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TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第二章 マレーヤの秘密の「仕事」
11/26

5

異世界新生物も無事引き取って、めでたし、となったと思ったら……

 それからというもの、平日の朝晩、それに休日はマレーヤとアスタリがクロといっしょにいて、平日昼間は源大朗が面倒を見る。場合によってキアが加わった。


 不思議なのはにゅうで、それまでは、キアといっしょでなければ夷やの店舗の建物からも出ることはなかったのが、


「……」


 毎日、店の前の道に出ては、向かいの喫茶店を見つめている。ときに、道を渡りかけて、


「あっ! ダメですよ、危ないですから」


 ラウネアに止められることも。


「ぅにゅ!」


 抱きかかえられてなお喫茶店を見つめ、手足をバタバタさせて下ろせ、と言う。


 それほど、クロのことが気になって仕方がないのだ。


 クロのほうはというと、にゅうに気づいているのかいないのか、ときおり喫茶店の二階の窓から顔を出したり、ガラス越しに中からずっと外を眺めていたり、源大朗の監視? のもとで、店の前のベンチで日向ぼっこをするくらい。


 いっこうに、にゅうに目は合わせない。


 しかしにゅうのほうは大興奮で、その姿を認めると、


「にゅ! にゃっ! にゅっ、にゅ、にゅぅぅうう! ううううううっー!」


 なにやらひとりでうなって、顔を振って、身体ごとくるくる回ったり、なぜか床に背中を擦りつけたり。


 ひとしきりやって、はっ! と我に返ったように起き上がり、照れ隠しのように後ろ足でバリバリ耳の後ろを掻いて、何事もなかったかのごとく夷やの建物に引っ込んでいく。


「興味津々ってやつだな。あんがい仲いいんじゃないのか」


 ふたり、もとい二匹を眺めていた源大朗がつぶやく。と同時に、午後の眠気に誘われて大あくび。と、見ると、


「……(くかっ!)」


 その隣でクロもまた、顔が全部口になったような大口であくびをしていた。


 いちばん変わったのは、


「マレーヤ、だよね」


 キアに言われるまでもなく、


「ぁ、マレーヤ、ちょっと待ってください!」


 アスタリがあわてて追いかける。亜人スクールの授業が終わるや、すぐに、


「早く早く! クロが待ってるんだから、早く帰るよぉー! キアも早くー!」


 教室を飛び出すマレーヤだ。中等部のフロアにも駆け下りて、キアを誘っていくのは、徹底している、とも言えたが。


 三人で家路を急ぐ中、


「あら、この間のアイスクリーム屋さん、開店してますよ! 先週はまだ準備中だったのに。けっこうかわいくておしゃれなお店ですね」


「ふーん」


「マレーヤ、寄っていかないんですか? オープンしたらぜったい行く、って、言ってましたよ」


「アイス食べまくる、って、言ってた」


 キアも声をそろえるが、


「なに言ってるの、クロが待ってるんだよ。早く帰るんだから。遅れたら、それだけクロといっしょにいられる時間、減っちゃうじゃん!」


 マレーヤ、真顔で返す。


 これにはふたり驚き、言葉を失ったあと、アスタリはクスクス笑いだした。キアもかすかに笑みを浮かべている。


「なぁによぉ。いいでしょお。クロ、かわいくないの?」


 口を尖らせるマレーヤ。相変わらずその歩みは早足だ。


「もちろん、かわいいですよ? いっしょに育てているんですから。キアもよく面倒を見てくれますし」


「クロも、にゅうも、かわいい」


「だったら」


「ええ、わかっています。マレーヤの言いたいこと、気持ち、よーくわかりますよ」


 アスタリが言い、うなずくと、マレーヤははにかんだように目を逸らした


「……あたしね、なんだかいま、すごーくうれしいんだ。すごーく、幸せなの」


「わかります。クロのお母さんみたいですものね、最近のマレーヤ」


「違うの! んー、いや、合ってるけど、でも違って」


「どっち、なの」


「あのね! あの……」


 いつもどおり、急いでしゃべろうとして、けれど言葉が探し切れなくて、一拍置くように息をつくマレーヤ。


 顔を上げると、大きく息を吸い込んで手足を伸ばした。


「マレーヤ……、あたしって、卵のままこっちの世界で生まれたから、お母さんとか知らないし。アスタリもそうだけど」


「そうですね。スピンクスは自分の卵を温めて孵す、はずなのですが」


 そのあたりの事情はよくわからないらしい。


 わかっているのは、同じ母親から生まれたらしいマレーヤとアスタリの卵は、こちらの世界の亜人コミュニティに引き取られ、孵卵器の中で孵ったということ。そうして生まれた。


 その先は、やはり亜人コミュニティの中で育つうち、町医者の指月雄二を通して、お時と知り合う。雄二は亜人コミュニティの健康診断など、医療面のサポートで携わっていたのだ。


「お時婆さ……、オーナーにはすごく良くしてもらってると思う。学校にも通わせてもらって、喫茶店の仕事をする代わりに部屋もタダで住まわせてもらって。アスタリもいるし! ずっとマレーヤといっしょにいてくれる」


 アスタリとキアが見つめる中、マレーヤは前を向いてしゃべる。少しずつ表情が明るくなる。


「キアもいるよね! キアもいてくれて、ラウネアさんも! ……あー、源大朗のおっさんもいるし。まぁ、おっさんは、ぅん、おっさんもいないとね。うん、とにかく、みんなといられて、ずっと楽しかったし、うれしかった。マレーヤ、バカだけど、すごくありがとう! って!」


「それは、わたしも同じですよ。マレーヤとずっと姉妹で、ずっといっしょにいられて、感謝しています」


「うん! ありがとう、アスタリ! キアも! ありがとう! ラウネアさんやお時婆さんや、指月先生や、源大朗のおっさんも、ありがとうって、思ってた。でもクロが来てからは、もっとうんと! ありがとうって、思うんだ」


「マレーヤ……」


「だからなの! きっとマレーヤもアスタリも、いろんな人に助けられて、お世話になって、生きて来たの。生きて来れたって。すごーくすごーく大事なことで、ぜったいぜったい忘れちゃいけないことなのに、よくわかってなかった。楽しくて、毎日、んー、イヤなこともあったけど、でもそんなのぜんぜんすっ飛ばしちゃうくらい、やっぱり楽しかったんだと思う」


 キアがうなずく。アスタリも何度もうなずいていた。


「でもクロが来て、クロにいっぱいなにかしてあげて、それってすごい、うれしいことなんだって。変な生き物で、なんだか、どうなるのかもわからないし、ときどき、あちこちにゲロしたり、もっとあれも……、けど、そんなふうに面倒かけてくれるのがうれしい。もっともっとやってくれたっていいし、世話させて! って」


「やっぱりマレーヤ、お母さんになっているんですよ。クロの、っていうより、クロをきっかけにマレーヤの中のお母さんが目を覚ましたというか」


「うん。そうなんだけど」


 さっきは否定したことを、あっさり認めるマレーヤ。マレーヤの中では、これまでしゃべって来たことと矛盾していないのだろう。マレーヤ的には、どこかが違ってどこかが同じ、なら。


「どっち、なの」


 もう一度、キアのツッコミとも質問とも言えない言葉に、


「あのね! マレーヤ、生きてていいんだ、って思ったの!」


 と、斜め上の答え。


 ?顔になるキアとアスタリに、


「マレーヤ、お父さんもお母さんも知らないし、もともとのスピンクスの国も知らない。もしスピンクスの世界に帰れるってなったら、やっぱり帰るのかな、なんか懐かしい、とか、合ってる! とか思うのかなって。こっちの世界にいて、みんながいて、いまは楽しいけど、けど、ずっとそうでいいのかなって」


 それは、マレーヤならずとも、この世界に住む亜人ならみんな思うことなのかもしれない。


 アスタリもキアも、言われて、ハッとした、というより、どこか、代わりに言われた、という表情になる。


「けどわかったの! この世界にいていいんだ、って! 生きてて、いいんだって! だってクロがいるし! アスタリもキアも、みんないるんだもの!」


 それではさっきと変わらない。


 けれどそれでOK、なマレーヤワールド。


 すべてが与えられても、充分と思えなければ不満や不安が残る。なにも持っていなくとも、ただひとつのことが幸せと思えるなら、


「幸せ、なんですね。自信を持たなくちゃ。マレーヤに言われて、わたしまですごく力強い気持ち、湧いてきました! いままでは、正直確かに、これでいいのかな、って、あったんです。楽しいけど、これでいいのか、って」


「これで、いい……。ぅん」


「そうだよ! これでいいんだよ! この世界で、ずっと生きてていい! みんなといていい! 楽しくていい! 辛くたって、それでもいいもん! ここにいたいんだもん! ずっとずっと、生きて、いつかどうにかなって、ならなくたって、いいんだって!」


 そこまで言ってマレーヤ、また急に恥ずかしくなったのか、


「あはっ! なーんて、クロが教えてくれた気がするんだ! ね! だからぁ、早く帰ろ!?」


 紛らわすように駆け出す。


「あ! 待って、マレーヤ! 走らなくても……、もーぉ!」


「……」


 つられて走るふたり。しかもマレーヤが意外と速い。というより本気走りだ。おしゃべりした分だけ、とばかり飛ばす。


「遅いよぉー、ほらぁ! クロ! いま行くからねー!」


「マレーヤ、速い、速すぎですよぉー!」


「なんで……」


 なので、夷や・喫茶店へ帰り着く頃には、三人、


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ぁーっ……!」


 へとへとで息を切らし、アスタリなどしゃがみこむありさまだった。


「なにやってるんだ、おまえら」


 ちょうど喫茶店から出て来た源大朗が、呆れて三人を眺めまわした。


「ぎゅぅー」


「にゅっ」


 クロと、にゅうも。




 そんなふうに、クロとマレーヤ、アスタリたちが同居するようになって早ひと月が過ぎようとしていたある日。


「……クロ! クロ~? どこ行っちゃったんだろ。クロ~!」


 店の二階を探しながら歩くマレーヤ。


「またトイレの隅っこじゃないんですか。あそこ、気に入ってるみたいですし」


 アスタリもいっしょになって探すが、


「なによぉ、クロぉ! ご飯あげないぞぉー」


 三十分探すうちには、まだそんな軽口を叩いていたのだが、


「……どうしよう。マジでいないんですけど」


 二時間、真剣に探しても見つからないとなって、マレーヤとアスタリ、青ざめながら顔を見合わせる。


 探し過ぎて、焦り過ぎて、肩で息をしていた。


 その勢いのままに、


「おい、おっさん!」


「あの! 見ませんでしたか!」


 通りを渡って夷やに突入してくるふたり。


 そこには当然、いつものように来客用ソファーに寝そべった源大朗が、


「んぁっ? なんだ、おまえら」


 眠そうに顔を上げる。


「なんだ、じゃないわよ! クロがこっちに来てるでしょ!? ウチにいないんだから、夷やに来てるに決まってる!」


「はぁ? いないのか、クロが」


「来ていませんか? 部屋も、店も全部くまなく探したんですけれど、見つからないんです」


 アスタリの問いには、


「来て、ない」


「クロちゃん、通りを越えてこっちへ来たことはないですね。ね、にゅう?」


 キアと、それとラウネアの言葉には、


「にゅっ」


 店の奥、給湯スペースの電気コンロの上に丸くなったにゅうが、耳をピクッ、と動かしてこっちを見る。


「で、でも、知らないうちに来てるかもしれないし」


「ねえよ。けど納得できないなら、かまわないからどこでも探してみたらいい」


 源大朗が言うと、さっそく、


「じゃ、ごめん!」


「すいません、ちょっとおじゃましますね」


 机の下を覗き込み、屈みこんで椅子やテーブルの下まで探すマレーヤたちに、


「おいおい、ほんとに探すのかよ。どうなってんだ」


「うっさい! おっさんのせいかもしれないんだから、黙っててよ!」


「なんでオレのせいなんだ。今日は日曜で、亜人スクールも休みだからずっとおまえたちといっしょにいたんだろ」


「すいません、そうなんですけれど、朝起きたら……」


「いなかった、の」


「こっちは、なにもいませんね。あ、金庫の中もいちおう見てみます? なにも入っていませんけれど」


 けっきょくキアやラウネアも手伝って、店中を探し出す。


「金庫になにもない、は余計だろ、ラウネア。まぁ、どんだけ探してもいいけどな。けど、なんで……」


 源大朗、考え込む。その間にも、


「ほら、おっさんちょっと、足上げて!」


 ソファーの下まで、床に頭をつけて覗き込むマレーヤだ。


「おっと、悪ぃ。じゃない、なんでオレがあやまるんだよ。……ええと、何を考えてたんだっけかな」


「もう物忘れ? 危ないよぉ、おっさん!」


「黙れ! おまえがごちゃごちゃ言うからで……、ん! 思い出したぞ」


 そこで源大朗、ソファーから身を起こす。しかし靴を履いていない。サンダルのまま夷やを出ようとするから、


「源大朗さん! 靴、ここです。上着も……」


 ラウネアが追いかけようとする。それを、


「かまわない。向かいへ行くだけだ」


 制して、マレーヤたちの家、喫茶店へ向かった。と、


「おい、なんでついてくるんだ?」


 源大朗の後を、マレーヤとアスタリ、それにキアがぞろぞろついてくる。


「だっておっさん、なにか思いついたみたいだから」


「すいません。なにか少しでもわかれば、って」


「……」


 地中に根を張っているアルラウネのラウネアは、さすがに店先までしか出て来れないが。


「がんばってください、源大朗さんっ!」


 そしてついた喫茶店。といっても幅員六メートルほどの道を渡っただけだ。


「こっち、だっけか」


 源大朗が向かったのは一階店舗のトイレ。その奥に入り込んで、なかなか出て来ないなど、クロが気に入っていた場所だ。


「いないよ、ほらぁ」


「そこは、もう探しましたけど」


 そう言うマレーヤたちにはかまわず、源大朗、しゃがんでトイレの床に触れる。コツコツと叩く。


 狭いトイレのどこにもクロはいない。ちょっと屈みこんで覗けば、それはすぐにわかった。


「ふん」


 立ち上がる源大朗。


「なんかわかったの?」


「穴とかは、ありませんけれど」


「ここにはな」


 言いおいて、こんどは外へ。といっても喫茶店の建物の周りを、地面に近いところを念入りに見て回る。


「地下、室?」


 気づいたキアが。


「そんなもの、ないよ。一階のお店と二階のマレーヤたちの部屋だけの、小さな建物だもん」


「ふつうの地下室はな。……おっと、あったぞ」


 隣のビルとの間の、人が通れるギリギリの隙間。無理やり入って源大朗、地面との間を指さす。


「え、どこ?」


「あっ、あれ!?」


 マレーヤたちも気づく。


 古い家やビルにある、床下通気用の穴あきブロック。一部が崩れている。年月を経てもろくなったのだろうが、崩れた部分は明らかに新しい破損面を見せていた。


「ここにクロが」


「クロ! クロ~! 出ておいで~、クロ~!!」


 とたんにマレーヤ、地面につっぷして呼ぶ。ブロックに顔がつくほどだ。

 だが反応はない。

 なにも見えない暗がりから、わずかに風が吹き上げて来る。


「どうしよう。どうやって中へ」


「そうだな、なにか……」


「はい、これを。どうぞ」


 源大朗、振り返るとそこにラウネアが。手にしたツルハシを差し出していた。


「ラウネアさん!」


「こんなところまで来れるのか!? せいぜい夷やの店先までじゃ」


 驚く面々に、


「はい。根を細く伸ばして、来れました」


「道を横断してか。けど車でも通って根が切れたら大変だぞ」


 しかしラウネア、微笑む。


「少しの間なら、根が繋がっていなくとも大丈夫みたいです。わたしのほうに、水分が蓄えられていますから」


「蓄えられて?」


「いますね、いっぱい。……ん、んんっ!」


 思わずラウネアの胸を注視してしまって、あわてて目を逸らすマレーヤとアスタリ。


 アルラウネの成長の過程での変化なのだろう。また夷やに戻ればすぐに地中の根と接続・融合できるのだとか。


「少しの間って、どのくらいだ。五分、十分くらいか」


「そうですね、二時間くらいなら、きっと余裕です」


「二時間か!」


 それならじゅうぶん、外出ができる。


 ラウネア、源大朗の顔を見つめて、頬を染める。源大朗もつい言葉を失っていると、


「おっさん! 考え事してる場合じゃないよ! クロを」


「ぉ、ああ。そうだったな。よし」


 マレーヤに言われ、気を取り直してツルハシを握る。狭くて力を出しにくいが、


「どいてろ! なるたけ掘り崩してみる!」


明日も更新予定です

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