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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第三章 幸せなスノーレディー
14/26

2

新たなお客様は雪女。てことはやっぱり寒いところが・・

「ぬぁー、おい、パンツが逆なら最初から言えってんだ」


 誰へともなくつぶやきながら源大朗、富士見湯からの道をぶらぶらと歩く。


 さらにいえば、源大朗のパンツは前後どころか裏表も逆だった。二重の意味でまったくダメダメである。


 しかし苦虫を噛みつぶしたような表情は、そこではなく、


「……オレの役に立つ、だ? どういうことだ。ったく、大家ならまず、店子の幸せを考えて家賃棒引きとかなぁ」


 相変わらず文句を垂れているが、目は笑っていない。富士見湯の湯に浸かりながら遠くを見るような、あの目のままだった。が、


「ぉ」


 道の先に夷やが見えて来ると、変わる。同時に例の喫茶店の建物も見えているのだが。


 どことなく、あたりの景色までが明るく色づいて来るようだ。そこに、


(あいつらが……、みんなが、な)


 いるから。


 そんな感情を裏付けるように、近づくにつれ、聞こえて来る音、声。


 色が濃くなる。味気ない無彩色のようだった視界が生き生きとした現実に変わる。


 源大朗の、生きる場所に。


 もう数歩で店の表戸に手がかかる。と、そのとき、


「……それじゃ、どうも、ありがとうございました~!」


 その言葉とともに中から戸が開いた。同時に、


「おっ!」


 源大朗、出て来た人影とぶつかりそうになる。


 いや、正確には、出て来た大きなシッポというか、下半身の先端、と言った方がいい。それは、


「ぁ、すいません! 大丈夫でしたか……、て、ぁ……、社長!?」


「おまえ……、じゃないえっと、リーア……、リーアだったか?」


「はい。はい! リーアです、源大朗社長さん、お久しぶりです、ご無沙汰してますっ」


 元気よく答える。メガネの向こうの目が笑う。


 ラミアー族のリーア。


 ヘソから下はヘビだ。上半身だけなら小柄な少女なのだが、ヘビ体の「しっぽ」部分は長く、そこだけでも二メートルの長さがある。


 太さもあるから、ひとりだけで狭い夷やの床がいっぱいになるほどだ。


「源大朗さん、お帰りなさい! リーアさん、来ていたんですよ。いま、ほらっ!」


「おかえり」


 ラウネアとキアが出て来る。いままで店で、リーアと話していたのだろう。


「おう。リーア、元気そうじゃないか」


 源大朗が言うと、


「はい! 覚えていてくださったんですね、ありがとうございます。うれしいです!」


 リーア、目を輝かせる。


「忘れるかよ。まだひと月くらいしか経ってないだろ」


「もう三か月経ちました。源大朗社長さんの紹介してくださった……、改造してくださった物件に引っ越して!」


 そう、リーアはこの夷やの客だったのだ。


 三月前、それまで住んでいたアパートを追い出されるように出なくてはならなかったリーアだったが、家賃面などを考慮した無理のない物件を契約できた。


「フレイヤ、だったか、ハーピーのちっこいの、あいつは元気か」


「はい、すごく元気で、毎日宅配の仕事に飛び回っています! 言葉どおり、飛び回ってるって感じで!」


 はきはき答えるリーア。


 その言葉どおり、フレイヤはハルピュイア族、つまり半人半鳥の亜人で、リーアとルームシェアして暮らしている。


 ルームシェアといっても、部屋と部屋でそれぞれのスペースを分けるのではない。


 間取りごと上下にまっぷたつ。途中に中間床を設け、上をフレイヤ、下をリーア、とした。それでお互い少しも不便がないばかりか、家賃も半分で済む。


 まったく異なるタイプの亜人ふたりをひとつの部屋に、その特性から住み分けるように改造する。


 まさに亜人に特化した不動産店、夷やの仕事の最たるもの、だった。


「それで、どうした? なにかトラブルか。部屋の設備とか、ウチが頼んだ施工のことならまだ三か月だからじゅうぶん保証が利くぞ」


 源大朗の言葉に、


「い、いいえ。そういうのじゃない、んですけど……」


 リーア、急に恥ずかしそうに口ごもる。目を逸らすのは、助けを求めるようでもある。はたして、


「リーアさんの小説が、賞を取ったんですって! 源大朗さん」


「それで来てくれた、の」


 助け船を出すのはラウネア。キアがその本をかざして見せる。源大朗、渡されて、


「んー? 『ノベル・ペガサス』、なになに「あなたの魂を揺さぶるBLマガジン」か。BLって、なんだ?」


「わ、わー! あー! ぅうーーぅー! ちょ……! ダメぇ! ご、ごめんなさいぃい!」


 とたん、リーアが声を上げながら源大朗につかみかかる。ポカポカと、その背中や腕を叩いた、と思うと、雑誌を奪い取った。


「うわ! なんだ、おい。どうした。顔が真っ赤だぞ、リーア。ぁあ? オレがなにかしたか?」


 源大朗も驚いて、ラウネアやキアの顔を見る。


「恥ずかしかったんですよ。ねえ」


「て、その本を見せに来たんだろ?」


「うん、すごいねって、言ってた。けど」


「ごめんなさいごめんなさい! でもダメですぅ! 源大朗社長さんはダメなんですぅう!」


 ラウネアたちが説明するも、リーア、雑誌を胸にがっちり抱えて首を振る。長い髪がぶるんぶるんと翻った。


「泣くことないだろ、ぁー、どうなってるんだ。て、おい! ちょっと待て! 待て待て、ちょっ……!!」


 これには源大朗もまったくお手上げの態だ。


 ……およそ十分後。


「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい、です」


 夷やの店内。ようやく落ち着いたリーアが、あやまっていた。こんどは何度も長い髪が縦にバサバサッ、と揺れる。


 ようはリーア、自分のBL小説が専門誌で受賞し、


「受賞っていってもようやく入選なんですけど、うれしくて。小説、続けたほうがいいって、言ってくださったの、夷やのみなさんですし、部屋も、バイトも紹介してくださった源大朗社長さんに、ひと言お礼を、って」


 その報告がてら夷やに寄った、までは良かったのだが、ラウネアやキアはともかく、当の源大朗に会うと急に恥ずかしさがこみ上げ、


「で、あれか。ヘビんところで巻き付いて来たときにはな、死ぬかと思ったぞ」


 最後のところの『待て待て! ちょっ……!!』がそれであった。


「ほんとうにほんとうにすいません、ごめんなさいっ!」


 平身低頭のリーア。もともとヘビ体なので椅子やソファーには座っていないのだが、夷やの店の床に五体投地する勢いだ。


「まぁまぁ、それより小説、すごいですね、おめでとうございます。あとでゆっくり読ませていただきますね」


 改めてお茶を配るラウネア。


「は、はぁ。ありがとう、ございます」


「この、主人公のアセットマネジメント会社社長の男、なんかイラスト、源大朗に似てる」


「ぁ? どら見せてみろ……、似てるかぁ、オレはこんなヤサ男じゃない……」


「あああああああ!! きゃあああああっ! ダメダメダメぇえええ!」


 さっそく雑誌を開けて受賞作を読んでいたキアが源大朗に。


 その瞬間、発作が起きたように叫ぶリーア。もはや顔は真っ赤を通り越して、湯気が出ていそうだ。


「お、おい、こら! だからシッポで巻き付くのやめろ! うああああ!」




「で、なんなんだ」


 気を取り直して。二度もリーアに巻き付かれた源大朗、シャツが破けたので着替えている。


「ほんとう、すいませんごめんなさい……。シャツ、弁償します」


「そんなのかまわん。もう百回くらい洗ってあちこちほつれたヤツだ、気にするな。でまぁ、なんだ、賞を取って本格的に小説家デビューか、すごいもんだぞ」


「でもわたしのは、BL小説で……」


「どんなジャンルだろうがかまうもんか。キアに聞いたら、売れるのは何百万部も売れるんだってな。そうなりゃ、ジャンルなんか軽々飛び越えちまうさ」


「はい、ありがとうございます。なんだか、源大朗社長さんに言ってもらって、勇気が出てきました。がんばります」


「おうそうか。がんばりな。ウチの客は、透明族のミナといい」


「いまでは海外のショーでも見る、国際的モデルさんですよね、ミナさん」


「マーメイド族のレイチェルといい」


「マンガ家で、ウェブコミックが話題になって、連載も始まった」


 ラウネアとキアが説明を入れる。


「知ってます! みなさんすごいですよね。わたしなんかまだまだで」


「まぁそれだけみんな努力してるってことだ。リーアもがんばりな。てことで、な」


 源大朗が腰を上げる。


「あ、あの! 源大朗社長さん!」


「社長と、さん、はどっちかでいいぞ。女同士、ラウネアやキアも、おしゃべりもかまわないからな。ゆっくりしていきな」


「違うんです! ぁ、いえ、ありがとうございます。いえあの、ここへ寄らせてもらったのは、じつは私の、最近知り合った友だちなんですけれど、やっぱり亜人の、はい、いま部屋を探してて」


また明日も更新予定です

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