第1話 さぁて、暴走している電幽霊はどこだ?
連載中の「いつかぼくが地球を救う」の「電幽霊戦」の元の世界観。
ただし、「サイバシスト」はゲーム化を視野にいれた作品設定になっています。
読み切りの第一話です。どうぞ気楽にお楽しみください。
「なぁ、みなもと氏、さすがにこの深度だと、神経臭、結構キツイな」
平平平は鼻腔をついてきたヴァーチャル世界特有の臭いに顔をしかめた。醗酵したドブ川の臭いに饐えた刺激臭がまざったような臭い。
「まぁ、ここは神経コンピュータ内ですからね。これしきの臭いにはもう慣れました」
平平平はすげない口調で返答してきた源源子のあいかわずの態度に口元をゆるめた。彼女とバディを組んでからすでに数ヶ月経っていたが、彼女がそういう返事をするときは、かなり同意が含まれるとわかってきたからだ。
彼は町を一望できるひときわ高い塔の屋根から身を乗り出すようにして、手でひさしを作って町を睥睨した。
「さーて、暴走してるっていう|電幽霊《Psyber Ghost》はどこよ」
眼下に広がる千メートル級の山をいただいたその麓の街並みは、町の中心地から放射状に拓けたレンガ造りの堅牢な作りで、夜の暗闇のなかでさえ、重厚な雰囲気を醸し出すことに成功していることがわかる。
「平平くん、今日はいでたちが少々華美ではないですか?」
源子の指摘に、平平が少しだけ首を巡らせ、意地悪な目を向けた。
「そういう、みなもと氏こそ、いつもよりアバターがすぎてるんじゃねーの」
平の目に映った今日の源子の装いは、流鏑馬を行うときに着る狩装束姿に似た格好だった。
源子は細面の整った顔立ちで、誰もが認める美人であるのは確かだったが、凛とした眼差しのせいで、人によっては近寄りにくい、ある種の気品をまとわせていた。すっと背の伸びた立ち姿は優美ではあったが、残念なことに身体のくびれには恵まれておらず、見る人の印象は『細い』というところに集約してしまう。おかげで、本人としては不本意ながらも、必然的に和の服装がよく似合って見える。
「いえ、いつもの格好です」
あらぬ勘ぐりを否定すべく、キッとした厳しい目つきで源子が平平を見据えた。
だが平平はそんな視線などおかまいなしに、逸る心を押さえきれない表情で、遠くを眺めていた。
いつもの彼は日本のサムライを模した素浪人風のラフないでたちだが、今日は兜こそ被っていないながらも、腰からさがる草摺、籠手、臑当てを装備し、真田幸村よろしく『赤備え』で統一していた。
甲冑らしきものをまとってはいたが、本物の重厚感は微塵も感じさせないほど軽量化、簡略化され、極めてスタイリッシュに洗練されたデザインが目をひく。
野生味を感じさせる顔だちと、くるりとした目がいくぶんアンバランスで、子供っぽさが抜け切れない印象を与えるが、いまは髪の毛を素浪人風にうしろに束ね、腰近くまで伸ばしているせいですこし大人びて見えた。
平平が長いポニーテールを揺らして、こちらに顔を向けながら言った。
「ひっさしぶりの実戦だぜ。ワクワクしねぇのかよ」
「いいえ。まったく……。解散した国民的アイドルグループが、還暦すぎてから20年ぶりに再結成する、というのくらいわくわくしません」
「なんだよ。ビミョーにワクワクしてんじゃねーか」
源子が異議を唱えようと口を開きかけた瞬間、ドーンというあたりを揺るがすような轟音がなり響いた。あわてて音の方向を見ると、数キロ先の町なかに火柱が立ち上がっており、周りの建物が崩れ落ちていくのが見えた。
「あそこかぁ」
平平が快哉のような叫び声をあげた。
興奮を隠せない平平を横目に、源子は冷静そのものの表情で右手を前につきだし、指先で中空にZの文字を描いた。そのサインのコマンドに呼び出されて、なにもない空間に赤い円が出現した。源子はその円の中に放射線状に区切られたメニューに手を差し入れると、慣れた手つきでその中のコマンドを操作していく。
ほどなく、メニュー画面の上の空間に、さきほど火柱があがった場所のクローズアップ映像が映し出された。
そこには10メートルはありそうなモンスターらしき姿。舞い上がる埃のせいで精細な映像ではなかったが、大きな武器を振りまわして暴れているのは垣間見えた。
「大きい…」
源子の口から思わず漏れたことばに、平が悪戯っぽい目をむけた。
「みなもと氏、なーに言ってる。ここはヴァーチャル空間だろ。物理的デカさは関係ない」
源子はばつが悪そうに一回軽い咳払いをすると、空中のメニューの操作のほうへ集中しはじめた。
「今、直リンの3次元アドレス検索しますから、いっときの猶予をくだ…」
が、平平は源子のことばを遮るように言った。
「あそこに見えてんだ。翔んでくよ。みなもと氏は、テレポートで先回りしといてくれ」
と、全部、言いきらないうちに、平平は塔から体を乗り出すや、勢いよく空へむかって飛びだした。
数十メートル級の大きな跳躍をした平が、はるか向こうの鉄塔へ飛び移る。月明かりに照らされて、まるで大きな鳥が羽ばたいているようにも見えた。
「御意です……」
源子はつぶやくようにそう返事をすると、すこしため息混じりに言う。
「まったくあの人は……たゆたうことなく、天翔るのですね」
源子は、気を取り直すように、手元に浮いている操作画面を操作しはじめた。
『アドレスを入力すれば、その場所へ移動できるというのに……』
心のなかで不平を漏らしながら、リターンキーをタップすると、誰に言うでもなく思わず本音が口をついて出た。
「まったく脳みそまで霊力の『霊力馬鹿』には困り果てます」