89話 地質調査
開拓地前の荒れ地を開墾し、神土を混ぜ込んでしばらく待つ。
その間に、荒れ地のもともとの土質を詳しく調べてみようと考えた。
大森林の土、開拓地の土、荒れ地の土を持ってきて、それぞれを比較してみる。
大森林の土は湿っており、栄養豊富な印象である。
採ってきた土の中にも、コケ類が混じっている。
開拓地の土は湿り気はあるものの、ややサラサラしている。
神土を混ぜていないところは、作物の育成には向かなそうだ。
エルフ麦などは、言わば救荒作物であろう。
飢饉などが起こったとき、代用で食べられる作物だ。
味は劣るが、通常の作物が育ちづらい土地でも育つ長所がある。
対して、荒れ地の土はぼそぼそと崩れる、痩せた土質だった。
水はけも良すぎて、水分を保っておけないようだ。
草木一本生えぬとは言わないが、背の低い草がまばらに生えている程度のこの平原。
スピーシ大森林の目と鼻の先だというのに、これほど地質が違うのだ。
「うーむ、確かにこれでは、神土を混ぜての土壌改良をするしかない。だが、神土とて無限ではない。さて、どうしたものか。むしろ、どうしてこれほど近い土地だというのに、地質が全く異なっているのだろうか」
私はここに、強く興味を惹かれた。
シーアが語ったドラゴンの話を、信じていないわけではない。
もし彼女の言葉通りだとするならば……。
「スピーシ大森林は風竜の領域、大平原は地竜の領域だから、地質の違いが出る、とでも言うのか」
丸一日、執務室の片隅で土をいじっている私である。
ちなみに書類仕事や雑務は、執政官代行のカレラと、その助手サニーがせっせとやってくれている。
大変ありがたい。
「ジーンさんも手伝ってくださいよ」
「私が手伝ったら研究ができなくなるじゃないか」
カレラからヘルプ要請が飛んできた。
「そもそも、これは本来ジーンさんの仕事でしょ? 少しは覚えたほうがいいですよ! いや、私もハーフエルフで準男爵家の役職をもらえるとは思ってなかったけど……」
「カレラ、ジーンさんが凄くいやそうな顔してる! いつもはポーカーフェイスなのに」
「本当に書類仕事が嫌いなのねえ……。まるで嫌いな食べ物を前にした子供みたいな表情」
「ナオがジーンさんを放っておけない理由が分かるねえ」
「保護欲を刺激してくる人よね。……分かった、分かりました! これは私たちでやるから、後で何か見返りくださいね」
「よし分かった」
カレラが責任感ある性格でとても助かる。
書類仕事と来たら、何も生み出さないような文章を読んで署名をするだけなのに、それで平気で一日が潰れたりするのだ。
それだけの時間があれば、どれほど研究ができることか!
そして、開拓が進むことか。
「ちょっと出てくるとしよう。諸君のお昼ごはんは、ちょっと豪勢にするように炊事担当に伝えておこう……」
女子たちから歓声が上がった。
ロネス男爵領から仕入れてきた、生ハムをたっぷり使ってもらうとしよう。
ちなみに我が開拓地の炊事担当……すなわちコック長は、オーガの夫人ポルトナである。
体格と腕力に優れ、主婦業が長い彼女は、大人数の料理を作ることに大変適した能力を持っているのである。
私が炊事場に顔を出すと、彼女がぺこりと頭を下げてきた。
「かしこまらないでいい。今日の昼食だが、執政官二人には生ハムを多めに出してやって欲しい。え? 私のぶん? 私はエルフ麦の粥で構わないぞ。食事にはこだわらないからな。なに、たくさん食べないと身体が持たない? では君に一任する。何か研究に良さそうな昼食を用意してくれたまえ」
私の依頼を受けて、ポルトナが動き出す。
彼女の他には、子供のバル・ポルと、恐らくはガーシュインが派遣したのであろう、木製のお手伝いゴーレムが走り回っている。
ゴーレムは単純な命令ならよく聞くらしく、ポルトナの無言の仕草をバル・ポルが翻訳し、子供の語彙で伝えた命令をきちんと解釈。
皿を揃えたり、食材を用意したりしている。
……かなり高度な判断能力を備えたゴーレムかも知れない。
今度、どういう仕組なのか教えてもらいに行こう。
「りょうしゅさま、はい!」
バル・ポルが走ってきて、私に何かを手渡した。
これは……骨付き肉?
「かあちゃんが、これで精をつけてって!」
「なるほど、心遣いがありがたい。感謝する。骨ならば土に還るしな」
私は骨付き肉を食べながら、開拓の最中である荒れ地へ向かった。
今日も賑やかに、女子たちが開拓作業を行っている。
ナオを筆頭に、アスタキシア嬢、アマーリア、シーアも混ざっているな。
全員種族が違うというのが、よく考えると実に面白い。
我が開拓地は、人種の坩堝である。
「やあ諸君、進捗を見に来たぞ」
声を掛けると、真っ先にナオが気付いた。
「せんぱーい! 見て下さい! いっぱい耕しましたよー!」
「おほほほほ! どう? 公爵家の女と侮るなかれ。わたくしもこれくらいのことはできるのですわ!!」
「いやあ、働いた働いた。ってか、こんだけ耕しても雑草一本生えてこないのはちょっと不気味じゃない?」
「言ったでしょアマーリア。この平原は地竜の領域なの。だから、地竜に許された草しか生えてないのよ」
確かに、耕された土地はかなりの広さになるが、そこには僅かな緑もない。
荒れ地の開拓作業が始まってそれなりに日にちが経過しているのだが。
「ふむ。我々が雑草と呼ぶ植物は、その種が、こうして耕されて空気や陽の光に触れ、発芽するものだ。それが無いということは、そもそも雑草の種が存在していないことになる。そんなことがあるのか……」
「先輩、神土を撒いたところには、草が生えてきてます」
「それは土を撒いたところが、森と同じくなったからよ」
ナオの報告を、シーアが補足した。
その後、彼女は何やら考え込む顔をする。
「でも、どうかなあ。森を広げるのはいいことだけど、それで地竜がへそを曲げなきゃいいなと思って」
地竜がへそを曲げる……?
興味深いワードである。
「シーア、それは一体どういう……」
私がその事について、彼女に詳しく聞こうとした時である。
周囲一帯が、ぐらりと大きく揺れた。
「じ、地震ですー!?」
「ひえーっ! お助けぇー!」
慌てるナオに、真っ青になったアスタキシアがしがみついてきた。
ナオも私にしがみついてきたので、私は身動きが取れなくなる。
「ぬう、これは……」
動けないのは仕方が無いので、揺れる周囲の大地を見回した。
荒れ地のあちこちが、波打っている。
サラサラの土質だから、揺れをダイレクトに反映するのだろうか?
いや、あれはまるで、地の底で何かが動き回り、その余波を受けているかのようだ。
やがて揺れは収まる。
だが、この揺れで、我々が耕した地面の大部分は埋め戻されてしまっていた。
神土を撒いたところだけが無事である。
「これが、地竜がへそを曲げた、ということなのだろうか?」
「……だと、思う。私も初めて見た。地竜、本当にこの下にいたんだ……」
シーアが驚いている。
つまりこの件は、ワイルドエルフにとっても異常事態ということだろうか?
さて、どうしたものか。
地竜をなんとかせねば、荒れ地の開拓は進められないぞ。




