83話 懇親会とお嬢様の扱い
賢者ウニスは、第7話でその名が語られています。
「さあさあ諸君、入ってくれたまえ。ああ、君も入りたまえ」
「なんですのそのついでみたいな扱い!」
黒髪の令嬢は憤慨しつつ、足音高く部屋に入ってきた。
騎士たちがその後に続き、ワイルドエルフのシーアも当たり前のような顔をして屋内にいる。
「また濃いのが増えたねえ……。人間の世界って、こんな濃い人ばかりいるの?」
「シーア、その、人間の名誉のために言っておくんですけど、賢者の塔が特別濃いんです。あと、先輩」
シーアの感想を、大真面目な顔でフォローしたナオ。
すぐに私へと向き直った。
「こちらの方、サッカイサモン公爵のご令嬢だそうです。アスタキシア様とおっしゃるそうです」
ナオに紹介されて、黒髪のご令嬢はようやく気を取り直したようだ。
ふんぞり返るほどに胸を張り、猛烈に鼻息を吹いた。
「そういうことですわよ! そこのピンク色の髪の娘! へんてこな髪の色ですけど、目の付け所は悪くないですわね! わたくしの侍女にしてあげてもよくってよ?」
「それはありがとうございます。あの、アスタキシア様、気を強く持ってくださいね」
「へ? それはどういう」
アスタキシア嬢が、ナオの言葉に虚を突かれた顔をしていると、今まで静かだった賢者たちが騒ぎ出した。
「おういジーン殿! 客人などどうでもいい。早くエルフのメモを見せろ。俺は弟子の成長を確認する義務があるのだ」
「ジーン殿、僕は半月もの旅に耐え、このような辺境までやって来たんですよ。この上お預けはひどい。貴君には人の心が無いのか」
トラボーもウニスも、もう我慢の限界のようである。
目の前に餌をぶら下げられた賢者の忍耐力は、時に物心つかない幼児をも下回る。
これ以上我慢はさせられまい。
「ではアスタキシア殿。あなたも適当に腰掛けられて休まれるといいでしょう。カレラ、済まないが、客人にお茶を入れてもらえるかね? ああ、賢者たちはいい。こちらはどうせ茶を飲んでいる余裕すらない」
「はいはい。シーア、手伝って」
「はーい。人間の発明の中で、お茶はなかなかのものだと私思うんだよね」
エルフ耳のお二人が、お茶をいれに行ってしまう。
「適当に腰掛けてって……適当? 適当……? ねえ、これ無礼? すごく無礼じゃなくて?」
「アスタキシア様、ぷるぷる震えないで……! 先輩、大体いっつもこうなんです! 割と誰に対しても無礼なんで」
アスタキシア嬢が、深呼吸する音が聞こえるな。
だが、今はそれどころではない。
ナオがワイルドエルフの集落で、三日間かけて集めてきたメモの数々。
およそ百ページ超にも及ぶそれを、私とトラボー、ウニスの三人で手分けして読みふける。
これまで、未知とされてきたワイルドエルフ族。
人との交流を絶った彼らは、深い森の中で独自の文化を作り上げていっている。
他の魔法とは、性能も威力も違う精霊魔法。
独自の名付け文化。
そして彼らの暮らしや、生き方などの風俗。
今まで誰も知らなかったであろうそれが、今、我々が手にしたメモの中に……。
「おお……おおお……! プリミティヴな生き方の中に、祖霊と精霊に対する敬意を内包した彼らの生活!! これで、僕のエルフ研究はまた一歩、いや十歩前進する……!!」
大量の涙を両目から流しながら、メモを掴んで天を仰ぐウニス。
「建築が面白いな。奴ら、木を加工するのではなく、木が成長する速度に合わせて独特の型板を使い、木のうろを作り出すらしい。なるほど、自然と共存した形だが、それが家の形になるまでは気の遠くなるような時間がかかるな」
トラボーもニヤニヤ笑いが止まらないようだ。
新たな知識と出会い、そこに息づく者たちの営みを想像する時、我らは思わず笑ってしまったりするのである。
自分が持っている知識と、未知が結びつく。
世界のすべてが地続きなのだと、意識の深い部分で理解するこの瞬間。
これに勝る喜び、快楽などあろうか?
いや、あるまい。
「ナオ、君は素晴らしい働きをした!」
「ナオ、でかしたぞ。成長したな」
「ナオ殿! ありがとう、ありがとう……!! ジーン殿は良い女性を伴侶に選ばれたな! あの時、ナオ殿を賢者に推挙しておいて本当に良かった……!!」
「むふふ、それほどでもないです」
ナオが頬を赤らめて、ニコニコする。
「謙遜しなくていい。君はそれだけのことをやってのけたのだ。これは知を探求する世界において、大いなる前進だぞ!!」
私が叫ぶと、二人の賢者も拳を突き上げ、
「うおーっ!!」
と咆哮をあげた。
「な、なんですの!? なんなんですのここ!? 放置されたかと思ったら、三人組が何か叫び始めましたわ! ついに頭がおかしくなりましたの!?」
「賢者は大体、頭がちょっとおかしいものです」
ナオがアスタキシア嬢に説明している。
その通りである。
そもそも、一般的な社会に適合できる者が、あの閉鎖的な賢者の塔に籠もり、年中勉強と研究を繰り返しては悦に入る日々に耐えられるとは思えない。
私は賢者としては、かなり社交的な方だ。
そのぶん、人との関わりを求める。
フィールドワークを多く行うのは、それもあるだろう。
この土地に追いやられた時、私の傍らにナオがいてくれてどれだけ助かったことか。
その点、ここにいる二人の賢者は格が違う。
私にとって賢者の先輩であり、ずっと一人きりで研究を続けていても、なんとも思わない、人との関わりよりも自分の研究を最優先する、選りすぐりの賢者たちである。
世間一般ではそれを、人格破綻者とも言うようだが。
「はい、お茶が入ったよ。賢者って思ってたよりも変な人なんだねえ……。ジーンさんだけでも相当だと思ってたけど、数が増えたらへんてこぶりが十倍くらいになったよ」
カレラのジョークに、我々賢者三人はにこやかに笑う。
へんてこは言われ慣れた形容詞なのだ。
それに、新たな知識に触れてテンションが上っている我々は、今この瞬間、世界の誰よりも寛容になっている自信がある。
「はい、アスタキシアさん。これね、スピーシ大森林で採れる葉っぱを煎じたものでね? もともといい香りがするんだけど、ハーブティみたいになるの」
「た、助かりますわ……! この場の空気にやられて、わたくしまでおかしくなってしまいそうでしたもの……!」
すでにぐったりとした様子のアスタキシア嬢。
お茶を受け取ると、ほっとした顔でそれに口をつけた。
彼女を守る騎士たちも、同様である。
「俺たち、なんてところに来ちまったんだと後悔したよ……」
「公爵様も、もっと下調べしてくれよ……。土地も魔境かもしれないけど、開拓地の人間も魔境じゃんか……」
「ここにアスタキシア様置いていくの絶対かわいそうだって」
おや、アスタキシア嬢、案外騎士たちには人望があるのだろうか?
騎士たちが口々に言うのを、あえて聞き流してあげている風の令嬢である。
だが、どうやら彼女にも聞き流せない言葉があったらしい。
騎士たちの会話の中に、ではない。
さきほど、ウニスが放った言葉の中にである。
「ところで先ほど、奇妙なお話を聞いたのですけど? ビブリオス準男爵様の、伴侶とか……?」
彼女の視線は、ハーフエルフの優男風賢者、ウニスに注がれている。
とても鋭い視線だ。
これを受けたウニスは……きょとんとした。
「そんな話をしたかい? 別にどうでもいいことじゃないか」
「どうでもよくないでしょう!? わたくしにとって、その辺は一番重要ですのよ!?」
「うわっ、いきなり怒った! これだから人間は」
ウニスがエルフのようなことを言った。
ウニスに任せていては話が進まない。
ここは、私が取り持たねばな。
「アスタキシア嬢。伴侶というのはだね、開拓地の皆で、私の妻にはナオがいいと推していてだね」
「えへへ」
ナオが照れた。
うむ、好ましい反応だ。
対して、アスタキシア嬢がぽかんとした。
騎士たちも、とても困った顔をする。
真っ白になってしまったアスタキシア嬢に代わり、彼女が連れてきた騎士が立ち上がった。
「準男爵、それはちょっと……。あの、こちらに公爵からの書状がですね」
「貴族の付き合いというものが……」
むっ、面倒事がやってきた予感だぞ。




