85話 材木づくりを体験してみよう
「まさか、わたくしがこんな粗末な服を着ることになるなんて……! あっ、でもなんだか動きやすいしコルセットがないぶん開放感がありますわね」
アスタキシア嬢が、作業着に着替えて出てきた。
長い髪は結い上げて、お団子状にしている。
隣ではナオも作業着姿である。
これから行う作業で、服が汚れるためだ。
「それで、何をしますの? 開拓地といっても、まさかわたくしに木を切れなどとは言いませんわよね?」
「ああ。木を切るのは担当がいる。あれはあれで職人技なのだよ」
「木を切り倒すくらいで? 失礼ですけれど、誰にでもできるようなことだと思いますわよ」
「うむ。傍目には単純な行動にしか見えないだろうからね。だが、様々な配慮と工夫が凝らされた結果、一見して単純作業のように見える行程になっていっている。あれは、洗練された仕事の形なのだよ」
私が指し示す先で、木々を伐採する作業が行われている。
これはワイルドエルフの長と、綿密に開拓計画を話し合った結果、ここまでなら切ってよしとされた地域である。
増えすぎた木々は、森に住まう彼らによって間引かれている。
それを我々に代行させようというのだろう。
作業しているのは、ドワーフのボルボと、オーガのバルガド。
そして、生家が木こりだったという戦士のマスタングである。
マスタングの指導の下、三人が協力して木を切り倒していく。
各所に切れ目を入れ、倒れる方向を計算し、ひと声かけてから切り倒す。
これらは木材に加工され、開拓地の筆頭建築家であるナオの指示のもと、規定の方法に従って管理されるのだ。
「ちょっと細い木材ですね」
しゃがみこんで、切り倒された木を確認するナオ。
「それに、今まで切り倒して使ってきたのが垂直に伸びている木じゃないですか。こっちは曲がってるから、建材にはできないですね。えっと……加工とか細工に使う感じかな……」
「うむ、これは木の種類が今までと違うな。背が低くて葉が広い。まっすぐで背の高い木が比較的多い森と思っていたが……」
我々の会話を聞いて、トーガがやって来た。
「それは簡単な理由だ。背の高い木だけでは森はやせ細ってしまう。放っておけば、この森の環境は高木が光を遮り、暗い森の中で多くの植物が生きていけなくなるからな。我々がある程度伐採を行い、森の環境をもとに戻すのだ」
「なるほど! 確かに君たちは、森の管理者なのだな。スピーシ大森林が千年を超える長い間、この美しい形を保ち続けている理由がわかる」
私は感心した。
アスタキシア嬢はさっぱり分からなかったようである。
「どういうことですの? 木を切り倒すことが、森の管理になりますの?」
「うむ、それについて説明しよう。セントロー王国は、比較的環境の変化が少ない土地だ。極端な暑さはなく、乾燥もなく、洪水は少ない。唯一、冬の厳しい寒さと降雪があるが……概ね気候は安定している。ここまでは分かっているね?」
「ええ。恵まれた土地だと思っていますわ。森に囲まれているおかげで、他国はなかなか攻めてこれないのでしょう? お父様が自慢していましたわ」
森はエルフが守っていると思うのだが、どうしてサッカイサモン公爵が自慢するのか。
「そういうことだ。次に、森は一定の段階を踏んで変化していくものだ。はじめに雑草が現れ、次に背の高い雑草がやって来て、広葉樹が現れ、やがて背の高い木々が現れ、それらによって過去に生えた植物は駆逐され、鬱蒼たる森が完成する」
「完成ですの?」
「そう、完成だ。何か大きな変化……例えば山火事でも起こらない限りは、この環境は変わらない」
「火事など起こさせるものか」
トーガが得意げに笑う。
そう、ワイルドエルフの諸君は、炎の管理が完璧なのである。
おかげで大森林には、火の気配が一切ない。
「ということで、放っておくと完成された森林の環境は、いつまでも変わらないというわけだ。だが、これでは森に生きる者たちの多様性が担保されない」
「ははあ……。たようせい? ですの? なんでそんなものがいるんですの?」
「アスタキシアさん、いい生徒ですねえ」
ナオがニコニコしている。
全くである。
こうして疑問を口にして質問してくれることはとても嬉しい。
賢者冥利に尽きる。
「多様性は大事だよ。つまり、多くの種の生き物が存在していることが大事なんだ。我々の利益に絞って話をしても、食べ物が高い木の木の実しかない状態と、山菜があり、キノコがあり、果樹があり、それらを食べに来る動物や鳥があり……という状態の方が見た目にも、食料を得るにしても良いと思わないかね?」
「あ、確かにそうですわね……! なるほど、木を切って、新しい草が生えてこれるようにするって大事なんですのねえ……。教師もこんなこと、全然教えてくれませんでしたわ」
「宮廷では役に立たぬ知識だからね。さあアスタキシア嬢。座学の後は実学だ。君の手で、この切り倒された木を材木に加工していってみよう」
「なんだ、そんなひょろひょろした人間の女が鉈を使うのか? 危なっかしくてならんな」
「うるさいですわね!? そこのエルフ、失礼ですわよ! わたくしだって刃物くらい……う、うおおおーっ!? お、重いぃーっ!!」
アスタキシア嬢、ナオに匹敵するスーパーベビー級の腕力のようである。
ひいひい言いながら鉈を持ち上げ、どうにか枝に振り下ろした。
表面を削って、つるりと滑る。
「あっ」
「危ない」
彼女の手から吹き飛んだ鉈を、私はどうにか回避した。
「ジーン、この女に刃物を使わせると、周りの連中がいくつ命があっても足りないぞ」
「そのようだ。ここは、筋力のトレーニングから始めるべきか」
「な、な、何を言いますのー!! わたくし、これくらいの単純作業なんてすぐに……!」
「先輩、トーガさん、言い方! アスタキシアさん。あなたはもうちょっと、繊細なお仕事が向いているとおもいます!」
ナオにフォローされて、アスタキシア嬢はハッとしたようだった。
「た、確かに……!! 言われてみればその通りですわ! サッカイサモン公爵令嬢が、どうして作業着姿で鉈を振り回そうとしていたのかしら……!!」
彼女も大概、乗せられやすい性格のようだ。
だが、心根が素直なようだ。
そこは素晴らしい長所だと言えよう。
さて、私も木材への加工を手伝うとしようか。




