87話 令嬢、荷馬とともに畑を耕し、賢者、眉間にシワを寄せて考え込む
「じゃあ、今日はみんなで農作業をします!」
作業着姿のナオが宣言した。
「おーっ」
と元気に応じるのは、サッカイサモン公爵令嬢アスタキシアと、ワイルドエルフからの使者シーア、そしてシャドウ族のアマーリアである。
本日の仕事は、畑を作るため、土を掘り起こすこと。
スピーシ大森林の土は、森に近いある一定の距離を抜けると、途端に草一本生えぬようになる。
どうやら、そこから先は極端に地中の栄養素が枯渇しているらしい。
これを掘り返しまずは柔らかな地面を作る。
ここに、元は神であった土、通称神土を混ぜる。
するとそこは栄養価の高い土となり、畑作が可能になるのである。
「ロネス男爵領と、スピーシ大森林の間には草木の極めてまばらな大平原が広がっている。これはよく考えると、おかしな話だ」
作業に勤しむ女子たちを見ながら、私は呟く。
「私とナオがここに来た時、リターン川は木々に覆われていた。川の流れが変わり、それに合わせて植物が森の外に進出してきたのだろう。植生は背の低い草から、背の高い草、そして木々へと変わり、川を覆っていった。このようにして森が広がっていくなら、この平原もすぐに大森林に飲み込まれてしまっていたことだろう。だが……それは成らなかった」
不毛の大地に、犁が突き立てられる。
ゴンドワナが勇ましくいななき、これを引っ張っていく。
近くでは、この間生まれたゴンドワナの娘、アラビーが、興味深そうにじーっと父の活躍を見ている。
「がんばれゴンドワナ! こどもにいいところを見せるんですよー!」
ナオの声援を受けて、鼻息も荒く、犁を牽いていくゴンドワナである。
地面がみるみる掘り返されていく。
人間の手でやるよりも、荷馬のパワーを利用した方が広範囲を効率的に耕せる。
細かいところは、人の手で鋤を使うのだ。
だが、幸いこの辺りには木々も草もほとんど生えていない。
草の根を、鋤で断つ必要がないから、畑への造成は大変やりやすい。
「しかし……どうして草が生えないのだろうか……」
謎である。
地中に何かがあるのか?
遥か地下には、地底世界レイアスが存在している。
だが、あそこと、この不毛の大地が関係しているとは思えない。
「うーむ……」
「ジーン、どいてどいて」
私は腕組みして唸っていると、大きなザルを抱えてやって来たシーアに、お尻で突き飛ばされた。エルフは華奢なはずだが、なかなかのパワーを感じる当たりである。
おっと、神土を撒くのだな。
私は退避することにしよう。
少し向こうでは、ナオに教えられながら、アスタキシア嬢がゴンドワナの轡を引っ張っている。
引き起こされていく地面を見て、喜んでいるようだ。
すっかり馴染んでいる。
「ほいほいっと。荒れ地を森に変えましょうー。荒れ地を森に変えましょうー」
そんな事を言いながら、シーアが神土をばらまく。
「森に? 畑にではないのかね?」
私が疑問を口にすると、彼女は振り返った。
「この土、森の精霊力をたっぷり吸った神の身体でしょ。つまり、この土の中には森が濃厚に溶け込んでるの。だからこそ、これをばらまいた土地は荒れ地であっても蘇るってわけ。なんていうのかな、森の飛び地ができるみたいな?」
「なるほど、そういう事か。不毛の土地が再生する理由も分かったよ」
スピーシ神土ミミズは、土に含まれた魔力と言うか、精霊力を浴びて変異したミミズである。
つまり、こういった生物を生み出すほどの力が、この土には含まれている。
それを用いて土壌を改良しているのだが、原理を知ると果たしてそれはどうなのだろうと思い始めるのだ。
我々は、スピーシ大森林を広げていく手伝いをしているのかもしれない。
「しかし、分からない事もある。どうしてここは、あの肥沃な大森林のすぐ近くにありながらも荒れ地のままなのだね?」
「そうねえ。それは、地下に大きなドラゴンが住んでいて、この土地の恵みを吸ってしまっていると言われてるんだけれど」
「地下のドラゴン……。先日行ったレイアスでも、リザードマンたちの長はドラゴンだと聞いた。どれどれ」
手乗り図書館を展開して、その時に記録を呼び出してみる。
ファイアリザードマンのクロクロは、確かに自分たちの長をドラゴンだと言っている。
その後、彼らに聞き込みを行なった結果、リザードマンたちは火竜と呼ばれる、赤く強大なドラゴンの庇護下にあるということが判明した。
「火竜と同じようなドラゴンかね?」
「大森林の奥にもいるドラゴンは風竜だから、土の中にいるドラゴンは地竜じゃない? 少なくとも火竜とは違うよ。そっちは私たちの間でも、忌むべき恐ろしい存在だって言われてるもの」
「待つんだシーア。今、新しい情報が次々に出てこなかったかね?」
「そうだっけ? わたしたち、聞かれないと答えないから」
シーアが口にした情報を、素早く記録する私。
念のために何度か聞き直して、正確な記述を心がける。
何ということだ。
ドラゴンが多すぎる。
そもそも、私は生まれてから一度も、ドラゴンというものを見たことがない。
一般的に、ドラゴンというものは、レイアスで遭遇した暴れる牙のような、巨大なトカゲのような存在と考えられている。
知性は動物と同程度。草食性のものから、肉食性のものまで様々だが、あくまで獣と呼べるレベルの生き物に過ぎない。
断じて、リザードマンを統治したり、エルフたちに敬意を持たれるような存在ではない。
クロクロに言わせれば、我々が知るドラゴンは亜竜だと言うのである。
あれらとは違う、恐らくは高度な知性を持つドラゴン。
想像もできないな。
いや、想像力を失ってどうする。
我ら賢者が未知のものに挑むためには、想像力こそが何よりも大事なのだ。
考えろ、考えるのだジーン。
「ジーン、あんまり考え込むと眉間にシワが増えるよ?」
「うむ、故に優れた賢者には険しい顔をしたものが多い」
私が考え込んでいる間に、作業は進んでいたようだ。
ずっと先まで行っていたゴンドワナが、ターンしてこちらに近づいてきている。
「せんぱーい! アスタキシアさん、なかなか筋がいいです!」
「馬は乗るだけじゃないのですわね! わたくし、しっかり覚えましたわよ……!」
「貴族の娘とは思えないガッツねえ」
「やればやっただけ結果が出ますもの。足とか腰とかきついですけれど、未知の喜びを感じますわ、これ……!」
「あんた、絶対生まれるところ間違ったでしょ……」
アマーリアの感想には同意である。
アスタキシア嬢は、汗と土でどろどろになっているが、表情は生き生きとしている。
貴族の社会には、こうして体を動かして成果を出していく作業は存在しないだろうからな。
彼らは執政や、管理を行う者たちだ。
肉体労働とは縁がなくてもおかしくはない。
彼女が開拓地に残りたがったことには、少々疑問を感じていたが、その理由はこれだったのか。
建材を作る作業が楽しかったのであろう。
ちなみに、作業が楽しかろうと、慣れないことをすると無理が出るものである。
「ぐえーっ! 手が、手がー!」
「あー、マメが潰れましたねー。ちょっとお手当しないとですね。先輩、ちょっと行ってきますねー!」
「ナオ、見て、わたくしの手から血がーっ! もうだめですわーっ!!」
「よくあることですよー。大丈夫ですからアスタキシアさん、ほら、心配しないで、ね」
呻くアスタキシア嬢を連れ、ナオがその場を離れて行った。
あの令嬢、しばらくすると労働者の手になるのではあるまいか。




