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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第二章 マレーヤの秘密の「仕事」
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6

お昼の部、更新です。第二章のラスト。

「……ここ、って」


 誰ともなく声が漏れる。


 ツルハシで通気用の穴あきブロックを源大朗が突き崩すこと数十分。不意に、ガサッ、と周辺ごと穴が開いた。


 その先に、思った以上に広い空間が現れた。


「なんだったんでしょう。この、部屋?」


「防空壕?」


 覗き込んだキア、スマートフォンの灯りで手近な地下の壁を照らす。湿気に苔むした石が積まれてできた壁だ。


 そしてその先に、


「なにか、ある」


「どいてろ。もっと……」


 源大朗がさらに、ようやく人が滑り抜けるほどの広さに掘り広げ、全員が地下室に下り立った。


 天井が低い。


 身長百五十センチほどのキアでも、頭のてっぺんが着きそうになる。源大朗は腰をかがめていた。


「戦時中は防空壕として使われていたのかもな。けどもっと古い。この建物自体、ゆうに五十年ものだが、この地下はもっと、それこそ江戸時代の蔵だったのかもな」


 しかしこの地下に下りる階段やはしごなどはない。


 まるで蓋をするように、地上の建物が建てられたようにも見える。


 そして、


「え……、こんな!?」


 下りる途中で、すでにおぼろげに見えていたもの。


 しかしこうして対峙すると、よけい不気味で得体のしれないものが目の前に広がっていた。


「繭……、か」


 地下室は建物と同じく八坪ほどの広さ。そのすべてがひとつの部屋、空間だ。


 その半分ほどをも占めている、大きな蜘蛛の巣のような、黒い、幾重にもからみあった構造物。


 その中心に、


「クロ? ……クロ、なの?」


 真っ黒な物体があった。


 周りの「巣」に守られるように、宙に浮いている。


 同じなのは黒いというだけで、ちっともクロの姿はしていない。ただの、繭か蛹のような塊だ。


 見つめていたマレーヤ、たまらず、


「クロ! クロなんでしょう!? ねえ!」


 手を伸ばす。巣に触れると、ひとつひとつの網のようなものが震え、たわみ、


「おいやめろ! さわるな」


 源大朗が止めようとするも、


「なんで!? クロかもしれないんだよ! ううん、ぜったいクロだよ、わかるの! クロなんだから、あそこにいるの!」


 振り切って、中心へ近づこうとするマレーヤ。「巣」の網は切れずに、ぐぅーんと伸びて広がった。


「待ってマレーヤ! まだクロだってわからないし、危ないわ!」


「さわっちゃ、ダメ」


 アスタリとキアが止める。マレーヤの身体を押さえて押し戻そうとする。


「なんで止めるの!? わかんないの? クロだよ! あそこにいるの、クロなんだから! クロ! 答えて! マレーヤだよ! わかる? いま行くから!」


 不気味な「巣」に半分以上を取られた狭い地下室。三人がからむとそれだけでもう「巣」に触れそうだ。


 その中、一歩後ろから源大朗。


「こいつは、ベルゼブブか……」


「ベルゼブブ?」


「ハエの王、と言うがな。ようは変態する亜人、いや、亜獣ってとこか。クロは幼体だったんだ。こうして蛹を経て、成体に育つ」


 マレーヤの手前か、あえてモンスター、怪物とは言わない源大朗だが。


「あの蛹が割れたら、じゃあ」


「大きなハエが……?」


 キア、アスタリが言葉に詰まる。


 ベルゼブブといえば、サタンに次ぐ邪悪な悪魔とされ、実力ではサタンをもしのぐとも言われる。


 予言をもたらし、作物を荒らし(逆に守ることも)、口からは炎を吐くのだと。


 そんな、悪魔にも似た亜獣が誕生してしまったら。


 どうすればいいのか、街はどうなってしまうのか、マレーヤや源大朗たちは。


 いっそ、まだ蛹の姿のいま、打ち倒してしまってはどうか。いまならそれができるのでは。


 源大朗の考えがわかったのか、


「ダメ! ぜったいダメ! あれはクロだもん! ベルゼブブなんかじゃないの! 別の姿にもしなったとしても、ぜったいクロだから!」


「でもマレーヤ、手に負えない怪物だったら」


「なんとか、しないと」


「違うもん! そんなんじゃない! クロは、そんなのになったりしない!」


 アスタリやキアの言葉もマレーヤを止められない。


「最初にいた、ってのも空き家の地下室だったらしいな。もともと地下で生まれて育つ、そんなやつじゃないのか」


 そんな、冥界の王にふさわしい亜獣なら、やはりその性質は……。


 源大朗の焦燥をよそに、


「クロ! いま助けてあげる! マレーヤがぜったい助けるから、クロ!」


 マレーヤが巣に飛び込む。身体ごと、突っ込み、網を引きちぎりながらしゃにむに手を伸ばす。


「バカやめろ! おい!」


「マレーヤ、ダメよ!」


「いけない……!」


 だが一瞬早く、マレーヤの手が中心に届いた。


 それをまるで待っていたかのように、ピッ……、ピキッ! 蛹の表面が震え、亀裂が入る。


 同時に中から強烈な光が放たれ、


「きゃっ!」


「うぁ!」


 全員が呻いた。全身を強く打たれたように弾き飛ばされる。地下室の壁や地面に打ち付けられた。


 そんな中、


「クロ……!」


 マレーヤだけが巣の中心で、黒い蛹をしっかりと抱いていた。


 じょじょに光の白い闇に地下室ごと呑み込まれていくようだった。




「なーんて、ね! なにがベルゼブブよ、ハエの王なのよ。ほんと、失礼しちゃうんだから!」


 いつもの午後。夷やの店内。マレーヤが得意そうに胸を張る。その肩に、


「ぎゅ」


 留まっている、白い人形。ではなく、


「ほんとう、驚きました。クロがシロになっちゃうなんて。それもこんな、かわいくてふわふわで、きれいな女の子になるなんて」


「まえからかわいかった。けど、いまもかわいい……」


 アスタリとキアも口をそろえる。


 それもそのはず。


 マレーヤの、いまは頭の上にちょこんと乗って、周りを不思議そうに見ているのは、金色の髪と白い肌のフェアリーだからだ。


 身長は三十センチない程度。


 だからほんとに、女児が遊ぶ玩具の人形のようだ。


 その背中には、肩甲骨から柔らかい羽がくしゃっ、と萎んでくっついていた。必要なときにはシャープに伸びて広がり、羽ばたきや滑空で飛ぶことができる。昆虫の羽に似ているが、ハエではなく、カゲロウの羽に近い。


「ぎゅぅ」


「あー、ちょっと! 痛い痛い! 髪の毛引っ張らないで、クロ! もーぉ、いたずらっ子なんだからぁ」


 そうされてもマレーヤ、うれしくてたまらないようす。


「良かったですね。これでずっと、クロちゃんといっしょにいられますね」


 ラウネアも、そう言って全員分のお茶を出す。お茶菓子のモナカもいっしょだ。


「千成屋のモナカか。こんないいもん、食わせてやるこたないぞ、ラウネア。……しかし昆虫みたいな完全変態の亜人たぁな。驚いたぜ」


 こちらもいつものとおり、ソファーの源大朗。


「変態はおっさんのほうでしょー! なのにクロのことハエ呼ばわりしてさぁー! ねぇー、クロぉ。あ、ラウネアさんモナカ美味しい~! お茶も最高!」


 これみよがしにマレーヤ、源大朗の脇腹を足先で小突く。


 ふだんなら、「やめろ、こら!」なところが、源大朗もモナカを頬張るばかりだ。その口元が笑っている。


「ベルゼブブって、もとはバアル・ゼブルっていう、神さまだったんですね。異教の神だったので、音が似たベルゼブブ(ハエの王)と呼び変えて貶めたっていう」


「それなら、もともとの高貴でいい神さまに戻った、って、クロもそういうことじゃん。ねー、クロ!」


「ぎゅぅぅ」


 クロを両手に抱くマレーヤだが、クロ、するっ、とすり抜けると羽ばたき、そのまま着地したのは、


「にゅ!」


 にゅうの鼻先。こんどはにゅうが、さっ、と前足でつかもうとするが、これも素早くすり抜け、ふたり、すっかりじゃれ合うように遊び始める。


「まぁ、仲がいいんですね。ふふふっ、クロちゃんも、モナカ食べるかしら。あまり甘いものは良くないのかしらぁ」


「にゅうも、友だちができて良かった」


「人間のものはたいてい食べるみたいですね。食べ過ぎとかカロリー取り過ぎとか、注意するのも人間と同じってことで」


「身体はずっと小さいんだから、あまり食わせすぎるとデブって飛べなくなるぞー」


「うっさい、おっさん! クロ、おいで、クロ~!」


 気がつけば、夷やの日常に新たなクロという要素が加わっただけで、それは少しも彼ら、彼女たちの関係を変えたりはしない。


 ただ少し、愉快で楽しくなった、それだけだ。


 それだけ……。


『おまえさん、あれを見たのかい。ふぅーん』


 源大朗だけが、お時の言葉を思い出していた。

 喫茶店の地下に、防空壕か蔵か、という空間があったこと。いつもどおり、富士見湯に入りにいった際に、クロの顛末を報告しがてら、探りを入れた。そのときの、お時の顔と言葉。


「なんだってんだ、クソ婆あ」


 それ以上、なにを問うても答えなかった、シワだらけの横顔に、頭の中で悪口を投げつける。


「あー、おっさん! モナカのあんこ、こぼしてんぞー! もうボケ始まってんじゃないの、かっこわるー!」


「抜かせ! そっちこそ甘いものばっかで太って泣くなよ!」


「きゃー! やめてよー!」


「ご、ごちそうさまです、ラウネアさん」


「……」


「まぁまぁ、お茶、お代わり、淹れますね」


 マレーヤたちの甘い声が飛び交う店内。源大朗の不安はどこか角を丸めて、なごんだ空気に紛れていった。


次回更新から第三章です。

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