9話 痕跡調査
『魔狼の件を解決してくれたのなら、お主らが森の入口に入植することを許そう。なんならば、手助けもしようではないか』
我々は、このような言質をワイルドエルフの長から取った。
この件を解決すれば、ジーン・ビブリオス騎士爵はスピーシ大森林をつつがなく開拓することができる。
何ならば、ワイルドエルフの助けをも得られるだろう。
得しか無い。
ところで、エルフはマルコシアスについて、半信半疑である。
人間が調査したものゆえ、人間に悪感情を抱く彼らにとっては、その記録の信憑性が薄いのであろう。
だが、それでも彼らが脅威と感じている魔狼マルコシアスが、実はさらに恐ろしい本性を秘めているかもしれないと分かれば、恐怖心を抱きもするだろう。
だが、そんなエルフの事情など我々賢者にとっては関係がない。
これは新たなる知見を得られる、またとないチャンスなのである。
やる気十分。
ナオも嬉しそうに見える。
「ナオ。これは開拓のため、大きな一歩となるぞ。請け負った仕事に励もうではないか」
「そうですね、先輩! 先輩がとっても楽しそうなので、わたしもついてきた甲斐があるってものです! 一緒にがんばりましょう!!」
ナオがぐっとガッツポーズをする。
「? なーに、このポーズ」
その横で、ナオのポーズを真似するのが、ワイルドエルフの娘、シーアだ。
「確かに、お前たちに魔狼についての仕事を任せることになったが、いいか!? お前たちが自由に何でもできるわけでは無いのだ! ここは、我ら試練の民の土地なのだからな!」
シーアの兄、トーガが念を押すように言う。
そう、それだ。
以前から気になっていたのだ。
「トーガ。試練の民、とはどういう意味合いを持つ? 我々は、君たちのことをワイルドエルフと呼称しているのだが」
「試練の民か? その名の通りだ。この森を訪れるものに、試練を与える役割を持つ民だということだ。我ら森の民の中でも、森の守りという重要な役割を負っているのだ」
「ほう、なるほど」
手乗り図書館に記録しておく。
「つまり、エルフは君たち以外にも存在しているということか。それも、スピーシ大森林に広く」
「ああ。これだけの広さの土地に、我らだけが住まうはずもあるまい」
我々が長に認められたためか、トーガの口も軽くなっている。
これはいいぞ。
根掘り葉掘り、ワイルドエルフの習俗について聞き出してやろう。
仕事をしながらこれだけの役得が得られるとは、なかなか悪くないな、開拓は。
そのようなわけで、我らはワイルドエルフの兄妹を案内役として、マルコシアスが出没する地域に向かっていた。
エルフが魔法を使うと、ただの森がまるで通路のように変わる。
迷うこと無く一直線に、目的とする土地まで辿り着けるのである。
「これから向かう土地は、どういう場所なのだね?」
「我ら試練の民が、最近マルコシアスと戦った場所だ。未だ、あの忌まわしき魔狼の臭いが色濃く残っている。あまりのおぞましさに、近づく者も無い」
「ほう、つまり、現場は戦闘が終わった後の状態でそれなりに保全されていると考えていいのか? 獣が入りこみ、場を荒らしてしまうことは?」
「森で魔狼に近付こうという者はいない。それが、魔狼が強く臭いを染み込ませた土地ならなおさらだ」
「素晴らしい」
「素晴らしい……!?」
トーガが目を剥いた。
「ごめんなさいね。先輩、いっつもこういう感じなんです。ようやく調子が出てきたみたいなんで、ずーっとこのままだと思います」
ナオが、フォローになっていないフォローを入れている。
「何を謝る、ナオ! これは実に素晴らしいことだ。誰も、現場に手を付けていないということだぞ? 万全な状態で保全された、マルコシアスの活動跡を検分できるのだ。なんと幸福なことだろう……」
私は思わずうっとりしてしまう。
「変態だ」
「変人だ」
兄妹が人聞きの悪いことを言う。
知識を軽んじる者には、好きに言わせておけば良い。
いざとなった時、役立つのが知識なのだ。
さて、いよいよ現場に到着した。
なるほど、森に満ち満ちていた生物の気配が薄くなっている。
鳴き声は聞こえず、空気は淀み風が吹かない。
「うえー、なんか変な感じです。先輩。こことか、そことか、魔力が淀んでますよ」
「ほう。どれどれ? 我が目よ、見えぬものを見よ。其は魔を司る力なり。魔力感知」
私の目に、魔力を見る力が宿った。
これで、周囲に宿る魔力を色として見ることができる。
ちなみにナオは、ごく至近の魔力であれば常時確認することができる。
ホムンクルスの特性である。
なるほど、ナオが指差す場所は、青白い光がわだかまっている。
「トーガ、あの場所は?」
「魔狼のやつがマーキングした場所だ」
「では、あの大木の半ばが青く光っているが」
「野郎が背中をこすりつけてやがった」
「……まるで犬だな」
これはつまり、マルコシアスがこの地域一帯に臭いを擦り付け、己のテリトリーとしたということか。
「マルコシアスの血が流れた場所はどこだ? エルフはかの悪魔と戦ったのだろう」
「……」
トーガが不機嫌になり、口を閉ざす。
どうしたというのだ?
「あの、私たち、負けちゃったんですよ。かろうじて死者は出ませんでしたけど……試練の民がみんなで挑んでも、魔狼はびくとも……」
「シーア、黙れ! わざわざ我らの恥を晒すことはない!」
「だって兄さん! せっかく私たち、危険を承知でここまで来たのに」
「もめている所を悪いが、確認させて欲しい」
「なんだ!?」
トーガが凄い剣幕で私を見た。
「つまり、マルコシアスはエルフの技では傷つかなかった。だが、エルフにも死者は出ていない。そういうことだな?」
「そうだ! 我ら試練の民を無力とあざ笑うか!」
「いや、これは重要な情報だ。ありがとう」
「は?」
トーガが呆然とした。
「ナオ、これは大変なことだぞ。私の予測の裏付けが成されたと言っていい!」
「はい! ワイルドエルフの集団を相手取って圧倒できるほどの悪魔が、殺していないのですよね。ということは、マルコシアスは間違いなく、知の側面として現れていると考えられます!」
「そう、その通りだ!」
私は右手をかざした。
ナオがジャンプして、そこにハイタッチする。
「イエーイ! それじゃ、どんどん調べていきましょう!」
「今日中には巣穴を見つけられるかも知れないな!」
はしゃぐ、賢者二名。
兄妹は我らに、おかしなものでも見るような目を向けているのであった。




