源大朗さん、なにか」


「どうやらこのへんに答えがありそうだな!」


夕方にも更新予定です

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