72話 最近の賢者の塔
王城にやって来た。
前回同様、我々一行には専用の宿泊所が設けられている。
これは、古くなった城壁を改造して作られたものだ。
「いかにも、俺が作ったものだ」
トラボー殿が平然と言った。
まだ聞いていないと言うのに、建築物を眺める私の視線を察して先回りしたのだ。
さすが、建築の賢者である。
「城壁の再利用というものですな?」
「いかにも、再利用したものだ。攻めるには高所過ぎ、土台は城壁でしっかりとしている。四方を木造で作ることで、宿泊する者が温かみを感じるようにも工夫した」
トラボー殿が訥々と語る。
ナオはこれを、うんうんと頷きながら聞いていた。
「さすが師匠ですねー。この人、全然教えてくれないんですけど、資料とかは自由に読ませてくれるし、何をやっても怒らないんですよ。わたし、師匠の真似をして建築の真似事とか、製図の丸写しとか、錬金術の資料をちょっと拝借したりとかしました!」
「うむ」
トラボー殿が重々しく頷いた。
「うむじゃないが」
オブが呆れる。
そこへ、トーガが口を開く。
「しかしトラボーとやら。この宿で、俺たちは襲撃されたぞ」
「なにっ」
トラボー殿が目を見開いた。
「うおっ」
トーガがのけぞる。
彼が目を見開いた顔は、大変怖いからな。マルコシアスも、一瞬びくっとした。
「襲撃者とは何者だ。石壁を乗り越えてきたか。内部からならば警備の怠慢だ。俺の建築はこれを作った時点では完璧だった」
「これを作った時点ではということは、今はどうなんですか師匠」
「五十点だな」
「だめじゃん!」
シーアが突っ込み、少し場が和んだ。
うむ、トラボー殿は、常に前進することを止めぬ賢者なのだ。
私が尊敬する賢者たちは、皆彼のように、大いなる知的探究心をその身に宿している。
「トラボー殿、私が説明しよう。我々を襲ったのはシャドウストーカーだ。あまり名が知られていない魔法生物だが、ご存知か?」
「文献でなら知っている。錬金術の遺失技術であるな。特殊な処理を施した鉄粉を用いるが、その処理の仕方が失伝してしまっている。材料があれば、すぐにでも再現できる」
「ほう! それは心強い! これがシャドウストーカーを構成していた粉なのだが」
私が腰から、黒い粉末が入った瓶を取り出すと、トラボー殿は目を見開いた。
私とナオ以外の全員が、びくっとする。
「なにっ、これが」
「私も解析してみたが、専門外故、分からないことばかりだ。どうだろう、君がこれを分析し、シャドウストーカーを再現したり、新たな用途に使ってみてはくれないか?」
「いいのか。俺は金は持っていないぞ」
「金はいらない。ここで会ったのも何かの縁。我が開拓地に手を貸してはくれないかね?」
「よし」
二つ返事で、トラボー殿が了承した。
「やったー! 師匠が来たら、開拓地の建築とか錬金術は万全ですよ! この人、偏屈ですけど腕は凄いですから!」
「うむ。ナオにこんな事を言われても、眉一つ動かさず、じっと瓶を凝視している。聞いていないな。こう言う御仁だからこそ、ホムンクルスであるナオを受け入れる際も、二つ返事だったのだ」
「よくご飯をおごってもらいました! ……はっ! でも、師匠が来たら、わたしがやって来た建築とかゴーレムとかはいらなくなっちゃうのでは……? 先輩、わたしの居場所が……!」
「ナオ嬢はいよいよ奥方になるしかないのでは?」
ニヤニヤしながら提案してくるのは、イールス卿だ。
前回、我々が謎の敵から襲撃されたということで、彼を筆頭とした護衛がこの宿の周りについている。
イールス卿、うなぎのような顔の男だが、これで腕は立つらしい。
「お、奥方……!」
「ナオが? いいと思うなー。だって、ずっとジーンと一緒だったでしょ? 一緒になっても何も変わらないじゃない」
「兄貴も貴族になるんだろ? なら身を固めといた方が面倒がないじゃん」
シーアとアマーリアが外堀を埋めに来たか。
ナオは白い肌を真っ赤に染めて、もじもじしている。
これは助け舟を出さねばな。
「諸君、その話は拙速に行うことではない。人生の大事な決断を伴う話だ。ゆっくりと判断していこうではないか。それに、私はナオを能力で見ているわけではない」
「うむ。俺もジーンの土地に来たとして、弟子の仕事を奪うような無粋はせん。むしろそんな雑事に構っている暇などない。建築と錬金はナオがやれ」
私とトラボー殿のタッグで、ナオを援護する。
ナオはちょっと、ホッとした顔をした。
それに対して、シーアとアマーリアとイールス卿が、ため息をつく。
「この賢者たちは、もう……」
もう? 何だというのだね。
その後、私はトラボー殿から、最近の賢者の塔の動向を聞いた。
周囲に対してあまり興味がない御仁ではあるが、これでもかの塔にて、十指に数えられる大賢者の称号を持つ男である。
自然と、賢者の塔における流れの話は彼の耳に届く。
「学長が失脚したな。遺失魔法に関わっていたとかなんとか。外部の魔術師に資材を売っただけだと言い訳をしていたが。今は地下の牢獄の中だ」
「ほほう」
遺失魔法か。
クレイグが雇っているという、魔術師ガーシュインの使うものだな。
マルコシアスを召喚したり、かつてワイルドエルフを追い詰め、人間の国を滅ぼした神を呼び出し、と、ここ最近の騒ぎを引き起こしているガーシュイン。
まだ顔は知らないが、彼の暗躍に、賢者の塔の学長が関わっていたとは。
確かに、遺失魔法を行使するためには、様々な資材が必要となるだろう。
これは、一貴族の財力だけでは集めきれぬものも多い。
それらを、王国の知の集積地たる賢者の学院が渡していたとしたら。
クレイグに買収された疑惑があり、私の追放を行った学長のことだ。あり得る。
「一度、敵は王都で仕掛けてくるかも知れないな。注意が必要だ」
「スピーシ大森林で、巨大ゴーレムが現れたらしいな。木々を超える高さを持つ怪物だったとか。今の錬金術に、そんなものを自立させられる技術はない。俺も遺失魔法には興味がある」
トラボー殿が、目を輝かせた。
「俺は帰るが、この鳩ゴーレムを置いていく。いつでも呼び出せ。ジーン殿の動向に興味が湧いてきた……というか、君がここ最近起こっている騒動の渦中にいるのだろう。俺も一枚噛ませろ」
「心強い申し出だ、トラボー殿。何か起こったら、君を呼ぶとも」
「よしっ」
賢者トラボーは、目を見開き、歯を見せて凶悪な笑みを浮かべた。
それはもう、ワイルドエルフの兄妹と、クロクロが臨戦態勢に入るような笑みであった。




