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7話 ワイルドエルフの村へ

「……何をやっているのだ、お前たちは」


「実学だよ。おかえり」


 ワイルドエルフの二人が帰ってきたのは、私とナオで、ゴブリンの生態についてを細かに分析しきったところであった。

 やはり、資料で読むだけでは分からないことがあるな。

 これで私は、よりゴブリンに詳しくなった。

 手乗り図書館に記録しておく。


 この様を、呆れてエルフの兄妹が眺めている。

 全ての作業を終えた私は、彼らに向けて振り返った。


「待たせたね。それで、どうだったのかね」


「村に来い。長がお前たちに会いたがっている」


「それは、こちらとしてもありがたいことだ。時に、馬を連れて行ってもいいかな?」


「ゴンドワナです」


 ナオが訂正してきた。

 じーっと私の顔を見る。

 ……わかったわかった。


「ゴンドワナを連れて行ってもいいかな」


「ゴンド……?」


 エルフの妹が、訝しげな顔をした。

 やはり面食らうだろう、ゴンドワナなんて言われて。


「馬の名か。構わん。ついてこい」


 エルフの兄は納得したようで、それだけ言うとくるりと踵を返した。


「ゴブリンは片付けておいた方がいいかね?」


「構わん。森の獣が掃除してくれる。それよりもお前、ジーンとか言ったか。その手についた恐ろしい臭いを何とかしろ……!!」


「ああ。アロマを染み込ませた小石を、ぎゅっと握りしめてしまってね。放っておけば二、三日で匂いは取れるから安心してほしい」


「そんな臭いものを村に持ち込むつもりか!? すぐに臭いを取れ!」


「無茶を言うな。アロマでついた香りはそう簡単に落ちるものではない。そうだな、少量なら重曹を持ってきているから、これで多少はましになるはずで……」


「あっ、先輩! それじゃあ私が重曹で、先輩の手をもみもみしてあげますね」


「ありがたい」


 私はナオに重曹を用いてもらい、手の匂いを消しながらエルフの村へ向かった。

 馬のゴンドワナは、アロマが苦手らしく、私からは距離をとってついてくる。

 大体の生物にとって、強すぎる匂いというものは毒なのである。

 匂いに鈍感な人間だからこそ、これを活用できるわけだ。


「なんか、不思議な森ですねえ。足元は落ちた葉っぱで覆われてるのに、それがみんな緑。頭の上の葉っぱも緑。季節なんか関係ないみたいです!」


 道すがら、ナオが感想を呟く。

 すると、エルフの妹、シーアが得意げな顔をした。


「それはね、この一帯の森は私ら試練の民によって管理されてるからだよ。私らの許しが無ければ、森は通してくれなくなるの。精霊の力が、侵入者を見張ってるからね」


「シーア、余計なことを……ああ、もう全部話してしまったのか! お喋りめ!」


「へえー! エルフが言う精霊の力って、私たちの魔力と同じものですよね。じゃあこの森がまるごと、魔法生物みたいなものなんだ」


「試練の民という気になるワードも出たな。よし、手乗り図書館に記録だ」


「お前ら……!」


 怒りを通り越して、どっと疲れた表情を見せるエルフの兄。

 なかなか感情表現が豊かである。

 そういえば、彼の名を聞いていなかったな。


「これから、君たちの村に厄介になるわけだし、どうだろう。君の名前を教えてもらえないか?」


「お前、正気か? 名前を伝えるということが、精霊を扱う者にとってどのような意味を持つのか……いや、エルフならぬ人間と交わって生きるお前には分からんか」


「精霊は名付けることで、魔法と同じ力を発揮するのだろう? それと同様に、エルフは自らの名と精霊の名を絡めることで、自分独自の術式を作り出す。一人一人が、他者の真似できない魔法を行使するわけだ」


「!? な、なぜそれを知っている!?」


 エルフの兄が驚き立ち止まった。


「なぜも何も、これは賢者の塔でエルフ学専攻の賢者ウニスが発表したことだよ。最先端の知識を押さえておくのは、賢者としては当たり前のことだ」


「くっ……! この男、危険なのでは……!? だが、長が会いたいと仰せなのだから、俺が勝手に始末するわけには……」


 悩んでいる悩んでいる。

 エルフにとって、己の激情をも抑え込むほど、上からの命令は絶対だということだな。

 よし、手乗り図書館に記録だ。


 やはり実学的に身につける知識は、活きが違う。

 いやいややってきた開拓任務だが、ところがどうして。

 得るものが多いではないか。


「先輩、生き生きしてますね! 楽しそう!」


「そうだろう? こうして彼らと話すだけで、世界の真実が顕になる。私の知識が深まっていくことを感じ、生の充実を覚えるよ。ところでナオは何を?」


「あ、はい。葉っぱを拾ってみたんですけど、これは魔法で周囲の木々に紐づけされていますね。魔力感知(ディテクトマジック)を使ってみたら、この木々の通路だけが魔法で光ってました。つまり、この通路が一つの魔法生物なんです」


「おいお前ら、勝手に何をしている!?」


「兄さん落ち着いて! ああ、もう。また胃に穴が空くよ……!」


「くっ、くぅーっ……!」


 こうして、ワイルドエルフの兄妹にいざなわれた我々は、森の奥にあるという村に足を踏み入れることになったのである。

 ちなみにエルフの兄の名は、トーガというそうだった。

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