73話 起こらない襲撃
今回は、襲撃を受けないための準備をしっかりとしておいた。
シャドウストーカー避けに、マルコシアスのフン。
窓際には、シーアが呼んだ風の精霊が、螺旋を描くように飛び回っている。
これの維持のため、シーアは魔法を行使できなくなる。だが、その代りに矢や弾の類は窓へ到達できなくなるのだ。
「おっ、矢が」
飛んできたかと思ったが、風に逸らされて明後日の方向へ飛んで行ってしまった。
「あそこだな。精霊を使って矢を飛ばした者がいる」
トーガが遠くを見据える。
彼が指差す先に何かがいるようだ。
私も魔法で視力を強化してみると、なるほど。そこには、魔術師を従えた弓使いらしき姿がある。
「こんなこともあろうかと、備えておいて正解だったな」
「ああ。全く愚かな連中だ。国にとって、ジーン、お前の報告は重要なのだろう? だと言うのに、それを殺そうとするなど。お前の弟だったか? そいつは大局が見えない、本物の馬鹿だな」
「うむ。確かに」
否定できない。
そして、トーガはあっさりとした様子で私に問う。
「報復はするか? 二矢目をつがえているぞ」
「ああ、それは困るな。頼んでいいか?」
「無論。精霊よ、風の精霊よ。汝に名付ける。汝の名はガルーダ。遠くかの地まで飛び、風を吹き付けよ」
トーガの踊るような動きに合わせて、屋内に風が生まれる。
それは窓から飛び出すと、一瞬だけその輪郭を見せた。
「あっ、なんか鳥です! 透明な鳥!」
魔力を見ることができるナオが叫ぶ。
彼女曰く、とても大きな鳥に、人間の手足がついたようなものが、矢を射た刺客目掛けて襲いかかっていったとのことだった。
強化した視力で見るに、魔術師も弓使いも、まとめて地面に叩き伏せられている。
あれでは、全身の骨が折れているかも知れない。
「終わりだ。向こうにも人間の精霊使いがいるだろうに、手も足も出ぬとは情けない。所詮は人間か」
「人間の社会は、君たちワイルドエルフほど、強大な魔法を使う相手を想定していないからね」
「自分よりも強い力を持った者に、力で抗ってどうする。俺は、お前のような人間がいなくて良かったと思っているぞ。力でしか抗してこない人間など、恐ろしくもなんともない」
トーガの言葉を聞きながら、私は考えた。
クレイグに味方している、遺失魔法の継承者ガーシュインは、まさにその力を信奉する人間のように思える。
マルコシアスという、知にも力にもなり得る悪魔。
対処方法を知らなければ、止めることもできない暗殺者シャドウストーカー。
そして、ワイルドエルフですら対抗しえない、強大なゴーレムである神。
これらを次々に繰り出してきたのである。
だが、どれだけ強大で恐ろしい力でも、対処方法が分かっていればさほどの問題はない。
重要なのは、それに対する知識があるかどうかだ。
未知の存在が最も恐ろしいのである。
そうこうしている間に、窓際と通路で何かが弾ける音がした。
「シャドウストーカーまで出してきたようだ。学習しないな、クレイグも」
私はいそいそと窓際まで行き、目の前でのたうち回る人型の黒い影を見下ろした。
パラパラと魔狼粉をかける。
すると、シャドウストーカーは消滅し、粉が後に残った。
次に、ナオを従えて通路へ向かう。
「ナオ、君もやってみたまえ」
「はーい! わたし、この間いろいろやってみて、上手くなったんですよ!」
ナオはシャドウストーカーの横にしゃがみ込み、つまんだ魔狼粉をさらさらと振りかける。
魔法生物はばたばた暴れたかと思うと、また消滅した。
「ねえジーン! 今度は私がやっていい?」
「やってみたまえ、シーア」
魔狼粉を受け取ったシーア。
反対側の通路へと向かう。
そこには、窓を開けて侵入してきたシャドウストーカーの姿が。
「えーい」
精霊魔法を使うように、くるくる踊りながら粉をかけるシーア。
シャドウストーカーは、床にばら撒かれた魔狼粉で身動きが取れない状態である。
どうやっても勝てる。
あっという間に、彼もまた消滅し、媒体である鉄粉に変わってしまった。
今回も入れ食いである。
「ほえー、なんじゃこいつは? 全く気配も何も感じなかったぞ」
「うム。だガ、臭いがあるナ。それに、これが現れる時、周りの温度が少し上がル。見分けるのは容易だろウ」
オブとクロクロも見物にやって来た。
襲撃してきたシャドウストーカーはあらかた片付けた所なので、残骸である鉄粉を回収することにする。
だが、クロクロが聞き逃がせないことを言ったな。
不可視の暗殺者、シャドウストーカーの見分けが容易だと?
どうやら、人間やエルフ、ドワーフには察知できないこの暗殺者だが、温度とにおいに五感の多くを頼るリザードマンにとっては、さほど恐ろしい存在では無いらしい。
「五感を視覚や聴覚に頼る者を殺すための魔法生物ということだな。反面、それ以外の五感には容易く感知される、か。意外な弱点が見えたな」
「兄貴、んで、その粉をせっせと集めてるけど何に使うの?」
「先ほど、トラボー殿にこれを渡しただろう。研究の材料は多いほうがいい。これはどうやら、なかなか希少な素材らしいからな。……そうだ、たくさん取れたから、ナオにも一つあげよう」
「いいんですか! わーい!」
ナオに一瓶手渡すと、彼女はそれを掲げて、ニコニコしている。
「何に使おうかなー。何か作ってみようかなー」
「ライバルはトラボー殿だぞ。君は君にしか作れない、何か凄いものを作るのだ。期待しているぞ……!!」
「はい! お任せです!」
しかし、弓矢による狙撃に、シャドウストーカー。
どちらにも目新しさはない。
特にシャドウストーカーは、以前に見たものと何も変わっていない。
これはまさか……ガーシュインは、遺失魔法を再現するだけで、それを研究、発展させていくことをしていないとでも言うのだろうか?
いや、まさか。
「先輩、何か難しい顔をしてますけど、心配でもあるんですか?」
「ああ。ちょっとした危惧があってね。まさかとは思うんだが……」
ガーシュイン、頼むぞ。
「先輩が何かに警戒してます! これは、大変なことがあるかもですよ」
「ナオ、ジーンの奴は絶対におかしい方向に心配をしているのだ。気にするだけ馬鹿を見るぞ」
トーガが大変人聞きの悪いことを言った。
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