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70話 妨害もなんのその

 ロネス男爵領を出て、王都を目指すこと数日。

 どこかで我々を監視していたらしく、バウスフィールド伯爵の手の者らしき刺客が襲ってきた。

 クレイグめ、よく飽きずに私を憎んでいられるものだ。


「ジーンを恨む者がいるのカ」


「ああ。少々込み入った事情があってね」


 荷馬車に向かって矢が飛んでくる中、クロクロは深く頷いた。


「ジーンのような男を恨むとは珍しイ。だが、ジーンはクロクロと炎の部族の恩人。守らねばナ」


 悠然と、馬車の外へ出たクロクロ。

 飛んでくる矢を、骨の槍で次々に叩き落とし、あるいは口から吐き出した炎で焼き尽くす。


「援護する」


 トーガが隣に立った。

 彼の周囲には、クロクロが撃ち落とした矢が浮いている。

 敵の武器を再利用する訳である。


「ジーン、大人しく待っていろ。リザードマンと一緒なら、すぐに終わるぞ」


「ああ、任せるよ。この場には、知的発見など何もなさそうだ」


 私は馬車の中、状況を見守る。

 ちなみに荷馬たちは、マルコシアスが翼を広げて守っている。

 この悪魔、本当に馬には優しいな。


「マルコシアス、君はゴンドワナやユーラメリカと仲がいいようだが、どうしてそこまで彼らを好いているのだね?」


 私が問うと、マルコシアスが目線を寄こした。


『その質問に答えよう。こやつらは我が寝る時、ちょうどいい枕とふとんになるからだ』


 妙な返答が返ってきた。

 そう言えば、マルコシアスと荷馬たちが雑魚寝している光景をよく見るな。

 あれは、魔狼が好んでそういう場所で寝ていたのか。


「意外! マルコシアス、お肉はそんな食べないですもんね」


「魔狼はそんな理由で馬が好きだったの……?」


「お主ら、そんな呑気に喋ってる暇はなかろう! ひえー! こんな襲撃があるなんて聞いてないわい!」


 馬車の中は賑やかなものだ。

 騎士イールスは、後方の警戒に当たっている。

 彼はどうやら、こんなこともあろうかと、服の下に鎖帷子を着込んできたようだ。

 その装備は、矢には弱いと思うのだが。


 遠くから、何かが争う声が聞こえてくる。

 クロクロもトーガも、戦うときは静かである。故にこの声は刺客のものであろう。

 それも徐々に減っていく。

 ワイルドエルフ随一の、風の精霊魔法の使い手と、リザードマンの上位種によるコンビである。

 並の人間では相手になるまい。


「静かになったようだ」


 聞こえていた争いの音が途絶えたので、私は魔狼の翼の影から顔を出した。


「どうかね」


「終わっタ。貧弱な装備しかしていなイ連中ダ。暴れる牙よりも弱イ」


「それはそうだろう。仮にも竜と呼ばれる類の猛獣と比較しては、彼らが可哀想だ」


 刺客は、手足に矢を打ち込まれて動けなくなっているか、槍で殴り倒されて気絶しているようだった。


「クロクロ、槍だと言うのに刺さなかったのかね?」


「数が少ない側が刺すのハ、危険ダ。刺す、抜く、二つの動きが必要だかラ、隙が生まれてしまウ。振り回して殴れば、それだけでいイ」


「クロクロの戦い方は見事なものだったぞ。地上を走るだけなら、俺に匹敵するな」


「トーガも、彼らの命は奪わなかったのだな。何かの心境の変化かね?」


「お前のことだ。情報を集めるつもりだろう? それに、こうして生かしておいた連中は、一定以上の恐怖を刻み込めば復讐など考えなくなる。我らエルフへの恐怖を周囲に広めさせてやるとしよう」


「もし恐怖を覚えなかったとすると、どう対処するのかね?」


「次は首を狙うさ」


 トーガは笑いながら、自分の首筋に触れてみせた。

 なるほど、必中の矢で頸動脈を裂かれたら助かるまい。少なくとも、それだけのコントロールができると、この若きワイルドエルフは豪語しているのだ。

 実に頼もしい。


「では私も、ご期待に応えて情報収集と行こう。残念ながら、対象が生きているから解剖とは行かないが」


「殺したほうが良かったのか?」


「何とんでもない話してんのよあんたら……。ま、確かに、こいつら死んでも情報を吐きそうにないけど」


 私とトーガの会話に、やって来たアマーリアが引いている。


「なに、口から聞き出す必要はないさ。彼らの体つき、装備、そして足の裏に付いた土など、ここにある全てが雄弁に状況を語ってくれる」


 倒れて呻く刺客に歩み寄り、彼の手を取る。


「まずこの指先。ここにタコができているだろう? これは、特定の武器を使う訓練を受けている証拠だ。彼の獲物はこのように、弩だが……それではこのタコはできない。本来の武器ではないということだね」


「へえー」


「ほおー」


 いつの間にか、我が一行が集まって私の検分を見学している。

 私は男の腰から短剣を抜く。

 それを彼の手に握らせた。


「見たまえ。タコの位置が握りと一致するだろう? 短剣では無いにしても、こうして片手で握って扱う武器を専門としていると考えられる。そしてもう片手、腕まくりすると、左右の腕の太さが違うだろう? こちらは盾を持つことを目的としていた可能性がある。剣と盾を常に装備するような職業と言えば……例えば、バウスフィールド伯爵家に仕える下級騎士の家柄とか……」


 呻いていた刺客が、一瞬目を見開いた。

 信じられないようなものへ向ける目で、私を見つめる。

 私は、語りを彼へと向けた。


「このように大仰な話をしているが、実際は君の靴の隙間にこびりついた土で分かるのだよ。各地方で土の質は違う。この土は、私がよく知るものだ。バウスフィールド伯爵領でよく見られる、粘土質の多い土だね。かの土地は水はけがわるい場所が多く、そこに適した野菜などを育てている。例えば、君の口から微かににおう、生姜の香りなどがそれだ。かの家の保存食などには、よく用いられるものだからね」


 刺客は口を噤み、何も語らない。

 だが、彼の存在そのものが、彼が何者であるかを雄弁に語っているのである。


「以上の状況から、バウスフィールド伯爵家は少なくない労力を用い、恒常的に我々を監視しているものと思われるね。だが、刺客の練度や武器の質などなどから考えて、徐々に疲弊してきているのは間違いないだろう」


 私はその後、刺客の一人ひとりを軽く検分し、推論を確論へと強化した。

 そこから感じるのは、クレイグの焦りだ。


「伯爵ってば、先輩が王都に到着すると本当に困るんですねえ」


「それはそうだろう。野垂れ死ぬと思って追放したら、成果を上げて腹違いの兄が戻ってくるのだ。そこで、奴がこれまでにしでかした事を私が口にしたらどうする? 少なくとも、かつてマルコシアスを呼び出して、国を焦土にしかけた男爵は処刑された。それに近い罰を与えられるかも知れない」


「なるほど! それで、先輩はどうするつもりなんです?」


 ナオが首を傾げた。

 ふむ、あまり酷いことを言っても、ナオの教育に悪いな。


「多少の罰は受けてもらうさ。だが、判断は国に委ねるとしよう」


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