71話 ナオのお師匠様
何事もなくとは言わないが、結果的に我々全員が無事なまま王都に到着である。
今日も、王都の門からは、巨城クリスタルケルプが見える。
門を守る兵士たちは、マルコシアスを見るや否や、道を空けてくれた。
「ビブリオス騎士爵、ご到着!」
大きな声で、私の到着を王都に告げる。
ラッパが吹き鳴らされた。
「ビブリオス卿が連れている魔狼は目立ちますからね」
イールス卿が苦笑しながら言う。
その通り。
マルコシアスは、私のトレードマークのようになっていっているようだ。
先日の紋章談義にて、彼を紋章のイメージにしたのは正解だったな。
果たして、この悪魔の召喚がいつまで持つのかはわからないが……。
私とイールス卿の視線に気づいたようで、マルコシアスが振り返った。
『質問か?』
「ああ。君はいつまで、被召喚状態を保っていられるのかね?」
『その質問に答えよう。我は召喚者が、然るべき儀式で送還するか、物理的に打倒されるまでこの世界に居着く。我が身は既に、この世界で受肉しているが故に』
「なるほど。では安心だ。そして一つだけ注意すべき事ができたな。それは君を、君の召喚者に会わせないことだ」
マルコシアスの召喚者とは、遺失魔法の継承者ガーシュイン。
私が知らぬ男の名だったが、これについてはマルコシアスに尋ねて調べてある。
どうやら他国の賢者だったようだが、禁断の魔法に手を染め、処刑されるところを脱走したようだ。
その際、遺失魔法を使って生まれた国を一つ滅ぼしている。
それだけの力を持った恐ろしい相手だということだ。
「先輩がまた難しい顔をしてます」
ナオが私の横までやって来て、頬を突いてきた。
「やあ奥方」
「奥方ではない」
「奥方じゃありません」
イールスの言葉に、私とナオで同時に返答する。
「先輩、色々考えてるみたいですけど、わたしとか、みんなに頼っていいんですよ! だって、わたしたちは先輩に頼って助けられたんですから。だから、今度は先輩が頼る番なんです」
「なるほど、道理だ。その時は頼む」
ハッとする私。
すると、馬車にいた一同がめいめいに肯定の返事をしてくる。
「お前はもっと俺に頼れ」
「ま、ジーンは私たちがいないとダメだからねえ」
「ダークドワーフにも借りを返すという考えはあるぞ!」
「ジーンに受けた恩義は、炎の部族全てで返ス」
「兄貴に恩を売るチャンス……!」
頼りがいのある仲間たちである。
私に絶対的に足りない、実働能力を補ってくれる。
その機会が来たならば、遠慮なく頼らせてもらうことにしよう。
こうして我々は王都へと入った。
二頭の荷馬と、有翼の巨大な狼が牽く馬車は、大変目立つ。
行く先、行く先で人だかりが生まれてしまう。
「みなさーん、前にいると邪魔でーす!」
彼らに声を掛けて避けさせるのが、マルコシアスにまたがったナオである。
魔狼は、ナオを子狼のような存在だと認識しているので、彼女のみに背中を許す。
いや、恐らく私も頼めば乗せてくれるだろうが、私は狼にまたがる趣味はない。
巨大な魔狼と、それに乗った色素の薄い娘という組み合わせはたいへん目立つ。
子供たちはナオに手を振り、ナオもまた満面の笑顔で手を振り返している。
そして、子供たちに混じってしかめ面の男性が手を振っている。
ナオは彼にも手を振り返した。
通過する。
「……先輩、さっき、見たことがあるおじさんがいたような気がするんですけど」
「うむ。あれは建築学の賢者、トラボー殿だな」
「あー、トラボー師匠でしたかー……って、ええ────!?」
ナオが驚き、マルコシアスから転げ落ちかけた。
これを、魔狼は翼を器用に使って受け止める。
『気をつけよ』
「ありがとうございます、マルコシアス」
ナオが魔狼の首周りをもふもふとする。
そして道に降り、群衆の中にいるトラボーへと駆け寄った。
「師匠! なんでここにいるんですか?」
「半年ぶりに外に出たら、君たちがやって来たのだ」
トラボー殿の声が聞こえる。
いつもは賢者の塔に籠もり、研究を続けている御仁である。
数ヶ月に一度、塔の外に出て、建築物を見て回る旅をする。
きっと今回も、その時期なのだろう。
「トラボー殿。お久しぶりです」
「ジーン殿、久しいな。変わらぬようで何よりだ」
トラボー殿に興味を惹かれたか、トーガとシーアが馬車から顔を出す。
「ワイルドエルフか」
動じないトラボー殿である。
彼は人そのものに対してあまり興味が無い。
人が送る生活と、それに合わせて作られる建造物というものを何よりも愛する男なのである。
「トラボー殿、良かったらご一緒されませんかな? 我々は王への報告を済ませた後、開拓地へと戻ります。こちらにいるのはダークドワーフとファイアリザードマンでして、地底世界で彼らの建築をご覧いただけるかと思いますよ」
「なにっ」
しかめ面だったトラボー殿が、目を見開いた。
「ひゃー」
ナオが震え上がる。
トラボー殿が目を見開くと、恐ろしい形相になる。
だが、別に他人を威嚇しているわけではない。そういう顔なのである。
彼はまたしかめ面に戻ると、無言でこちらに歩いてきた。
そして、無造作に馬車に乗り込んでくる。
「こいつ、当たり前の顔をして乗ってきたぞ……。なんて奴だ。まるでジーンのようだ」
「人間って変なのばっかりいるねえ」
「待って。兄貴とこの人がおかしいだけだから!」
何故か、アマーリアにフォローされる人間たち。
「そうだな。賢者の塔にいる、私が本物だと認めた賢者は皆、トラボー殿のような少し変わった人だ」
「ジーンが今まで語っていた、ナントカの賢者ナントカというやつだな」
「その通りだ、トーガ。よく覚えている」
「忘れようとしても忘れられないぞ。あれほど強烈な他人との邂逅はなかなか無いからな……。言われた言葉を今でもはっきり覚えている……。特に試練の民の里に連れて行った時は」
トーガが遠い目をした。
いつの間にか横に並んでいたトラボー殿が目を見開く。
「ジーン殿、ワイルドエルフの里に行ったのかっ」
「うおわっ!」
トーガが驚き、のけぞった。
私はトラボー殿へ頷く。
「いかにも。彼らの家は、生きている木を利用したもので、見たことがない作りをしていた。詳しくはナオに聞くといい」
「うむ……。存分に聞かせてもらう。頼むぞ、ナオ」
「はい師匠!」
このやり取りを見ていたシーアが、「また変なのが増えたなあ……」と呟くのだった。




